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案外

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案外さみしいもんですね。
メールを辞めててる時って、気にもしなかったのに。

いざ、自分が送って返信が無いとめんどくせえなぁ…なんて思われてるのかなぁなんて、余計な事かんがえたり。
確かに打ったら長くなるからなぁ
酔っぱらって来るメールは逆にめんどくせえと思ってるし…

寂しさを知ったら知ったで辛いねコレ

人形てどう思ってんねかなぁ?
都合の良い時だけ相手されて、飽きたらほったらかし…

大惨劇

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今日は朝から忙しい
睡眠導入剤よくきき、寝付きが良いが、朝早い。
隣の兄ちゃんが早朝バイト?に出て行ったのを見計らい、内装工事で移していた全ての荷物を元に戻し始める。
補修はされてはいるが、おーっさすがプロって程でも無いかなぁ…
時間と道具があれば自分でも…
しかしその手際と早さがプロの業なのだろう。

荷物を戻す前に痛みが激しい畳の上に敷いていたラグを新しく敷きかえる。
めくると、畳はもうボロボロ、それにカビだらけに…一応清掃するがあまり効果無し。
あたらしいのを敷く。
今回はシートでピッタリカット、隙間の無いようにする。
洗面回りはそのままだったので張り替えた。そういやあの子は今までのは嫌がってたっけな…
明るめの色にしたからか印象が変わった。
シートの余りで洗面台を綺麗にした。荷物の移動期限は4日間、明日までなので可能限り戻していった。
ただ午後からは試験申し込みで出掛けなければならない。
しかし雰囲気は、早よ開けろ…
結局、衣服以外はほぼ元の部屋へ移した。
その分時間は押したので急いだが、この試験は申し込みがややこしい。雨も降ってきた。

手続き終了は17時を回っていた。
100円ショップで必要品を購入し、アイス食べ放題のネットカフェにいってたくさん食べた。

そのこれから眠くなりうとうとしてしまう。おならが沢山出て、やだなぁ…と思っていると、身が出ていた。
気付いた時には、一気にトイレへ、下着・ズボンは凄い汚染されていた。匂いも凄い…
恐らく1時間はトイレに籠って洗浄した。臭いはなかなか取れず、下着は諦めた。
それでもズボンから臭いが…
なんとか?意思しなければ臭いを感じないかな?位までにして、下着無しでズボンをはく。
支払いの時も気付かれないか焦りがあったが、何とか済ませ徒歩で帰路につき、直ちに洗濯した。

とんでもない日になりました。
運が付けば良いが…

震災から…

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東北に大震災があってから一年。

原発報道は日常的ながら被災については遠い国での出来事のよう。

当初ボランティアで現地に行こうとする者や街頭募金活動を見て“偽善者”と思った。
それができない人や募金活動の前を素通りする時の罪悪感…別のところで募金したのに…。
自分たちの行為の素晴らしさを見せつけられているように感じた。

案の定?半年も経たぬ内に減少し募金活動については見かけない。

個人的には街頭募金は昨今の世相に合致しているとは思えない。
認知度を上げ関心を引くのに行ったり、子どもの活動なら理解できる。

働ける世代の者がわざわざ街頭に立ち他人から募金を募る意図。

あしなが募金や盲導犬育成活動募金など、必要とする自らが行うのは、当事者にお金が行く事を理解しての募金なのでまだ分かるが、募金集めの為の街頭募金は寄付金がどうなったか報告義務は無いだろうか?

他人を信じられない、豊かな世の中でもっと効率よくお金を集める方法があると考えるので
世相に有って無い、前時代的活動に移るのである。
人に罪悪感を与えて迄行う意義は在るのか?

先日スマトラ島沖でまた地震が有った。多数の死者を出した数年前の地震に連動したものが未だに続いているようだ。亡くなられた方々やご親族には深くお悔やみ申し上げます。
さて、募金は集まるのだろうか?
あと、窓口は一つに成らないだろうか?その方か被災者に親切だ。

東北の震災に関しては、阪神・淡路の震災より圧倒的に広範囲で、津波によって主要な産業各種が多大な被害を被った。阪神での火災と津波とではその後の影響も全く違う。

それにしても遅い。
主導がどこか?国か県か自治体か?見えて来ない。

阪神・淡路の経験では矢面は各自治体であった。
勿論、自衛隊や県外からの積極的応援には本当に有難い気持ちでした一生懸命、親身に成って活躍して下さった。でも役割はバックアップ。自治体の要請に国や地方が動いた印象だ。
そんな事を経験したからより見え難くさに違和感を感じる。
主導は国でいいのか?

自治体が積極的に映るのは、南相馬市くらい。

阪神・淡路の震災後、数日で全国放送での扱いは減少していった。
しかし、関西ローカルでは長期に渡って状況報道は続けられた。
現在、あまり東北出身の芸能人をTVで見かけない事から、阪神・淡路の時と報道状況は同じなのだろうと想像する。

命の価値については以前と感情はかわらない。
ただ、命をなげうって人の為に動いた結果亡くなられた方々については、少し感情は事なり感謝の念は絶えない。
自分もそうでありたい。
それでも、亡くなった当人にとっては、どんな美談や物語を並べて見ても命を落とした事実は他者となんら変わらない。

関係者にどっては理不尽や不幸をかんずるかもしれないが、当事者には死は死で命を失うという苦しみは万人にとっては同じだ。

何故か震災での惨死体の映像を探した。何故か見なくてはいけない気がした。
苦しかっただろう。辛かっただろう。美しい姿で最期を迎えたかったであろう…

阪神・淡路大震災と同年3月、地下鉄サリン事件があったことは震災で飛んでしまった。

社会には、苦しみと喜びが沢山溢れている。半分づつではない。
苦しみを楽しめれば喜びがふえる。
喜びに欲が加われば、喜びは減るかもしれないしょぼん

喜びを感じられ、分け与えられるような男に成りたい。
命をなげうってでも、人の笑顔を取り戻せるならそれも本望。
そんな男に成りたい。

これじゃいよいよ独身やね…