新緑がまぶしく、吹き抜ける風にも清々しさを感じる季節となりました。
今月お届けしたい言葉は、第10回書法道場展「hanamuke」に出品した「感化薫陶」(かんかくんとう)です。
「感化薫陶」と漢字にすればお堅く感じるかもしれませんが、「かんかくんとう」と平仮名にすれば、その意味の通り、やわらかな雰囲気が伝わりやすいのかもしれません(作品は、漢字と平仮名の中間ほどにある「草書」です)。
薫陶の「薫」は、「香り」を意味します。お香を焚きしめた部屋に身を置くと、いつの間にか衣に香りが移っていく。
それと同じように、徳のある人や清らかな環境に親しむなかで、自分自身の品性や人格が、自然に磨かれていく。感化薫陶とは、そのような心の変容を表す言葉です。
ここ書法道場は、単に手本を見て書く場所ではありません。生徒の皆さんの所作、言葉、まなざし、姿勢・・・などが一体となって醸成される「稽古の場」です。
もちろん、お手本やアドバイスは欠かせません。けれど最後に、書き手の書を深く育てていくのは、稽古の場に漂う空気であり、互いの交流から生まれる向上心なのだと思います。
ただし、場に居るだけで自然に成長できるわけではありません。受け身のまま寄り掛かっているだけでは、場の力は十分には働きません。
主体的に関わること。学ぶ人たちと交流すること。自分自身をその場に深く浸していくことで、私たちは初めて、場に育ててもらえるのだと思います。
「場を磨く者が、場に磨かれる」
そんな言葉ばを常々お伝えしています。自分の在り方は、自分の身の置き場と響き合いながら高まっていきます。
書法道場では、「書く稽古」と同じくらい、「書かない稽古」を重んじています。座学で、歴史や文化の奥深さに触れること。体操を通して、自分のからだの聲(心地よさ)に耳を澄ませること。
稽古の最後は、みんなで道場を掃除することで、身体性や主体性を整えながら、自らの身の置き場を整えること。
一見すると、書き方ばかりを練習してしまうと、どこかで偏りが生まれ、いびつになっていきます。こういった「書かない稽古」をバランス良く取り入れるからこそ、書き方も健やかに向上してくのです。
頭と背骨と骨盤が透るよう、呼吸を、深く心地よく整える、発する言葉をていねいに選ぶ・・・日々の小さな積み重ねが、やがて唯一無二の書き方(墨跡)となって、真白な紙の上に現れてきます。
私が「感化薫陶」という言葉を書にしたのは、日々の稽古に励む皆さまの姿に、私自身が深く心を打たれているからです。
道場に入るときの清々しい緊張感、真剣に古典と向き合う、凛とした書き姿、互いの上達を喜び合う、やわらかなまなざし・・・一人ひとりの温かく真摯な立ち居振る舞いが、稽古場の香りを、より豊かに育ててくださっています。
素敵な方々が書法道場に集ってくださる巡り合わせを、日々ありがたく感じています。
皆さまの姿に触れるたび、師範としての喜びとともに、深い感謝の念が湧いてきます。教えているつもりでいて、実は多くのことを教わり、磨かれているのは、私の方なのかもしれません。
烏丸御池「しまだいギャラリー」に展示した作品は、皆さまへの敬意を込めた、ささやかな「はなむけ」でもあります。
書は、一朝一夕に身につくものではありません。けれど、焦る必要もありません。道場で交わした薫りが、皆さまの衣へ、さらには心へと、少しずつ染み込んでいく。これからも、その微かな変化を、どうぞゆっくりと味わい、楽しんでいただければ幸いです。