~ 念の為の検査が明暗を分ける ~
<暗:Aさんの場合>
A調理師とは隔月刊誌で仕事をしていた。Aさんが新レシピを考案し、私がそれを記事にし雑誌で紹介していたのである。フランス料理のシェフでありながら、口調がべらんめぇ調の江戸っ子で、そのギャップが面白くて組んでいて楽しい人だった。
そんなある日のこと、編集長からAさんが急死したとの連絡がはいった。
深夜、ほろ酔い気分で自転車に乗っていた時、ガードレールにぶつかって転倒してしまったとのこと。頭に小さなコブができたものの頭痛はない。他は脚に擦り傷を負ったくらいだったので、そのまま自転車に乗って帰宅した。
そして、酒の酔いが急に回ってきたのか、着替えることもなく布団の上ですぐに寝てしまった。いつもいびきをかく人だったので、奥さんは気にしていなかったのだが、いびきは一晩中続き、朝になっても目を覚まそうとしなかった。さすがにこれは異常だと思い奥さんは救急車を呼んだ。だが、Aさんが目覚めることは二度となかった……。
CTスキャンでは大きな血種が見つかったという。外見はなんともなくとも頭蓋骨は大きな損傷を受けていて、Aさんの脳内は真っ赤な状態で圧迫され続けていたのである。
人は80㏄まで血液が溜まると意識不明になり、8時間くらいで150CCも溜まると脳を圧迫して死んでしまう。例え、頭部に外傷が見られない軽い事故であっても油断はならない。その日はなんともないにもかかわらず、翌日死んでしまうというケースは割と多いのである。
もし、Aさんがすぐに病院へ行っていればすぐに亡くなることはなかった。事故に遭った場合、規模の大きさや怪我の大小に関係なく、念のためレントゲンで検査を受けるに越したことはない。
<明:Bさんの場合>
B編集長とは20年前に一緒に仕事をし、10年前に連載が終わったものの数年に一度は食事で会っていた。仕事で絡まなくてもとても楽しい呑み助なので、大切な友人の一人として付き合っていた。
そんなある日、連絡はいつもラインで来るのに、珍しく電話がかかってきた。しかも、口調が暗い……。
「肝臓に癌が見つかった。手術をしても生存率が低いらしい。だから、友人たちに最後の電話をしている」
確かに無尽蔵に酒を飲む大酒食らいの男だった。飲まない日はないし、タバコは吸うし、風俗は行くし、ギャンブルも大好き。でも、底抜けの明るさで誰からも好かれるナイスガイだった。ただ、奥さんには愛想をつかされて離婚されてしまったが……。その奥さんにも最後の電話をしたということだから、本人も死を覚悟したのだろう。
癌が見つかったのは全くの偶然だった。歩道を歩いている時に、背後から自転車に乗った中学生にぶつかられたのである。骨に異常があるかもしれないということで念のために検査を行った。その時に癌が見つかったのである。それも医者に手遅れと言われるほど進行していたという。
肝臓癌は悪くならないと分からないと言うが、ここまで悪くなっていてもBさんには自覚症状がなかったのである。骨折の確認検査をして癌が見つかるとは……。まさに青天の霹靂であった。
Bさんはダメもとで手術を受けた。だが、医者が驚くほどの奇跡の復活を遂げた。腹にでかい切り傷はあるものの今では元気に社会復帰している。Bさんは言う……
「ぶつけられた時はクソガキと思ったけど、今では結果的に助けられたから感謝してるよ」と。
だが、普段からお人好しのBさんは、自転車でぶつけられたくらいなら「いいよ、いいよ」と言って見過ごしていたかもしれない。だが、この時は相手が自転車保険に入っていたということもあり、念のために検査したのであった。もし、検査をしなければBさんは確実に死んでいた……。
軽い自転車事故でも侮れない。検査をするかしないかで生死の明暗が分かれてしまうのだから。
[編集後記]
頭が重く転びやすい幼児へのヘルメットはマジ重要です。