富士は晴れたり日本晴れ | 竹内文書の世界を旅する三和導代のブログ

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竹内文書の研究家・高坂和導の遺志を継ぎ、三和導代が古代スメラミコトの足跡をたどり、世界を旅するブログ

三和 導代 です。

 

今日ほ富士山は雪に覆われた一段とお美しいお姿、富士は晴れたり日本晴れの朝です。雲一つかからない富士山を新幹線の中で堪能できました。年末ですが今日12月28日からは暦にない時期に入ります。日本でも古代エジプト、エチオピアの暦もかつては360日でした。残りの数日は暦にない特別な日々です。世界中の神さまが誕生した時期でもあります。

 

今日から1月1日の新年までは三重県菰野町に滞在します。そう菰野町は日月神示を降ろされた岡本天明さんがひかり教会として至恩郷があった場所です。今は奥様であった三典夫人も他界され、廃墟同然でヒッソリ静まり返っています。菰野町駅近くの崇教真光の大道場も現在立て直し中、そして尾高観音があります。この中には1年に1度の御開帳の聖徳太子作といわれる千手観音菩薩像が安置されています。

 

今は既に日本から姿を消した聖徳太子を信仰する三論宗を復活場所となったのがこの地でした。静まり返った杉林の中で再び新しい歴史が始まる場所です。この菰野町は山々に囲まれたそして杉の木が多く生息する場所です。

 

私がなぜイタリアのダマヌールのファルコさんがお亡くなりになる前に2002年に既に他界した高坂にメッセージを残し、それを2018年に私が受けといることになったかの謎が次第に解明されてきました。私たちは海の中に浮かぶ時の中に存在していますので不可解なことが多く起きます。

それは時系列で出来事を一列に並び変えるができないという事実です。

 

エネルギーの高い場所には自然と求めてきた人々が集まる。それは人々が想いをかける考えることから始まるのだと思います。

 

私が高坂和導と出会いながらも生前は一緒に行動しませんでした。しかし彼の他界後に目ざめ、一体となって動くという方法は、とても面白いs設定かと思います。人生を100倍楽しむ方法かもしれません。高坂と様々なご縁があった菰野町に向かっています。人生劇場です。