中島みゆき

『世界が違って見える日』、

プロデューサー瀬尾一三と紐解く
Rolling Stone Japan 編集部 |2023/05/12、05/13

 


 

 

中島みゆき『世界が違って見える日』

トレーラー動画(公式)

 

(2023.5.12)

 

 

日本の音楽の礎となったアーティストに毎月1組ずつスポットを当て、本人や当時の関係者から深く掘り下げた話を引き出していく。2023年3月は中島みゆき・瀬尾一三特集。ゲストに瀬尾一三を迎え、1カ月間に渡り特集していく。今週はPART2。中島みゆき44枚目のオリジナルアルバム『世界が違って見える日』の後半を紐解いていく。

 

 

田家:FM COCOLO J-POP LEGEND FORUM案内人田家秀樹です。今流れているのは中島みゆきさんの「倶に」。3月1日発売、みゆきさんの44枚目のオリジナルアルバム『世界が違って見える日』の1曲目。去年12月に47枚目のシングルとしても発売になりました。月9ドラマ『PICU 小児集中治療室』の主題歌ですね。シングルのカップリングは映画『Dr.コトー診療所』の主題歌「銀の龍の背に乗って」でした。

今月2023年3月の特集は、中島みゆきと瀬尾一三・2023。ゲストは瀬尾一三さん。70年代以降の新しい音楽を手がけられたプロデューサー・アレンジャー・作曲家・音楽監督。88年以降、みゆきさんを手がけるようになって35年。この番組は7回目の登場というゲストであります。

前回は去年3月、中島みゆきさんのライブアルバム「ラストツアー『結果オーライ』」の特集のときに来ていただきました。あれから1年ですね、新作のオリジナルが出ました。そして同じ3月1日に、瀬尾さんが手がけられた曲を集めた作品集「『時代を創った名曲たち 4』~瀬尾一三作品集 SUPER digest~」が出ました。今月は前半2週がみゆきさんのアルバム『世界が違って見える日』、後半2週が『時代を創った名曲たち 4』全曲のご紹介を語っていただきます。こんばんは。

瀬尾:こんばんは。年の行事みたくなりましたね。

田家:1年ぶりですね。今週来週は『世界が違って見える日』の話を伺っていこうと思うんですが、タイトルはいつごろ決まったんですか?

瀬尾:彼女の中ではもう決まっていたと思うんですけど、スタッフ側に伝えてくれるのがギリだったので、録音している最後のぐらいに僕に教えてくれました。

田家:タイトルを聞かれたとき、どう思いました?

瀬尾:僕の考えですけど、タイトルっていろんな使い方があると思うんです。代表曲をタイトルにしてしまう、それからイメージをタイトルにする。もう一つ僕の考えとしては、今回10曲入っているとしたら、11曲目の曲タイトルをタイトルにする。

田家:11曲目にこういう曲のタイトルがあるかもしれないかもしれないっていう。

瀬尾:あるかないかというより、次を期待させるか、それともみんながどういうふうに使って作っていくかという。だからみんなで作ればいいんです。

田家:アルバムを全部聴き終わった後に、あなたはどんな曲をお作りになりますか?と。

瀬尾:あくまで想像ですけど。

田家:また宿題が出ましたね(笑)。

瀬尾:あははは。みゆきさんは宿題を出すの好きですから。

田家:今週と来週はアルバム全曲の話を伺っていこうと思うんですが、まずはこの曲をお送りしたいと思います。1曲目「倶に」です。

 

倶に / 中島みゆき

田家:人偏に具と書いて「とも」って読むのは知らなかったです。

瀬尾:4文字で使用されているのもありますけれど、この字を当ててくるというのはとてもすごいなと思いました。やっぱり試されているので、いつも怖いんですよ。

田家:あはは。始まり方はシンプルで、途中から舞台が変わっていきます。

瀬尾:テレビの主題歌用に作ったと思われがちなんですが、アルバムを作るときの曲の中にもう入っていたんですよ。だからこのドラマに合わせて作ったわけじゃないんです。内容もあらすじとかいただいて、僕もそれを読んだときに水というのがヒントになって。熱いわけでもない冷たいわけでもない。それはもしかしたら母胎の中だと思って。それをイメージして冒頭を作ったんですけど、どんどん盛り上げていかなきゃ駄目なのは彼女の歌い方がそういうふうになっているからで、歌に合わせるように考えて。はじめは大サビ前のブレイクもなかったんですけど、最後のブレイクを作ったりとかして。

