身近にあるミステリー体験・5『猫の逆恨み』 |  ライター稼業オフレコトーク

 ライター稼業オフレコトーク

 
アイドル記者を皮切りに、心霊関連、医療関連、サプリ関連、
コスメ関連、学校関連、アダルト関連、体験取材など様々な
分野の取材執筆をしてきました。
ここでは当時の面白かった話や貴重な情報、取材で思ったこと、
記事にできなかった裏話などを披露していきます。

 交通事故の現場で手を合わせる人は多い。供えられた献花に向かって、被害者に同情し冥福を祈っているのである。

 私も以前そのようなことをしていたが、霊能力者の人から「手を合わせてもいいけど、同情はしないように」と警告された。同情しやすい人は、波長が合うと霊がついてきてしまうらしいのだ。だから今は「安らかに眠ってください」としか言わない。「可哀想に……、痛かったでしょうね」とは思わないようにしている。

 

 人ではないが、動物の死骸も目にする。昆虫類は珍しくないが、時には小動物も目にする。私が沖縄に移住していた頃は、早朝の国道58号線でやたらと犬の轢死体を目にしたものだった。

 東京の街中でも、ごく稀ではあるがネズミや鳥の死骸を見かけることがある。一度だけ猫に襲われた鳩を目撃し、その後どうなったのかを見に行ったことがある。死骸があれば埋めてやろうと思っていたのだが、見つけた途端にその気が失せた。なぜなら蛆が沸いていたからだ……。それはまさしく日野日出志の漫画に出てくるような異様な光景だった。

 

 

 友人のS君は人通りの少ない町道で、猫の死にかけ状態に遭遇したという。車に轢かれた直後だったらしく、猫の顔はまだピクピクと動いていた。しかし、胴体は潰れ、はらわたが外に飛び出すという悲惨な状態だった。潰れた下半身で動くこともできず、ただ目をギョロギョロさせながら苦しみ続ける姿はまさに死ぬ寸前……。絶対に助かることはない。道行く人たちは可哀想と思いながらも、あまりの凄惨な姿に気持ち悪がり、猫を遠ざけて通り過ぎるだけ。残念だが仕方のないことだった。

 さすがに可哀想すぎると思ったS君は、せめて道の端に移動させ、これ以上轢かれないようにしてあげたいと考えた。そこで、ハンカチを取り出し、飛び出した内臓をお腹に戻してから移動させようとしたのだが……

「ギャー!」

 猫は恐ろしい目で睨み、大きく口を開け牙を見せて威嚇してくる。野良猫なので人間を信用しておらず、しかもあまりの痛さに触るなという感じだったのか……。だが、S君は諦めずに近寄っていく。

「ギャー!ギャー!」

 しかし、猫は唯一動く顔でS君を睨み続け、奇声を上げ続ける。こうまでされるとどうしようもない。仕方なく、死にかけの猫をその場に残して立ち去ることにした。

「後は市役所がなんとかしてくれるだろう」

 そう思いながらその場を後にしたのだが、S君の目の奥には猫のすさまじい形相がいつまでも焼き付いていた。

 

 

 その夜からだった。夜な夜なS君に対して怪異現象が起き始めたのは……。耳の奥で小さく猫の声が聞こえるようになったのである。どこにいても静かな場所に一人でいると「ニャーニャー」と……。テレビを観ている時は気にならない。しかし、トイレに入った時、お風呂に入った時など、一瞬でも静かな状況が訪れると聞こえてくるのだ。

 マンションなので屋根裏にいるというわけではない。5階なので外で鳴いている声が聞こえてくるというわけでもない。しかも頻繁に聞こえてくるので気のせいでもない。

「祟り……?」

 咄嗟にその言葉が脳裏をよぎった。

「猫は祟るというからなぁ。だけど、なぜ? あの時の猫しか考えられない。でも、どうして? こっちは助けてあげようとしたのに。恨まれる筋合いなどないはず」

 

 夢にも出てきた。はらわたを出しながら悶え苦しむ猫の姿が……。2回目に出てきた夢では、猫が自分のはらわたを咥えて徐々にこちらに近寄ってくる内容だった。

「うわわわ……」

 自分の寝言で値が覚め、あまりにも気色悪すぎてトイレで戻してしまった。こんなことが1週間近くも続くとノイローゼになってくる……。

 

 

 さすがにこれはまずいと思ったS君は、霊に詳しい知人や占い師、そして心療内科を受診したりした。

 知人は迷うことなく猫の祟りだと断言する。

「街中で事故死した現場に花束があると、人は皆手を合わせるよね。それはいいことなんだけど、同情だけはしてはいけないんだ。同情すると付いてきてしまうから。かわいそうに思わずに、ただ冥福を祈るだけでいい。死ぬ間際の猫に情を見せたから付いて来てしまったのだ」

 

 占い師も同様のことを言う。

「多少の念は受けているようです。ただそれ以上にあなたは優しすぎるんです。“かわいそう”と“怖い”の気持ちが混在してそんな幻想を生み出したんでしょう」

 

