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夕菜の宝箱

~がん(私)でも発達障害(息子)でも上手くつきあって幸せに暮らすことを目標にする毎日~

訪問ありがとうございます。

 

大動脈解離であっけなく亡くなった父の覚書

他界から2日後のお話です。

 

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葬儀当日スケジュール

 

~9時 宿泊したお部屋から葬儀の控室へ荷物と共にお引越し

11時30分ごろ 参列者写真撮影

11時30分 葬儀開始

12時30分 出棺 喪主以外バスに乗り火葬場へ

13時45分ごろ 全員戻ってきてお食事

15時  バス出発 お骨を拾いに火葬場へ

16時ごろ 戻ってきて解散

 

宿泊したお部屋は9時までに出るように言われていたので、

ベッドで休んだ私たちは朝起きると、ひとまず着替えて荷物を整理し、荷物を控室に移動させておいてから

外のコンビニに朝食を買いに出て、控室に戻り朝食をとった。

 

そのあと、私の化粧品で妹に化粧。

母にも化粧。

だって父がちょっと化粧してるのに、みんなもやろうよ~(笑)

で、朝からわいわいやってた。

 

しばらくして夫や息子たちが合流。

 

飾る為に父のゴルフバッグを持ってきたので配置したり

洋菓子を買ってきたりしたのをテーブルに並べたり、

斎場の司会者と最終打ち合わせをしたり、

家族以外の父の友人の応対をしたりしていて、

頭使っていると平気だったんだけど、

 

折り紙に父へのメッセージを書いて鶴にして入れてあげよう

ゆっくり座ったら、あかん涙があふれてくる。

 

持参したティッシュボックスから数枚ティッシュを取っては

鼻をかみ涙をぬぐい、始まる前からもうダメな予感がしてきた。

 

お父さんへ

 

って書いただけで、もう書けない。

 

ありがとうっていっぱい思いを伝えたいけど、

真っ白になるってこういうこと?

とても一言では伝えられないな。

 

昨年、がんで亡くなった主人のお父さんのときには

納棺の前に到着して準備に参加したっけな。

 

目の前で看取ったわけじゃなかったからか、

心の準備ができていたからなのか、

最期に届けるメッセージは、今までの感謝の言葉があふれてきて細かい文字でさくさく気持ちを書けたのにな。

 

一時停止。

 

でも、斎場の方にお食事の人数と今の人数が合いませんが?と言われて、数えなおしOKを出したりすると涙は止まる。

 

その後「おじさん」が来ると聞いていたのに、式が始まる直前に「おじさん」だけじゃなく「息子」と一緒に現れた時には軽くこぶしを握りそうになりましたがね(笑)

 

お通夜のお料理は中盛なのでおおまかな人数でOKなシステムだけど、葬儀の後のお料理は一人ずつのお弁当なので「数が重要」です。ぎりぎりで間に合ってよかった~。

 

葬儀はお焼香と献花、ゆっくりお別れ。

 

そうだ、父の洋服について書くのを忘れていた。

納棺の時に白装束でもいいしお好きな洋服でもいいと言われたので、父は洋服を着せてもらったんでした。

 

洋裁ができる母が作ったもの

遺影の写真にもなっている父のお気に入り。

 

ちなみに念のため持参した下着ももちろん・・・と

丁寧に着せてもらっていた。

ICUで導尿された状態で亡くなっているので紙おむつだったからね、

湯灌しなかったらひょっとしたらパンツのことまでイメージできなかったかもしれない。

 

お棺に一緒に入れてあげたのは、

写真に撮ったゴルフのセットや焼酎、ビール

暇さえあれば解いていた数独の雑誌のやりかけているものをいれて

紙コップで少量なら実際にビールや焼酎いれてもらっていいですよ~

 

え?いいんですか?

 

末期の水の代わりはビールでいいよね?と

満場一致で唇を濡らしてあげ、最後に眼鏡はお顔から外した。

 

焼き場に着いてからはもうお顔を見てのお別れはできません。

お顔を見てのお別れはこちらで最後になります。

 

いくらわいわいやってみたつもりでも、この時ばかりはやっぱりね。

だれかの号泣を間の当たりにすると、せっかく落ち着いていたのにまたもらい泣き。その連鎖(笑)

 

あっという間に出棺の時刻がやってきた。

訪問ありがとうございます。

 

大動脈解離であっけなく亡くなった父の覚書

亡くなった翌日のお話です。

 

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お通夜当日のスケジュール

 

11時 お通夜打ち合わせ 遺影写真を渡す、お通夜料理決める

13時 昼食のため外出

14時 父のアルバムや追加写真を選びに実家へ戻る

15時 湯灌

16時 納棺

18時30分 お通夜

21時ごろ  解散

 

15時の納棺までは秒刻みな感じで忙しすぎ。

張りつめてた。

納棺が済んでお通夜までのひと時、ちょっと余裕ができたかな~。

 

湯灌(ゆかん)は母がめちゃめちゃ気に入って

「自分のときもして!!「」と

私ではなく私の夫に頼んでた(笑)

 

そうでした、そうでした。私は多発性骨髄腫の患者だったさ♪

 

ゆっくりお湯にいれてもらってきれいにしてもらっているのを眺めているのはとてもゆったりしたいい時間。

 

お風呂が好きで週に2回も3回も母と温泉に行っていたからね、

病院に運ばれてから絶食、お風呂も入れずで2日間辛かった思いを全部流して気持ちよかっただろうね~。

 

 

いい感じの手際の良さで

ちゃぷちゃぷとお湯の音をさせながら

女性2名で大きな父を丁寧にきれいにしてくださり、

髭剃り、お化粧、含み綿を施してもらった。

 