田家:それから舞台のような広がりをみせる。

瀬尾:突然スケール感が広がりますからね。断崖に立ったところで止まって、ブレイクして、そこからジャンプして次のところに行くイメージで作ったんですけどね。

田家:走り出すだけじゃなくて一緒に飛んだ。

瀬尾:立ち止まっちゃ駄目だし、その崖を飛びこさなきゃ駄目なので。一瞬、ん?ってなって、倶に飛ぼうってなるイメージで作ったんです。

 

 

田家:「風前の灯火」っていうのはいろんなニュアンスがあるんでしょうけど、俺たちのことか!みたいな感じがちょっとありましたね(笑)。

瀬尾:それは身にしみますけどね。この「風前の灯火」は、もしかしたら年代関係なく、最後までちゃんとやり抜こうっていうか。彼女もある程度妙齢を越した歳になってますので、近い人が亡くなったりとか、いろんなこともあったんでしょうね。こういう今の状況だから、直接に会えなくてもそういうのを感じながら、お互いの生存確認というか、僕とあなたみたいな関係ですけど、それでも最後まで行こうっていう。

田家:走り出そうっていうのが、『親愛なる者へ』の1曲目「裸足で走れ」にもありましたけど、今走れというふうに歌えるのがいいなと思いました。

 

島より / 中島みゆき

田家:アルバムの2曲目「島より」です。2021年に工藤静香さんに書いた曲で、ラストツアー以降の曲ってことですね。これ工藤さんに書いたときも瀬尾さん。

瀬尾:そうです。工藤さんヴァージョンも僕がやりました。

田家:2021年頃、こういうアルバムとして出すみたいな話もあったんですか。

瀬尾:その時は具体的にアルバムを作るって話はなかったですね。コロナ過にスタジオで集合してミュージシャンスタッフがいるところに中島さんを連れてくるのがまだだなと思っていたので、もうちょっと待とうかなっていうのがあったんですけど。

田家:工藤さんのレコーディングのときはみゆきさんいらっしゃっていたんですか?

瀬尾:全然。こちらだけでやりました。

田家:工藤さんの曲アレンジされたときはどんなイメージだった?

瀬尾:工藤さんのときに中島さんが僕に言ったのは、どこか東南アジアの方の島にしてほしいってことで。だから間奏でちょっとガムラン的なものとかを少し匂わせたりとかしてたんですけど、今度はもうちょっと中国に近い方がいいって言って。ベトナムの沖とかマレーシアの沖?みたいな。どっちにしても東南アジアなんですけどでも、工藤さんの島ではない島にしてくれって言われたので、苦肉の策で胡弓を入れました(笑)。

田家:島というのが何か関係あったんですか?

瀬尾:それはわからないです。一緒に仕事し始めた88年ぐらいに質問して大恥かいたことがあるので(笑)。それからあまり質問はしないように、全て受け入れるという形でやっているので、その辺のところはよくわかりません。

田家:なるほどね。あまり聞かない方がっていうのはあるでしょうね。

瀬尾:作品を聞いてイメージしてくれればいいのに、説明することによってイメージがどんどん限定されていくわけじゃないですか? 彼女は元々曲の説明をしてない人なので。それはファンの方だけに向けてなくて、僕にも説明してくれない(笑)。あくまで彼女はデモまで録ったら、あなたは何を感じて作るの?って試験を受けてるみたいなものなので。下手に質問して「はあ?」とかって言われたら怖いんで質問しません(笑)。

田家:手紙、文にも「島より」としか書いてなかったわけですから、どこの島か聞いちゃいけないんですよね。みゆきさんと工藤さんの相性は瀬尾さんどうお考えなんですか?

瀬尾:工藤さんが中島さんを慕ってくれている、尊敬している感じはよくわかりますけど、とか中島さんも「工藤さんなら書くわ」って感じなので頼まれたら書きますね。

田家:例えば、声だとか歌の表情だとか自分と違うところに魅力を感じている?

瀬尾:それがあると思いますね。自分の歌を自分ではない表現の仕方、それはいろんな方が中島さんの歌を歌ってくれていますが、工藤さんが歌っているのが中島さんとしては新鮮に入ってくるんでしょうね。

 

十年 / 中島みゆき

田家:『世界が違って見える日』の3曲目「十年」。これはクミコさんに2007年に提供した曲ですね。

瀬尾:そうなんですね。

田家:そうなんですねっていう感じですか?

瀬尾:僕は全然関与をしてなかったので。

田家:あのときは坂本昌之さん。

瀬尾:だから本当に申し訳ないんですけど、クミコさんヴァージョンは聞いてません。嫉妬なんでしょうかね(笑)。

田家:(笑)。今回はシャンソン風ですもんね。クミコさんヴァージョンは逆に、シャンソン歌手なのにシャンソン風じゃなかった。

瀬尾:それはアレンジした坂本くんに聞いてください(笑)。

田家:今回シャンソン風にしたのは?

