真実の追い求めて | 竹内文書の世界を旅する三和導代のブログ

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竹内文書の研究家・高坂和導の遺志を継ぎ、三和導代が古代スメラミコトの足跡をたどり、世界を旅するブログ

三和 導代 です。

 

昨日と本日はダマヌールのフェニーチェ氏と通訳のジュゴンさん(高坂の友人)の内輪に講義を聞かせてていただきました。これは一般公開しておりませんので、内容等は残念ながらここでご紹介ができないのは残念です。このダマヌールとのも創始者であるファスコさんが高坂宛にメッセージを残してくださったご縁で私はダマヌールとのご縁を再開できました。

 

今回お話いただきましたフェニーチェ氏はダマヌールの創始者メンバーのお一人で2013年に他界されてファルコさん亡き後、ダマヌールの創設からのきっかけや活動、そしてセオリーを語れる方はこの方しかもういらっしゃらないことをいつもながら感じていましたが、改めて本日は思い知らされました。

 

人々に語り伝える方は参加者の顔を見て話しの内容を決められることができます。それは山のような情報が一杯ありますが、前に座っている人が何を欲しているかで、話題を選べるのです。これは素晴らしい講演者の特徴であります。あらかじめ用意された原稿を読むのは政治家の仕事であります。

 

ジュゴンさんはよく言っていました。ジュゴンさんがダマヌールの住人になったころ、まだイタリア語も今のようにはいまく話せずにダマヌールでの公開質問会の時に直接ファルコさんに質問ができなかったそうです。しかし、ファルコさんは他の方の質問の時になぜかジュゴンさんが質問したかった内容のお話しをしてくださったと。何回もだったそうです。

 

それと同じことことができるのがフェニーチェ氏であります。日本で言えば後期高齢者の年齢ではありますが、講演の時のエネルギーは半端ではありません。そしてファルコさんと同じように、なぜか毎回私が知りたいと思っていた話題をテーマから外れてお話くださるのです。本当に目が点となってしまいます。昨日も本日のその連続の講義でした。まさにシンクロの世界でした。内容をここで公表できないことはお許しください。

 

ダマヌールはかつてのアトランティス文明を引き継いたエジプト、そしてエジプトにも現在でも地名が残るダマヌールの名前を引き継いだイタリアのコミュニティです。日本はムー帝国の中のかつての中心都市出会った場所です。私は今世は日本という地に生れましたが、これまでの過去世から未来に続く人生の中で共に学ばなければならない今世だと思っています。

 

それは竹内文書の世界でもそうですが、様々な主張が存在しますが、ともに相容れない世界をこれまでに多く見てきたからです。そこに携わる人々のエネルギーは壮絶です。そう命を懸けてやってきたからです。方向性は違うように見えても実は想いは同じなのです。

 

歴史の真実も庶民と権力者、そして時代によって公開のされ方は異なってきます。真実を守っていくにはそれぞれの形があるかと思います。一つにこり固まらずに今一度再考する必要があるのです。

 

私は中学から高校までミッションスクールに通っていましたので、毎日礼拝で聖書読んでいました。(読まされていました。)そして聖書の授業も毎週ありました。お陰様で聖書の内容はよくわかっていますが、この6年は疑問の連続でした。神が人間を創造したことについて、キリスト教会派の違い等に関して、キリスト教関係の先生や牧師さんのお話は雲をつかむような回答で悶々とした6年間でした。

 

そして大学時代に1冊の本とやっと出合えたのです。そこには明確の旧約聖書には現在訳されている神とは本来は古代ヘブライ語で「エロヒム」、「エロハ」の複数形、つまり天空よりやってきた人々(複数) であることが書かれていました。私の6年間の悶々とした疑問は一変に吹き飛びました。なぜこれを学校では教えてくれなかったのでしょうか?

 

その後、仕事でヨーロッパを回るようになりました。このヨーロッパでは虚構のキリスト教のに建てられたカテドラルや教会が長きに渡りヨーロッパの人々の生活をコントロールしてきたことを知りました。神とは何か、教会の訳の分からぬ解説の元に生きた時代であったのです。

 

私の子供の頃がらのテーマは私たちの創造者でありました。大元を知ることによって私たちの過去、現在、未来とがつながっていくのです。求めれば、その出会いのチャンスは必ずあるのです。その時には迷わずに進んでください。間違いは後戻りはできますが、チャンスを逃さないでください。ご臨終の際の悔いのないように。