 心療内科の医師は当然のことながら呪いを否定する。

「思い込みが強すぎただけです。あまりにも強烈な印象だったため意識し過ぎているんです。呪いだなんて思わないでください。そうするとますます酷くなりますよ。とりあえず薬を出しておきましょう」

 

 結局のところ結論は出ていない。呪いなのか、ただの思い込みなのか……。これがもし猫でなければ呪いという線は消えていただろう。日本人の化け猫伝説の先入観が成せる業だ。

 だが後日、S君はこれが呪いだということを確信する。

 

 

 ある友人の家に初めて泊まりに行った時のことだった。玄関に入るや否や異様な臭気を感じた。人の家には独特なにおいがあるので、さすがに臭いとは言えない。それに我慢できないほどの悪臭でもない。

 違和感を持ちつつ友人の部屋に入ると、においの原因が分かった。そこには4匹の猫がいた。

「これは猫臭だったのか」

 S君は猫を飼ったことがないので、猫や糞尿の混じったにおいが分からなかった。友人にしてみれば一緒に暮らしているので悪臭とは感じない。

 

 その猫たちは、S君をじっと凝視したまま動かない。

「おかしいなぁ。客人は珍しくないし、いつもは人懐っこいのに」

 友人は猫の挙動を不思議がっていた。

「おまえに何か憑いててそれを視てるのかなぁ」

 この友人は轢死した猫の話を知らないので、笑いながらそう言った。しかし、悪夢の原因が分からないままのS君にとっては冗談じゃない。本当にあの時の猫が憑いているのかと思えてきた。

 だが、猫たちはとくに威嚇してくるわけでもなく、ただS君を見ているだけ。しかし、愛くるしい目ではなく、爛々とした目つきで睨んでいる。近寄ってくることもなく、遠く離れて見続けるだけだった。それはそれで不気味ではあるが……。

 これがもし毛を逆立てて唸り声をあげていれば呪いは確定だっただろう。しかし、そういうこともなく、ただもやもやとした気持ちだけが残った。

 

「どうしたS。風邪でも引いたのか?」

 友人がそう言ってきたのには訳がある。なぜならずっと鼻水が出て止まらなかったからだ。風邪ではないし、こんなことは初めてだったので、独特な部屋のにおいに慣れていないせいだと思っていた。だが、その夜……。

 眠りについた時、突如として呼吸困難に襲われた。夢の中ではらわたを出した猫が現れS君に近寄ってくる。一歩一歩近づいてくるたびに呼吸ができなくなってくる。

「はぁはぁ、苦しい……」

 夢なのに、なぜかリアルに苦しい。このまま……寝たまま死んでしまうのではないかとマジで思った。そんな苦しむS君を嘲笑うように、はらわたを出した猫は眼前にまで迫ってきた。

 あまりの怖さと苦しさにS君は飛び起きた。鼻も喉も詰まり全く呼吸ができない。起きたのに息は詰まったままだ。

「うううぅ!」

 もがき苦しんでいるところを、さらなる恐怖がS君を襲う。

「!」

 4匹の猫が自分を取り囲んで見ていたからだ。闇夜に光る8個の目玉。不気味以外の何ものでもない。しかも呼吸は未だできないまま……。

「こ、殺される!」

 S君は慌てて家を飛び出した。

 

 

 外に出て数十分。やっと気道が確保でき、S君は一命を取り留めた。

「確証した。俺はやっぱりあの時の猫に祟られているんだ。さっきのはそれを感じた多くの猫たちが俺の周りに集まって同調した念を飛ばし、それにより呪いの状態が激化し殺されかかったんだ……。うわ~!」

 それ以降S君は完全にノイローゼに陥った。猫を見ると奇声を発して追い払うようにもなり、近所から奇異の目で見られるようになってしまった。

「くそ~、化け猫がぁ! やられる前にぶっ殺してやる!」

 そんなことを口走る毎日……。実際、S君は数匹の猫を殺害してしまい動物虐待の罪で警察のお世話になっている。

 

 

 この話には後日談がある。後にS君は強度の猫アレルギーであることが判明したのだ。元々その気があったのだろうが、猫臭の酷い家で完全に覚醒してしまったのである。

 猫アレルギーで死にかかった人は実際にいる。つまりあの夜の出来事は呪いではなかったのだ。

 しかし、S君はそう思っていない。轢死した猫の呪いがアレルギーを引き起こして、いつでも自分を殺せるようにしていると思いこんでいる。

 それはただの思い過ごし? いや、そうとも言い切れない。はらわたの飛び出た猫の怨念たるや壮絶なものだったに違いないからだ。猫にとっては自分を殺した人間はみな同じ。保護してあげようとしたS君の優しさなど分かるはずもなく、恨みの念を飛ばしたとしても不思議ではない。

 これはS君が神経質だったから、アレルギーだったからというひと言では片づけられないと思う。人間に限らずすべての生き物には怨念を発生する力があるからだ。

 

 

 とにもかくにも優しすぎる性格が仇になったのは否めない。そういう心を持った人はむやみやたらと瀕死の動物や死体に対して同情しない方がいいのかもしれない。逆恨みのとばっちりを受けないためにも……。