瀬尾:中島さんとシャンソンが乖離しているわけじゃないと思うんですよ。申し訳ないけどさっき言ったようにクミコさんのバージョンを聞いたことがないので、僕は新曲としてやっていて。僕がデモを聞いたイメージだけでやっているので。こういう男女の恋愛の過程がシャンソンは結構多いですから。そういうのを歌っている。だからある意味、こういうふうに彼女がやりたかったんだなっていうのを僕が色をつけただけのことなので。

田家:瀬尾さんの中でシャンソンとはどういう距離なんですか? いろんな音楽やってらっしゃいますが。

瀬尾:フランス映画とかイタリア映画が流行ったときにシャンソンもスタンダードで聴いていたし、僕の中ではイタリアのカンツォーネもそうで。スペイン語も、結構いろんな音楽を中高大学と聞いてたので、そんなに僕の中で区別がないんですよ。

田家:そういう意味では、みゆきさんでこういうものをやってみたかったというのもあるんでしょうか?

瀬尾:僕がやりたいというより、彼女が歌うのにどう合わせていくか。彼女の歌の主人公の背景をどうしようかって。ジャンルがこれだからこうとかって結び付け方はないです。

田家:アルバム1曲目、2曲目、3曲目、みゆきさんの歌い方も違いますよね。

瀬尾:そうですね。今回はこう来るのかなと思いましたね。これは詳しくは言えないんですけど、なるほどねっていう感じで。

田家:なるほどなぁってことで言うと、並木っていう同じ言葉、同じ条件だから時間が変わっているんでしょうね。淡々と始まっていながら感慨が深くなってくのがアレンジでわかる。

瀬尾:それはありがたいですね。同じシチュエーションっていうか、近くなり遠くなりしながら。でもシーズンと年が変わっても同じように歩いてる感じしません? 2人の男女が久しぶりに会ったのか、最後10年ぶりに会ったのかもしれないけども、一つのショートフィルムみたいな感じがすると思うんですよね。

田家:2番の歌が始まる前に転調されて、あれから10年みたいなセリフが入った感じがしますよね。

瀬尾:あははは。テロップが入る感じですもんね。

田家:メランコリックなサックスが入ったりする。この辺の細やかさ。

瀬尾:そう言ってくださればいいんですけど、自分の中の引き出しの中にはなかなかなくて。これはソプラノサックスだなみたいな感じで決めちゃったんですけどもね。

田家:10年っていう長いか短いかって感じがとてもよく出てるなと思ったりもしました。

 

乱世 / 中島みゆき

田家:アルバムの4曲目「乱世」。タイトルにびっくりしました。

瀬尾:初めちょっとディストピアっぽく始めているんですけど、どっかの工場地帯の感じっていうかメタリックな感じで。そこに子供がずっといて歌うって感じでやっていて。途中でビートが入ってから本人が歌うっていう。

田家:イントロでは、子供が焼け跡の中で歌っている風景が見えるというか。

瀬尾:無人の機械だけがあるというか、ちょっと荒廃したところにモノローグのようにいて、それから本人が歌うような感じ。いろんな感情が入って歌う。ある意味、アニメーションみたいに表情も何もないようなイメージでやっていました。

田家:デモテープはどういう感じだったんですか?

瀬尾:歌い方から僕もイメージするので、ちゃんと区別して歌っていましたよ。

田家:歌詞の「逆らってた 苛立ってた 歯向かってた とんがってた」って、これはそういう主人公がいる設定なんですかね?

瀬尾:無表情の子供が実はこれなんです。今の子供たちも、みんないい子たちだけど、変なところでSNSで暴れたりしてるっていうか。外見と中身が違うってことですよね。本当はみんないい子なんだろうけど、通過儀礼が必要というか。今の世の中もっと差が激しくなっている。抑圧されるじゃないですか。だから違うところで出てしまうのかもしれない。僕や田家さんの子供時代より今の子どもの方が大変かもしれない。僕たちは結構のんびりというか、戦後だったから結構ののほほんできたわけじゃないですか。自由にさせてもらったし、主義が変わったし。でも今はいろんなものにがんじがらめ。生活もがんじがらめ。友達の顔も見たことがない人たちが多くなってるわけじゃないですか。

田家:コロナで、学校に来てるのにマスク越しの顔がわからない。

瀬尾:マスクをとったら恥ずかしいとか。そういうものも含めて今乱れてますよね、世の中が。

田家:今の方が乱世だって歌だと思って聞くと、かなり違って聴こえます。

瀬尾:どうでしょうかね。こうやって言うとまた後で怒られるからあまり言いませんけど(笑)。

田家:今瀬尾さんがおっしゃった通過儀礼っていうのが、とってもいい言葉だなと思ったんですよね。

瀬尾:このぐらいいいだろう?が僕たちは許された時代だったわけですね。今の子供たちというか青少年というから見れば乱世でしょう。

田家:なるほどね。瀬尾さんがおっしゃった少年がいて、3番が今の世の中だとか出来事に対してちょっと俯瞰して歌っているっていうことなんだなと思ったりしました。この「誰のものでもない」っていうはどういう意味が?

