ティモール島へ | 竹内文書の世界を旅する三和導代のブログ

竹内文書の世界を旅する三和導代のブログ

竹内文書の研究家・高坂和導の遺志を継ぎ、三和導代が古代スメラミコトの足跡をたどり、世界を旅するブログ

三和 導代 です。

 

昨日帰国しましたが、3日間帰国が遅れました。その間の滞在先はスンバ島の東となりの島であるティモール島でした。昨年東側の東ティモールに旅しましたが、再度ティモール島に上陸するとは夢にも思っていませんでした。

 

ティモール島のパダンには1942年から1945年に日本兵が駐留していました。オーストラリアとの戦いのための地下壕や日本兵が作った今でも喜ばれている道路が残っています。

 
雨季に入ったパダンですが、日本が作った道路だけはきれいに舗装されて、浸水せず、他の道とは大きな差がありました。
 
ガイドさんのお父さんは日本兵と3年間一緒に働いていたそうです。お父さんからいろいろな日本兵の話をきいていたようで、私たちよりずっと詳しく、大変日本びいきの方でうれしく思いました。
 
それにしましてもこのような蒸し暑い、マラリアのジャングルの中で、飢餓との闘いの中で戦った日本兵に本当に頭が下がる思いです。