お通夜の形式は型破りで。

結婚式の披露宴会場かい?というようなテーブルセッティングにしていて前に写真やアルバムを置いていたから来られた人がみんな全面に集まってわいわいとしゃべってる。

 

一応、開始時間になったらお席についてもらってお焼香だけ済ませるとお料理を運んできてもらって即お食事を楽しみながら、ずっとしゃべるという形式にした。

 

「いいお通夜やったね」

とみんなが言ってくれて、とっても嬉しかったな。

 

お寿司やコールドミール、フルーツをふんだんに用意して

好きなだけビールを飲んで、父も絶対喜んでいただろうな。

みんなにおなか一杯ふるまうのが大好きだったもんね。

 

みんなが帰ったあと母と妹と私は3人でお泊り

 

父と一緒の部屋でお線香を絶やさないように順番に添い寝するのか?寝れるのか?のイメージだったのになんと別室で。

 

しかもお風呂もついていて、まるで女3人で旅行に来たみたいな気分でベッドでゆっくり休むことができた。

訪問ありがとうございます。

 

今年もあと残りわずか。

入院もしないでいい年で終わりそう~な予感しかなかったのですが

まさかの令和元年の最後を迎えています。

文字に書くことで自分自身の気持ちの整理もついてきているのかも。

 

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斎場についてからは、お通夜と葬儀の打ち合わせ。

 

父はお寺さんを呼ばない家族葬を希望していたものの

具体的にどんな感じにするのかまでは何も決めていない状態

 

家族葬でええ。お寺さんは呼ばなくていい。戒名もいらん。

そのまま焼いてくれて、そのへんに撒いといてくれ~

 

とか言っていたらしい。

 

撒いといては却下として(笑)

急遽私がプロデュースしたものの簡単なようでなかなか難しい注文です。

 

まるで直葬希望のように言っているけれど、会員になっていて斎場は決めていたわけだからね(笑)

 

大きなお葬式ではなくこじんまりとゆっくりお別れできるような雰囲気がいいのかな?

何が父らしいのかな?とかなり考えました。

 

母の意見を聞きながら斎場の人に、こんなイメージでと伝えて色々話すうちに少しずつまとまってきた感じ。

 

お花は各自持ってきてもらっていっぱい入れてあげようか?

 

あ、じいちゃんがいつも水やりしていた小菊がたくさん咲いとる!

 

それ持ってこよう♪

 

それとは別に花束も準備しよう!

 

そんな相談を家族でしていたらそばで聞いていた斎場の方が、

だったらお花の祭壇になさいますか?同じ料金でこんなのがあります~と提案してくれた。

 

 

とっても良かった♪

 

いろいろ言ってみるもんだな~と思う。

 

お通夜のイメージは

開始時刻には司会者が一旦声をかけて着席してもらう。

お焼香をしていったあと、お料理を運んでもらう。

すぐに会食しながら思い出話などずっとおしゃべりをして偲ぶ。

 

こんなスタイルを企画。

 

そのために父の懐かしい写真、思い出の品、小さいころのアルバム、好きだったものを飾って話のネタに困らないようにすることに。

 

なんか準備することが押し寄せてきて忙しくなりそうな予感。

でも、どうせならいっぱい父のことを考えて

父らしい納得のいくお別れがしたいからね。

 

気が張っていることもあり、まだまだ疲れも感じていなかったので

頭はフル回転で一気に片づけていくことにする。

 

父は病院から一旦家に連れて帰ることをせず、斎場の安置室に一晩居てもらい、集まった家族は全員準備のため一度自宅に帰りました。

 

妹とおばは準備といっても自分の服だけ。

 

母と私の家族4人は近所なので手分けしてお通夜と葬儀の準備にいそしむ。

 

遺影用の写真を選ぶ

飾る思い出の品を探す

棺の中に入れてあげるものを選ぶ

直接入れられないものは写真に撮る

父が毎日水やりをして育てていた小菊を大量に切って持っていく

 

あ、死亡届を出す前に可能な限り父の預金を下ろしていた方がいいねん。絶対その方がいいってみんな言ってるから

 

ってお通夜当日の朝一から母はがんばってキャッシュコーナーで下ろしに行く。

 

が、これは間違いでしたっ!!

 

死亡届を出したら凍結されるのではなかった!

 

父の口座を解約したいとか、父が亡くなったので~とかを銀行に言いに行ったら凍結となる。

 

下ろしておいた方がいいのは確か。

でも、そんなに焦らなくても葬儀が終わってからでも大丈夫だった。

 

死亡届についても私は誤解してましたね~。

 

用紙はA3で右側が死亡診断書と書いてあり、左側が死亡届とかいてあるもの。

死亡診断書は病院が書いてくれ左側は白紙状態でもらった。

 

これをもって役所に行かないといけないのかな?と思っていたのですが、斎場の方が手続きをやってくれる

 

急ぎますか?と聞くとこれを提出しないと火葬許可証が出ないから

葬儀のあとの火葬に間に合うように出さないといけないと説明されたので、お通夜の打ち合わせの時に持って行くことに。

 

でも出してしまう前にコピーをとっておかないと、いろんな場面で提出したり見せたりすることがあるから、何枚か取っておくように言われた。

 

私は片面の「死亡診断書」だけをコピーしたんだけど、

白紙であっても両面でないとダメと言われるところがあるらしく

斎場の方が改めてA3で両面のコピーを取ってくれた。

 

まだ、死亡診断書を見せて両面で!と言われるケースにあってないので、これからの手続きで真相はどうなのか知りたいところです。