瀬尾:俯瞰なんですよね。いろんなことが現実に起きていても、そこで常にすったもんだして生きてる人間は世の常というか。今までもずっとそうだったよなって。風とかそういうものは有史以前から変わってないけど、地上ではこういうことが起きていて常に乱世。でも空はいつも変わらない。目先のことで生きているのに精一杯なので、それを乱世と言っていると思います。
 

体温 / 中島みゆき

田家:みゆきさんのアルバム『世界が違って見える日』の5曲目「体温」。アルバム発売の前にいろんなニュースが流れてきました。拓郎さんがみゆきさんのアルバムに参加した。それがこの曲です。

瀬尾:拓郎さんが自分でバラしちゃいましたね(笑)。黙ってられない人なので。

田家:本当は言わないでおこうと思っていた?

瀬尾:僕としては、カメオ出演的に、映画で言えばクレジットも出てないような感じで。ヒッチコックが通行人で出るみたいな感じぐらいで、渋いねってやりたかったんですけど、拓郎さんが喋っちゃいました。僕の最初の思惑とは全然違うんですけども。

田家:でも瀬尾さんがおっしゃらないと、こういう参加はないわけだから。

瀬尾:僕と吉田さんのいつもの生存確認メールをやってるときに、中島さん今レコーディングしてんの?って聞いてきたんで、してるよと言ったら、ギター弾いてもいいよって。

田家:拓郎さんの方から言ってきた?

瀬尾:そうなんですよ。コーラスをやってもいいし、ハモるしって。本当にやる?って言ったら、いいよって言うから、中島さんと相談して、どの曲がいいかなと思って。勝手にぱぱっとやって、じゃあとよろしくって帰ってしまいました(笑)。

田家:みゆきさんが何のときか、拓郎さんがギターを弾きたいって言っていて、ラジオのお便りコーナーか何かでみゆきさんが「あの人が1曲で帰るわけないじゃない」とかって言われていましたね。

瀬尾:いろいろと考えていたんですよ。たらればの話なのでどうしようもないんですけど、実はラストツアー『結果オーライ』でどっかで引っ張り出そうと思ってたんです。それができずじまいだったので。そういうことも吉田さんと話していたので、その機会も含めてこの1曲やってもらって収めていただこうということになった。

田家:でも、アルバムの中では割と明るめですよね。

瀬尾:そうですね。ただアイロニー、とても皮肉っぽいですけどね、今の世の中に。

田家:しかもウォールオブサウンドっぽいサウンドに拓郎さんが入るっていうのもね。

瀬尾:彼としてもDフラットってギターで弾きにくいので、カポしてCでやってって言われて。譜面を書き直してって言うから全部書き直して、お願いしますって言ってやってくれましたけど。

田家:あの2人が一緒にスタジオにいるところで感慨深くなったりは?

瀬尾:特別感慨深くはないですね。2人ともそんな時代というのはもう終わっちゃったというか、僕たちもいつ鬼籍に入っても構わない状態なので楽しくやるしかない(笑)。会ったときぐらい楽しくやりましょうって。

田家:拓郎さんライブ活動引退ってことで、特に何かってことは?

瀬尾:ないですね。というか、過去にも何回も引退なさったことがあるので、本当の引退かどうか僕の中で信じてないんで。

田家:実は僕もです(笑)。来週はアルバムの後半をご紹介していただこうと思います。来週もよろしくお願いします。

瀬尾:よろしくお願いします。

 

流れているのは、この番組の後テーマ竹内まりやさんの「静かな伝説」です。2021年、22年、23年と、まだどこか時間が止まっちゃった感じがしていて、あれは何年だっけなみたいな気分なんですが、去年のアルバムラストツアー『結果オーライ』が出て、瀬尾さん1年ぶりの登場なんですね。ツアー自体は2020年2月に中止になったので、3年空いているわけです。3年あればオリジナルアルバムが作れる十分な時間ではあったとは思うんですけど、この状況ですからね。いろんなことがあった中で、今度のアルバムはどういうアルバムになるだろう。もちろん世界もそうですし、みゆきさんも1回ああいう形でピリオドを打った後のアルバム。どんなアルバムになるのかなと思ってタイトルを見てですね、ちょっとびっくりしましたね。

