我思う、ゆえに我あり | 午前零時零分零秒に発信するアンチ文学

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時事問題から思想哲学に至るまで、世間という名の幻想に隠れた真実に迫る事を目的とする!

ジム・キャリー主演の映画「トゥルーマン・ショー」(1998年)を初めて観た時にこう思った。「お金を掛けなくても立派な映画は作れるものだ」と。

制作費6000万ドル、うち1200万ドルがジムのギャラだというのだからいかに予算を削っていたかが判るというものだ。監督も予定だったアンドリュー・ニコルが外され、ギャラの安かったピーター・ウィアーが選ばれた訳だ。

初めは「どこにでも居そうなごく普通の青年トゥルーマンが結婚し、ごく普通の街に住み、ごくありふれた日常を幸せに過ごしている」という何の変哲もない話なのだが、実はこれ自体が巨大なドキュメント番組だったのだ。

普通に存在すると思われた街は、番組の為に用意された巨大なセット。シーヘブンという離島に作られている。トゥルーマンは出生から人生の全てを5000台のマイクロカメラから監視され、撮影されたものを世界220ヶ国に発信されている。

幼馴染も恋人も父親も街の人々も全て役者であり、学校や会社も番組によって用意されたもの。この事実を知らないのは、トゥルーマンただ一人だけだ。そういった彼の日常は24時間休むことなく生放映され、各国の視聴者はそれを観て楽しんでいる、という映画である。

この映画は二つのメッセージ性を持っている。

ひとつ目は、人類の果てしない欲望だ。マスコミは視聴率を取りたいからという理由だけで、他人の人生を商売道具にしてそれを操作する。また、そういうのを視聴者が興味を示して観る。情報を売る為なら何をしてもいいという愚の骨頂への警鐘を鳴らしているのだ。

ふたつ目は重要だ。人類は虚構の中で過ごしている、という部分。真実だと思っていることは全て嘘であり、我々はトゥルーマンのような存在だということ。人間は日常から幻覚を見て育ち、そこに想念を抱いて生きている。つまり、幻想の中で生活している訳だ。だから、我々には「これこそが嘘偽りない真実だ」ということを何ひとつとして確かめる術がないのだ。

ただ、デカルトは重要なことに気づいていた。

彼の「我思う、ゆえに我あり」とは「仮に、自分を含めた世界そのものが虚構だとしても、そのことを疑おうが信じようが、そのように思っている自分自身は確実に存在する」という事を意味している。

だから「世界は自分を中心に回っている」というのは本来利己主義的な思想でも何でもなく、我々が知りえる情報として確実に生きているのだ。勿論、ここでいう世界とは、万人に共通する普遍的な世界という意味ではない。

涼宮ハルヒは七夕の日に「世界があたしを中心に回るようにせよ」「地球の自転を逆回転に」という短冊を書いて織姫と彦星あてにメッセージを送っているが、本当に世界が自分を中心に回っているということに気づいてないのだ。我々もまた、この破天荒な女子高生と同じようなものである。

だから、周囲の環境や人間は全て自分自身の為に存在するのであり、人はそれらと触れ合って成長していくのである。当然ながら、ここでいう成長とは欲望や利己主義によって自我が発達するということではない。反対に愚に気づいて自己の汚れている部分を削り取り、中にある崇高な自分自身を掘り起こすのである。簡単にいえば、ダイヤモンドの研磨やハンマーで金塊を叩くようなものだ。

但し、世間もあの手この手を駆使して、邪魔しようとしてくる。

トゥルーマン・ショーの番組プロデューサー クリストフは、主役を愛していた。だから「トゥルーマンは、この街が嘘だと判っていても出ることが出来ない。人間は一度慣れてしまった安全からは怖くて誰も出られないものだからだ」と思っている。トゥルーマンは水が大の苦手だが、その物理的原因自体に大した意味はない。要するに、クリストフは彼を作り物の世界に閉じ込めておきたかった訳だ。

トゥルーマンの学生時代……恋人役に派遣されたシルヴィアは、芝居ではなく本当に彼のことを好きになってしまったが故に番組を降ろされる。そして「いつか街を出て、わたしを見つけだして」と言い残してトゥルーマンのもとを去る。

全てを知った彼は、船を使って島を出る。クリストフは彼の苦手な水に加えて嵐を起こす。それでもトゥルーマンは最大の困難に立ち向かっていく。

「君はスターだ。私は君のことなら何でも知っている」
「いや、僕の頭にカメラはついてない」

何とか渡りきった時、そこには一枚の扉があった。
しかし、彼は戸惑っている。

「引き返すんだ。街にいればずっと安全だ。私は君が死ぬまで人生を見届ける」

クリストフが説得するのだが、彼はカメラに向かってこういう。

「会えない時の為に、今日は、今晩は、おやすみ!」

トゥルーマン・ショー「私生活が24時間、生放送される」


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