三和 導代 です。
先日の高坂和導祭には沢山の方々にご出席いただきました。本当にありがとうございました。
私が知らないこと沢山のことを学ば差せていただきました。目が点になるような映像やお話しでした。
今回の高坂和導祭に導いてくださいました亡きファスコさんと和導さんに感謝いたします。
そしてお越しいただいたフェニーチェさんとジュゴンさんにも心より御礼申し上げます。
先日の高坂和導祭がダマヌールの新聞(10月24日号)に掲載されましたのでご報告いたします。
以下は翻訳となります.
10月17日、「高坂和導(コウサカワドウ)祭 ダマヌール基調講演」が東京で行われました。故人の高坂和導氏は『竹内文書』(タケウチモンジョ)の著名な研究家で、1999年にはDamanhurを訪問して、Falco(ファルコ)に『竹内文書』を手渡しています。
この日は彼の17回目の命日にあたり、和導氏の妻である三和導代(ミワミチヨ)氏が今回の催しを企画しました。会場には、定員の60名を超える74名の参加者が集まり、熱い熱気に包まれました。三和氏は挨拶の中で、今回の催しに至った経緯を次のように話しました。
「和導がダマヌールに訪問した時の写真を見るたび、全員が幸せそうな笑顔で溢れているのが印象的で、ダマヌールとは一体どういう世界なのだろう、と思っていた。2002年に和導が急死した後、Dugongoの勧めで過去生のセミナーに出たものの、その後はダマヌールとおつきあいがなかった。ところが昨年Falcoから和導に宛てた手紙が届き、和導の志を引き継いだ活動が多くなっていた私にとって、まるで背中を押してくれるような内容だった。そうしてダマヌールとの付き合いが再開した。もし手紙がもっと早く届いていたら、自分にはまだ準備が整っていなかった。和導が亡くなったことを知っていたはずのFalcoが、このタイミングで手紙を届けてくれて本当に良かった」。
今回の講演のテーマは、三和氏がとても興味を持っている「アトランティスとエジプト」さらに「地球の古代文明と人間の歴史」で、講師のFeniceは3時間以上に渡り熱弁をふるいました。会場からは、時折、驚きの歓声やどよめきが起こり、参加者は初めて聞く不思議な話に心を奪われている様子でした。最後の質問コーナーでは、Dugongoが質問に明確に答えて「長年の疑問が解けた」「面白かった」と多くの参加者の笑顔がありました。参加者からは「またぜひセミナーをやってほしい」「ダマヌールツアーに参加したい」といった声も多数聞かれ、今後どのような展開になっていくのか楽しみです。
会場には三和氏の家族もいて、6歳の孫のアサヒ君は、和導氏の生まれ変わりのような人懐こさと明るさで、まるで「和導ジュニア」のようでした。アサヒ君はFeniceを迎えに行った駅で一目見た時から、親愛な友人のようにハグをして、手を繋いでずっと一緒にいたがりました。そして彼はFeniceとDugongoのために朝食を作りたいと、朝の5時に起きてクッキーの生地をこね、土偶クッキーを焼いたそうです。また、アサヒ君は講演の始まる前に、お別れするのが嫌だと大泣きしながら抱きかかえられて退室しましたが、その泣き声は30分続いたそうです。不思議なアサヒ君の今後の成長がとても楽しみです。