『世界が違って見える日』。今までこういう日本語のタイトルっていうのがあんまりなかったですからね。しかも拓郎さんが、これは瀬尾さんの話の中で本人が喋っちゃったんだと言っていましたけども、拓郎さんが引退するにあたって、中島みゆきさんのアルバムに参加したっていう、いろんな意味で期待・想像が膨らんでたわけですが、こういうアルバムになりました。音楽を語ることの意味、役割っていうのはこういうことなんじゃないかと思わされながら瀬尾さんのインタビューを聞いておりました。サブスクになって音楽が単体でバラバラで聞かれるようになって、アルバムのテーマとかアルバムの流れとかアルバムのストーリーがあまり語られなくなってくる中で、今回の『世界が違って見える日』はまさにアルバムですね。イントロから最後まで何の無駄もなくて、全てに意味ある。そんなアルバムです。

1曲目の「倶に」の「風前の灯火だとしても 消えるまできっちり点っていたい」。これはいろんな解釈があるでしょうが、僕らの歌でもあるんだろうなと思いながら来週は後半に臨みたいと思います。

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(2023.5.13)

 

 

田家:FM COCOLO J-POP LEGEND FORUM案内人田家秀樹です。いま流れているのは中島みゆきさんの「童話」。今月2023年3月の特集は、中島みゆきと瀬尾一三、2023。前半2週がみゆきさんのアルバム『世界が違って見える日』、そして後半2週が『時代を創った名曲たち ~瀬尾一三作品集 SUPER digest~』全曲のご紹介。瀬尾さんが4週間、全曲について語ってくださいます。こんばんは。よろしくお願いします。

瀬尾:こちらこそ。

田家:今日はアルバムの6曲目からということになりますが、アルバムの全曲いつもちゃんと揃った形で瀬尾さんのところにくる?

瀬尾:デモテープを1日か2日間に分けて全部録って、それをまた僕が持ち帰ってレコーディングまでに1~2週間くらいもらって、それから録り始めるんです。考える時間は2週間くらいもらいますけど、10日か2週間くらい。

田家:2週間しかない?

瀬尾:うーん、まあだいたいそのぐらいでやります。

田家:今日はこの曲をやろう、この曲をやろう、と決めていくんですか?

瀬尾:自分で録る順番を決めていったり、1日に2曲とか録る時もあるので、あまり声を張り上げる曲を2曲続けると良くないかなと思うので、テンポの早い曲とゆっくりの曲で2曲を録ったりとかしますね。

田家:その時に、レコーディングの日にちとミュージャンとかも決めたたり。

瀬尾:そうです。それを決めて決まった上で、このミュージャンの時にこれをやってとかっていうのもあるので。

田家:そういうやりとりは今までと変わらない。でも、この『世界が違って見える日』っていうタイトルは、今までと違う何かがあるような気がする。

瀬尾:先週も言いましたように、(中島さんが)最後まで教えてくれなかったので、何を出し惜しみしているんだと思いながら、出てきたら、あれぇっていう感じで(笑)。

田家:でも世界が違って見えたって人は世界中にたくさんいらっしゃるでしょうからね。

瀬尾:それが能動的だろうが受動的だろうが、やっぱり変わっていくのは個々というか、感じ方とか変わって見えるのは個人によって全然違うわけじゃないですか。能動的だったら楽しいことがあって、気分がよいし、受動的だったら世の中的なことで気が落ち込んでいくとかもあるだろうし。それは個人個人によって違うと思うので。

田家:今まで曇ってたのが晴れて見える人もいるわけですよね。

 

童話 / 中島みゆき

田家:始まり方がオルゴールのようでしたが、骨本なロックでありました。

瀬尾:このリズムが初めから入ってきちゃうと、タイトルとの乖離があるなと思って。内容はそれでいいんですけど、童話という世界観でちょっと油断させておいて(笑)、なるほどねと思っている途中からガガガガと入ってくるタームをちょっと考えたりして。

田家:内容は突き放してますもんね。

瀬尾:童話という子どもたちに読み聞かせていくものと、現実との乖離が激しいじゃないですか? だって、めでたしめでたしちゃんちゃんで終わる話が、現実では全くそうではないじゃないですか。じゃあ童話は何なの?っていう。子供からしてみればハッピーエンドで終わらないよって。それがつきつけられるわけじゃないですか。

