ライター稼業オフレコトーク

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アイドル記者を皮切りに、心霊関連、医療関連、サプリ関連、
コスメ関連、学校関連、アダルト関連、体験取材など様々な
分野の取材執筆をしてきました。
ここでは当時の面白かった話や貴重な情報、取材で思ったこと、
記事にできなかった裏話などを披露していきます。

 今月、ドリー・ファンク・ジュニアが亡くなった。弟のテリーが23年に亡くなっており、ザ・ファンクスは永遠に消滅した。

 

 私ら世代の編集者は、なぜかプロレス・格闘技マニアが多くいた。猪木全盛期時代であり、全日本プロレスの世界最強タッグが盛り上がっていたこともある。テレビ中継は金曜の8時と土曜の7時にやっており、多忙で深夜残業が当たり前だった週刊誌の編集者も、このときだけは仕事を中断してプロレスに見入ったものだ。

 特にファンクスの人気は絶大で、キン肉マンでテリーマンというキャラが登場するほどだった。

 ファンクスを一躍有名にしたのは、テリーがブッチャーにフォークでメッタ刺しにされるというシーンから。それで終われば胸糞の悪さしか残らなかったが、テリーが血まみれでボロボロの体になりながらも反撃したところからヒーロー伝説が始まったのである。まさに日本人好みのど根性勧善懲悪ドラマの真骨頂。

 

 しかし、このときからテリーは必ず血まみれにならなければならない泥臭いレスラーとなってしまった。出血しない日はないというほどに。

 テリーの熱血ファンであるA編集者はよく試合を観に行っていたが、一度顔を晴らした状態で出社してきたことがある。理由を聞くと……

「いや~、後楽園ホールでテリーに殴られたよ」

 なぜか嬉しそうに言うのである。殴られたにもかかわらず。

 

 事の顛末はこうだ。A編集者は毎回出血するテリーの血が記念に欲しくて色紙を持って行った。そして、案の定場外乱闘で額から出血したテリーに駆け寄り、色紙を顔めがけてタッチしたのである。しかし、錯乱状態のテリーは敵も何も分からず反撃のために拳をぶん回し、それがA編集者の顔に直撃したというわけだ。

 

「殴られはしたけど、手形ならぬ血形を手に入れたよ。普通のサイン色紙より価値があるぜ」

 確かにそうかもしれない。貴重な品ではある。しかし、それを見ていた女性編集者は軽蔑していた。

「殴られてるのに喜んでるなんてバカじゃないの」

 それは違う。あえて弁護するなら、それは猪木の「闘魂注入ビンタ」みたいなものだからだ。猪木ビンタは宗教的とも言われ、誰もが喰らいたい一発だったからである。

 

 ドリーの死により、また昭和プロレスの火が一つ消えた。何でもありの古き良き昭和プロレスを堪能できた私ら世代は幸せだったと思う。