「柩の中の遺体がゾンビとなって蘇る」
それは昭和30年の出来事だった。東京から新潟へ向かうワゴン車の中に、遺体の入った柩が積まれていた。東京に出稼ぎで行っていた人が事故で亡くなり、故郷の新潟で葬儀をするために車で向かっていたのである。
運転していたのは若い男性職員一人だけ。葬儀屋の人間なので柩を運ぶことには慣れていたが、いつも搬送は都内ばかりなので、新潟までの遠距離は初めてだった。しかも、当時は関越自動車道が開通しておらず、国道17号線をひたすら北上するというもの。途中、群馬から新潟にかけては山道であり、決して楽な道のりではなかった。とくに街灯のない山道のカーブは恐怖でしかない。
だが、その暗い山道以上の恐怖が運転手を襲うことになる。
ギィーギィー
運転中、背後から戸板が軋むような音が聞こえだした。初めは悪路の山道を走っているせいだと思っていた。車もボロだし、柩も木でできていたからだ。だが、あまりにも続くと不気味になってくる。
ギィーギィー、ギギギ……
だんだん酷くなる音に運転手は不安になってきた。しかも、意識すればするほど音の存在が気になってくる。
「まさかね、死体が蘇ろうとかしてるわけじゃないよな。そんな非現実的なことが起きるわけないって! ははは!」
そう自分を鼓舞したものの背後から何かしらの気配は感じていた。そこで、仕方なくいったん車を停めて確認することに。ところが……
ギィーギィー
いっこうに音がやまない! エンジンの振動か? だが、エンジンを切っても音は出続けている。それも確かに車内の後部から……
「うそだろ。勘弁してくれよな」
暗闇の中に浮かぶ柩の黒い影……そこから確実に音がしている。何かをこじ開けようとする音が!
普通なら逃げ出したいほどの恐怖だが、夜の山道を歩く方がもっと怖い。
運転手は意を決して懐中電灯の光を柩に向けた。
「ギャー!」
運転手は腰を抜かした。なぜなら前方の蓋が5センチほど盛り上がるように開いていたからである。しかも、手で押し開けようとしていたのが見えたからだ。
「おばけ? いや違う……、蘇生したのかも……。だったら、助けないと!」
よく葬式の最中に柩の蓋が開いて死者が起き上がるというのを聞く。映画やテレビに出てきそうなワンシーンだ。だが、実際にありえる話でもある。運転手は葬儀屋という職業柄、怖がるよりも助けなければという意識の方が働いた。
「今、助けてやるからな!」
急いで柩に駆け寄り、開けかけの蓋を一気に取り去った。
「ギャーーー!」
さっきよりも大きな悲鳴が車内に……いや山中に響き渡った。
「な、な、なんだ、お前は!」
そこにいたのは巨大なゾンビだった。醜いほど膨れ上がった顔と体が現れ、半目で運転手を睨んでいる。
痩せ細った遺体を柩の中に収めたはずなのに、そこにいたのはまったく別人の怪物だった!
「助けてくれー!」
運転手は車を放り出して逃げ出し、暗闇の山道に足を取られ崖から転落していった。
「うわぁぁぁぁ」
絶望的な叫び声が崖下から響き渡り、車内からはまだギィーギィーと音を立てながら醜いゾンビが柩から抜け出そうともがいていた……。
暗闇の山道には魔物が棲むという。その夜のエネルギーが死者を蘇らせたのか? 答えはノーである。
遺体は別人ではなく、間違いなく本人だった。当時は今のようなドライアイスがなく、長距離を運転中に腐敗が進んで、体内に腐敗ガスが充満してしまったのである。運転手はまだ若手でいつも都内しか走っていないため、長時間経つと腐敗ガスが溜まるということを知らなかったのだ。
異常なほどに膨れ上がった体は棺を圧迫してギィーギィーと音を立て、合掌していた手が蓋を押し上げようとしたのだった。
昭和30年ならではの話である。