田家:なんで人が戦争するのか?聞かれた時に親はどうことやればいいんだって。

瀬尾:まあ、童話でも悪者とヒーローが戦ってるんですけどね。その戦いは何も言わないのかなっていうのはありますよね(笑)。

田家:童話の中では、ちゃんと正義が勝つわけですけど。

瀬尾:そこでヒーローとヴィランの戦いっていうのは認められるんだって。世の中的にはどっちも正義だから戦ってるんでしょうけど、単一ではないってことですよね。一つではない。正義がたくさんあって、自分たちの正義を貫くために相手を滅ばさなきゃダメってなってしまうので。逆に言えばそっちの方が童話っぽいんですけどね。いわゆるおとぎ話っぽいんですけどね。

田家:現実の方がね。

瀬尾:ハッピーエンドがどこになるかという終着駅が見えてないので、それは別に中東でも東南アジアでも、南アフリカでも起きていることだし。

田家:2002年に『おとぎばなし-Fairy Ring-』というアルバムがありましたけど、2023年の「童話」は突き放していると言いますか、「世界は世界」と歌いました。

瀬尾:割り切らないとダメよ、そうしないと生きていけないので、皆さん「頑張りましょう」という歌です。

 

噤 / 中島みゆき

田家:アルバムの7曲目 「噤」です。つぐみっていう字が、鳥のつぐみじゃないんですよね。

瀬尾:口をつぐむっていうやつですよね。

田家:で、大空を鳥が飛んでるような始まりになってます。「童話」のあとに「噤 」、「十年」「乱世」「体温」とメリハリっていうんですかね。曲によって世界が変わりますもんね。

瀬尾:中島さんがこの曲を「童話」と続けたのは、これもちょっとファンタジーの世界で、僕はそれを後押しするためにイングランドというかアイリッシュのイギリスの昔の中世風の音楽っぽくしようと、ダークファンタジー的な感じにしようと思って。

田家:みゆきさんの曲の中で「鳥」っていうのはどういうモチーフなんですか?

瀬尾:やっぱり鳥って自由じゃないですか? 空を飛べるし、国も関係ない。その象徴じゃないですか。どこでも自分の力だけで飛んでいけるっていう。あと俯瞰でものを見てる、そういう象徴で使ってると思うんですけれどもね。

田家:「この空を飛べたら」って曲がありましたけど、具体的な鳥の種類はあまり多くないんだなと思ったんですね。アホウドリ、カモメ、すずめ、白鳥、鷹、ガン。もっといっぱい出てきそうな感じがするんですけどね。

瀬尾:中島さんの中でそのぐらいが鳥なんですよね(笑)。

田家:やっぱり渡り鳥?

瀬尾:そうですね。基本的に、ある意味空には国境がないというか。今はありますけど、それが自由に行き来できるという自由さがあるんじゃないですか。

田家:今上げたのはタイトルになっているものだけで、歌詞の中で出てくるのはもっとたくさんあるんでしょうが、その辺ファンの方の方が詳しいでしょうから、ここでボロを出さないようにしないと(笑)。達観みたいなものが「噤」なんだろうと思ったんですね。

瀬尾:ある意味、外から見れるのは彼女の得意なところなんですけど、それ以上に高みみたいなところがあって。自分が見ている世界より、もう一つ上の世界からの話みたいな感じでどんどん高いところ行ってるなと思って。

田家:「噤に世界はどう見えてるのか」って歌でもあります。これを聞きながら「ヘッドライト・テールライト」の「旅はまだ終わらない」っていう歌が浮かんできたんですが。

瀬尾:「ヘッドライト・テールライト」は人生に対して、これは悲しみに対して終わりがあるかっていうことを言っている。

田家:それが「噤」なんですね。

瀬尾:口をつぐむというか。

田家:そういうことを歌詞を見て文字を確かめて聴くというのは、アルバムの正しい聴き方でもあるかもしれません。

瀬尾:特に中島さんは必ず歌詞を見てください。

 

心月 / 中島みゆき

田家:アルバムの8曲目「心月」。心の月と書いて「つき」。

瀬尾:実は「噤」と「心月」は、音楽が続いてるんですよ。切れないように作ってくれて言われたので。この2曲は必ずつけるので「噤」が先で、その後に「心月」が来るって言われて。キーも一緒になってるので、この辺のところはある意味、三部作的になっている。ファンタジー系というか、ファンタジーという名を借りた現実ですけど。

田家:「心月」はそういう意味ではある種、起承転結でいう「結」のような曲って言ったらいいですね。

瀬尾:これは本人からもいろいろと注文があったので、すごく作るのに苦労しました。ギリまで、じゃあこれ加えてみようとかあれ加えてみようとか、最後に本当に「これならいい」って言われたときは本当にホッとしましたけどね。

田家:何が足りないと言われたんですか?

