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竹内文書の世界を旅する三和導代のブログ

竹内文書の研究家・高坂和導の遺志を継ぎ、三和導代が古代スメラミコトの足跡をたどり、世界を旅するブログ

三和 導代です。

 

初めてエチオピアを訪れたのはいまから30年前、干ばつ後のエチオピアは本当に貧しかったの一言でした。特に地方に行くと、痩せ細った牛と子供たち、そして水のでない国営のホテル、ダニでかゆくなるベッドや教会群と本当にカルチャーショックの国でした。

 

それ以降、エチオピアには何度通ったことか。今回は2年半ぶりのエチオピア、目的はエチオピアではありませんが、チャドのビザを取得する目的でアディスアベバに1泊立ち寄りました。

 

空港も新たに完成す、様変わり、そして空港から市内の舗装された道と建築物が新たに立ち並ぶ町の姿は毎回訪れるごとに様変わり、今回は特に目を見張るものがありました。常宿もお部屋が改築されさらに快適、近くのスーパーマーケットの品ぞろいはこれまでになく豊富、近くのホテルの二階には中国料理店と何もかもが新しくなっていました。

 

そしてアディスアベバの郊外のアディスアベバ発祥のエントト山の道も素晴らしく舗装されていました。この変容は一体どうしたものでしょうか。しかし一歩都会を出れば農村風景、穀倉地帯にはロバや牛、そして協働で仕事をする人々の姿が胸を打ちます。つまり働き者なのですね、この国の人々は、さまざまな部族がいますが、この地域は第二の人口を誇るオロモ族の人々です。

 

そしてロン毛のロバ、つまり前進が長い毛のロバの姿はこれまでの人生の中で初めて見る姿でした。これは自然の姿で毛をカットすることもなく長いまま、こんな種のロバが存在していたなんて。黙々と働く姿は同じです。普通のロバの中にこんな全身ロン毛のロバが混じっているのです。人間がヘアーをカットすることはないそうです。

 

30年までは国内、海外のエチオピア航空の飛行機はたったの5機、今やアフリカの星、アディスアベバの空港にはほとんどエチオピア航空の機種が所狭しと駐機しています。

 

ただ気になるのは中国との関係です。中国と密接な関係はトップ同士で結託、道路や建築物はほとんど中国製です。つまり道も車幅が狭いために積載量の多い大きなトラックはコロコロ道ばたに横たわっています。これは重大な問題です。車幅を広く、そしてアスファルトももっと厚くしないと道はすぐに穴が空くのです。一時は良いですが、耐久性はないのが中国製の特徴です。

 

電気自動車、そして公共のバスも中国から大量に輸入して走っています。もう本国で売れ残った商品を対象にエチオピアは輸入していているのです。素晴らしく発展した陰には中国との怪しげは関係は否定できません。

 

今年はまた9月にエチオピアを再訪する予定です。エチオピアへは10数回の渡航となります。とても愛着のある不思議な縁で結ばれたエチオピアです。そしてお土産はいつもTOMOコーヒーとキャンデイ、コロ、蜂蜜です。コロは雑穀類ですがおつまみには最高です。