竹内文書の世界を旅する三和導代のブログ

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竹内文書の研究家・高坂和導の遺志を継ぎ、三和導代が古代スメラミコトの足跡をたどり、世界を旅するブログ

三和 導代 です。

 

イランに想いを寄せています。私が一番最少にイランに渡航したのはもう30年近く前ですので、渡航の際は厳重な服装が必要でした。そしてアルコールも一切駄目。入国の際にアルコールを日本から持ち込んだことがわかりますと、入国はできないほど厳しい時代でした。でも日本とイランの間ではイラン航空の直行便が成田とテヘランを往復していました。

 

イランは実は中東の中でも大変な世界遺産の数を誇っている国なのです。確か21カ所であると思います。一番有名な世界遺産はペルセポリスです。今でも爆撃されたとは聞いていませんので、中東4代遺跡の一つであるペルセポリスの遺跡は健在のはずです。

 

私が一番、当時感動したのが、日干しレンガに似たアドベを使って作られた要塞都市バムでした。サーサーン朝時代からの歴史に遡りますが、この都市は2003年の地震で壊滅的な被害を受けました。私はサファヴィー朝時代の都市がそのまま残っているバムの都市を歩るき、砂漠気候の中東の町での体験は生涯忘れがたい思い出となって残っています。

 

2003の地震の後、10年の歳月をかけて様々な方面からの援助を受けて修復されてと聞いています。次回、2027年の旅では是非再訪したい都市であります。

 

イスファハンは16世紀末にサファヴィー朝のの首都に定められ発展した町です。当時の繁栄は「イスファハンは世界の半分」と言われたほど繁栄した町でした。私が訪れた時代もとても美しく都市でした。そして今回、イランの高濃縮ウランの大半が保管されているとみられる疑われているイスファハンで米軍による攻撃が3月31日にあり、イスファハンに巨大な火柱が空へ立ち上ったのが半月前のことでした。

 

アフガニスタンのバーミアン遺跡、シリアのパルミラ遺跡等、過去においては人類の遺産が破壊されました。悲しい事実です。一刻も早く、人々の命がこれ以上奪われることのない日が戻ってくることを願っています。来年の春の再訪を予定しています。