瀬尾:それを言っちゃったら身も蓋ももないんで(笑)。彼女の場合は、具体的に何が欲しいとか言わない。あくまで抽象的なことで、心情的なことを言葉に出しているので、音の後ろにこういう感じが欲しいとか。それは、ただここを上げてとか大きくしてとかなら楽なんですよね。この気持ちの裏に、こういう感じがあると言うのが、こちらは本当に雲を掴むような感じで。

田家:夜と昼で雲を感じ方も違うでしょうから。月も夜があって昼日中があるっていう。

瀬尾:これは満月の月明かりの曲で、人工の明かりがないところって月ってめちゃくちゃ明るいじゃないですか? でもその明るさと中での、特に蠢めているいろいろなもの、夜が明けるのをみんなで待つという今の気持ちなんでしょうね。ある意味、明るいんだけれども、もののけの、わけの分かりないものが蠢いている世界。それがいつ晴れるか明けるかって、そこまで頑張って待とうっていう。

田家:最後はみんなでコーラスになって。

瀬尾:みんなで気を確かに持ってないと、魑魅魍魎が具体的なものになってくる。いろんなものが生理的、自然的、主義的にも見えないところであったんだけども、見えていくっていうのがだんだん大きくなってきたので。それに対して頑張って対抗していかないっていうか、そういう時に負けちゃったら終わりだよって。だから頑張りましょうっていう。

田家:そういう曲です。

瀬尾:そうやって言うと後で怒られるから、このへんで勘弁して(笑)。

田家:「夜会」の舞台を見てるみたいですね。

瀬尾:ちょっとドラマチックと言うか、これはわざとシアトリカルにしてますね。群衆を入れているので。

田家:どういうレコーディングだったんですか?

瀬尾:普通に小さな形でやってます。バラで録っているので。今は本当に最小人数でやって、それでどんどん重ねていく方法でしかできないんで。

田家:でも、こういう重厚感はあるわけですもんね。

瀬尾:それは私の腕と言ってます(笑)。自画自賛。誰も褒めてくれないので(笑)。

田家:このラジオを聴いている皆さん、そう思ってますよ。

瀬尾:大げさアレンジャーで通ってますので(笑)。

天女の話 / 中島みゆき

田家:お聞いただきたいのは9曲目「天女の話」。関西弁ですね。

瀬尾:関西弁ですね(笑)。僕、関西人だから。

田家:関西弁で歌いたかった?

瀬尾:登場人物のえみちゃんが関西の人だから、そうなんですよね。

田家:デモテープを聞いただきどう思われました?

瀬尾:これは向こうにいる友達の中の一人かなと思いながら、彼女は作家なので、彼女の創作が当たり前で入っている。そこに行く過程とか、電車に乗っていく過程とか、そういうのを出したかったので電車感を出そうと思って。だからガタゴトガタゴトと(笑)。JRかな南海かな近鉄かなとか「何電車かな?」とか余計なくだらないこと考えていて。まあ、それは良いとして、電車の感じを出したかった。

田家:えみちゃんは天女という存在ですね。関西の話は来週もです出てくると思うんですが、世話好きな大阪人の人の良さみたいなものもよく出てる。

瀬尾:よく出てる。おせっかいで、人情深くてね。なんだかんだ言っておいて「知らんけど」って言うけど(笑)。

田家:で、ラストツアーが大阪で終わったこともあって、それに乗じて聞いてしまうんですが、次のライブっていうのはもう見えてるんですか?

瀬尾:まだ今のところは発表するようなところはないですね。本人がやる気はあるんでしょうけど、タイミングを探してるんだと思いますね。こちらも100%収まらないとやらないとは言ってるわけじゃないんでしょうけども、タイミング的に一番いいのはいつだろうなというのはあって。でも、やらないことはないと思います。ある意味、溜まってると思うんで。本人が一番エネルギーが、マグマが溜まっちゃってるかもしれないんで。

田家:それが爆発する日を待ちましょう。

 

夢の京 / 中島みゆき

田家:アルバム『世界が違って見える日』の最後の曲「夢の京」。「京」と書いて「みやこ」と呼びます。まさにアルバムの着地の曲。

瀬尾:デモテープのときから曲順はもう決まってたので、これが最後というのははなからわかっていて。このアルバムの中での要になるのはもうわかってたことなんで、どうやって表現しようかいろいろと考えましたけど、やっぱりいつもの直球投げたほうがいいなと思って。まあそれしかできなかったけど、直球でいいやと思って直球にしてます。

田家:かなりこれは時間がかかった?

