暑い季節はお祭りへ。 | 竹内文書の世界を旅する三和導代のブログ

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竹内文書の研究家・高坂和導の遺志を継ぎ、三和導代が古代スメラミコトの足跡をたどり、世界を旅するブログ

三和 導代 です。

 

8月は日本各地で夏祭りが開催されます。汗をかきながら地域の人々や家族の人々を一体となって歌って踊って、そして各地、海外からのゲストももちろんウエルカム、皆様ご参加くださいとういう、国境を超えたお祭りが全国各地で開催されます。

 

本来は日本は核家族ではありませんでしたので、お祭りには子供、両親、おじいちゃんおばあちゃんと3世代と地域の人々が一体となったお祭りで、このお祭りを通しての人々の交流や触れ合いの場は何にも欠かせない場であったことかと思います。そう、これが平和の一番の基礎であったかと思います。

 

今日は町内会の夏祭りに家族で参加しました。昨日の岩手県盛岡市のさんさ踊りも初日だけ参加させていただきましたが、このお祭りの時だけは仕事や家庭を離れてみんなで踊って歌ってってというイベント、本当は一番の世界平和への道かもしれません。

 

昨日の盛岡のさんさ踊りのトップを飾っていましたのが、このさんさ踊りの由来となった三ツ石地区のお神輿の山車から始まったことは私にとっては大感激でした。これは本来の由来を代々子孫まで伝えるには一番大切なことなのです。本当に短い時間でしたが、このさんさ踊りのスタートから見学できましたことは本当に幸せでした。

 

2日前のブログにも書きましたが、盛岡市のさんさ踊りの発祥の地と言われる三ツ石神社の三つの巨石は誠に圧巻でありました。こんな巨石がどうしてここに存在するのでしょうか?ここが本来の歴史のルーツを探る一番のポイントであるかと思います。

 

石川啄木の故郷盛岡の一校(男子校)、二校(女子高)からの卒業生を初めとした人々が多く都会で働いています。私の周囲にも多くの人々盛岡から東京に移り住む活躍されています。しかし根っこは故郷にあることは決して忘れていない。愛着心を忘れずに頑張る姿は東京・銀座のアンテナショップへの回帰にも表れているかもしれません。そして盛岡出身の方がお豆腐好きなことも。

 

私は今朝、フランス人に日本語のクラスの時に盛岡のお話をしました。それは1人の若いフランス人女性の生徒さんの彼は盛岡出身の商社マンで、東京在住で一緒に住んでいることを私は知っていたからです。その際に盛岡は日本で豆腐の消費量が日本一というお話をしましたら、私の生徒の彼女はげらげら笑いだしました。そう、彼はお豆腐が大好きで毎日食べているそうです。彼女は「私は毎日は飽きてしまうので食べられない。でも彼は美味しそうに毎日食べるの。」ですって。そう、故郷で食べた食べものは一生忘れることができないのでしょう。

 

自分が生まれ育った地方を隠したり、恥じたりすることは自分の否定となります。正々堂々と誇りをもって生まれ故郷を語り、そしてたまには故郷にもどることにより自分自身のアイデンティティを取り戻せるのではないでしょうか。全てを受け入れ、そこからのスタート。

 

故郷の夏祭りで踊って歌って、バカをしてみるのはいかがでしょうか?