瀬尾:そうですね。ある意味僕も好きな積み上がっていく感じ。歌も内容も好きなのなので苦労はしましたけども、加減みたいなのがどこまで行っていいのかというのがあるし、本当に「夢の京」が現実なのかうつつの京なのか。夢だからうつつの感じも出さなきゃだめっていう。オアシスみたいに現実にあるわけじゃなくて蜃気楼的な感じ。そこを目指すしかないよねって。もしかしたらついたらそこはただの荒地かも幻かもしれないけど、そこには向かっていかなきゃだめだって。

田家:一番はどこか非現実的な感じもありますよね。2番は風格と格調と、まさに大地と樹木が見える。

瀬尾:それは母なる大地の神様が中島さんなので。で、それが広がっていく。

田家:ゆったりしたテンポ感が。

瀬尾:こういう感じに持っていくのは、いろんな今まで舞台でやっているので、もうちょっと曲として独立して聴いてもらえるようにするのが舞台とちょっと違う感じですね。

田家:この「なのに人は」っていうことでところで言葉を飲んでしまう感じがわかりますもんね。人間の愚かさみたいなものもわかりながらね。

瀬尾:まあ性というか業というか。

田家:で、鳥も人もいなくなってしまった。大地の木の会話っていうのは『ウインターガーデン』でありましたもんね。

瀬尾:あれはコミュニケーションツールを持ってない世界の話なので。

田家:「夢の京」の木は希望の木ですもんね。

瀬尾:木がちゃんと根を張っててくれればいいんですけどね。上に高く高く盛り上がっていて、でも触ったら崩れてくるガラスみたいなんだったら。その辺のこともいろいろと考えてるってやろうとしたんですけどね。

田家:「夢の京」に帰ろうと言っても、でももうないって言ったりもしている。アルバム最後の曲「夢の京」でした。瀬尾さんにとってこのアルバムはどういうアルバムになりましたか?

瀬尾:これは久々のスタジオ録音だったので、初めはちょっとペースがよくわかってなくて。最近出したのはいわゆるコンピとライブ作品なので編集作業をずっとやっていて。人と一緒にやるっていうのがもう久々だったのでちょっと戸惑いました。あと自分のエネルギー的にも体力的にも2年間ミュージシャンとスタジオでやることができなかったので、いろんなところでとまどっちゃって、ちょっと時間がかかっちゃいましたけど。

田家:でも出し切った感がありそうですね。

瀬尾:そうですね。僕自体どのぐらい現役でいられるか分からないので、あまり晩節を濁さないようにと思いながら(笑)。書き混ぜてもいいんですけどね、別に(笑)。頑張ってやっていました。

田家:このアルバムを聞いて世界が違って見えるといいなという、アルバムですね。

瀬尾:違って見える日が来るか、来ているか、それは皆さん自分で決めてください。

田家:来週と再来週は瀬尾さんのコンピレーションアルバムの全曲紹介をお願いしたいと思います。来週もよろしくお願いします。

瀬尾:よろしくお願いします。

 

 

流れているのは、この番組の後テーマ、竹内まりやさんの「静かな伝説」です。

「なのに人は」っていう歌詞が最後の「夢の京」にありました。人間はこんなに愚かなのか?って思い知らされている3年間だったなと改めて思ったりもしました。アルバムの中にコロナのコの字もなければ、ウクライナのウの文字もないんです。でもこの3年間、特に去年今年と起きている世界中の出来事というのは、もっと濾過されて俯瞰されて抽象化されてドラマ化されて詞になっている。そういうアルバムでもありますね。音楽っていうのは、世の中で目の前に起きていることを歌うんではなくて、その奥にあるもの、その向こうにあるもの、そこからどこに向かっていくのかを聴いている人に教えてくれたり、燈のように明かりを伴してくれたり、希望を持たせてくれる。その答えなようなアルバムでしょうね。

「童話」の中にも、「子供たちに何んと言えばいいのだろうか」って歌詞があったり、最後の「夢の京」では「もう夢の京に帰ろう」って言ってはいるんですけど、もうない国へ帰ろうって言ってるんですね。もうその国はないかもしれない、その京はないかもしれない、でも夢は戻ることができるんだよ、恐れることはないと歌っている。力強いじゃありませんか。いつ終わってもいい。そこまで走り続けるっていうみゆきさんの最出発宣言でもあるんだろうなと思いました。歌詞を見ながら、何度も何度も聞いて、何を歌っているのかをじっくりと味わってみてください。