「中島みゆき」のニューアルバムを聴いたら世界がポジティブに見える理由

【月間レコード大賞:Yahoo!】 3/31(金) 16:56

スージー鈴木(音楽評論家、ラジオDJ、小説家)

 

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 今月、いちばん聴いたのは、中島みゆきのニューアルバム『世界が違って見える日』でした。3月1日発売、44枚目のアルバムというからすごい。

 

 

 タイトルからして明らかに、戦争や感染症に翻弄された、ここ数年の世界のことを指しています。しかし、陰々滅々とならず、何だかポジティブな読後感を与えるのです。

 

 その理由として、まず、「♪倶(とも)に走り出そう 倶に走り継ごう」と高らかに歌う『倶に』が、いきなり1曲目で響きわたることがあるでしょう。

 

 

 加えて、ポジティブな読後感の背景には、さらに、「違って見える」世界に対する深い洞察があると思ったのです。特に私が注目したのは、『乱世』と『童話』という曲。

 

♪僕は乱世に生まれ 乱世に暮らす ずっと前からそうだった

 

 まずは『乱世』。私はこの曲を、戦争や感染症に覆われた、つまり「違って見える」世界しか知らない少年の歌と読み取りました(エモーショナルなボーカルも必聴)。次に『童話』。

 

♪どうして 善(よ)い人が まだ泣いているの

♪子供たちに何んと言えばいいのだろうか

 

 こちらも「子供たち」が登場します。「違って見える」世界をおびき寄せた、少なくとも、そんな世界が広がるのを静観する大人たちの視点から見た、子供たちが。

 

 この2曲に共通するのは次世代への温かい視点です。さらに言えば、背負っていく未来があるにもかかわらず、現実の世界に翻弄されてしまう、言わば「弱者」としての次世代への視点――。

 

 さて、月並みかもしれませんが、私は、中島みゆきで言えば『ファイト!』の歌詞に深く感じ入る者です。

 

 

 この曲の最強フレーズといえば、おそらくここが選ばれるのでしょう。

 

♪ファイト!  闘う君の唄を 闘わない奴等が笑うだろう ファイト! 冷たい水の中を ふるえながらのぼってゆけ

 

 ですが、私がいちばん好きなフレーズは、中盤に(唐突に)出てくるこちらです。学歴や年齢、出身地などに縛られる「弱者」の比喩としての魚(鮭?)が、生まれ変わって、一気に反転攻勢するところ。

 

♪ああ 小魚たちの群れきらきらと 海の中の国境を越えてゆく 諦めという名の鎖を 身をよじってほどいてゆく

 

 カメラがずっと上の方、地球の上にまで移動して、「弱者」の小魚が、学歴や年齢、出身地などの「鎖」を振りほどいて、ベーリング海やアラスカ湾の方向にぐんぐん向かっていくイメージが広がります。つまりは、歌詞のスケールがめちゃくちゃ大きい。

 

 話を戻すと、ニューアルバム『世界が違って見える日』も、歌詞世界のスケールが大きい。デカい。現代に留まるのではなく、次世代への視点、未来への視点に立っている。だからこそ、ポジティブな読後感が残るのではないでしょうか。

 

 『世界が違って見える日』で分かるのは、「違って見える」世界に求められるのは、「世界を違って見せる音楽家」だということです。閉塞した世界がポジティブに見える、閉塞した世界をポジティブに見せる音楽家――その最高峰に中島みゆきが君臨している。そう確信した3月でした。

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スージー鈴木氏は東スポ紙上に「オジサンに贈るヒット曲講座」を連載している。本記事が掲出されている【月間レコード大賞】というのは、そのスピンオフ的な企画で、Yahoo!上にダイレクトで連載しているもの(情報プラットホームとしてのYahoo!を経由しているものではない)。2022年1月から連載。

 

私自身も3月中にもっとも聴いたアルバムは中島みゆき『世界が違って見える日』

 

個人的に思うのは、伝えたいメセージをそれぞれの楽曲の歌詞に多彩かつ上質に落とし込み表現する技法レベルの高さ、まずはこれに尽きている。

 

加えて、楽曲の内容に応じて歌い方を使い分ける歌唱次元の表現力。そしてその楽曲の世界を瀬尾一三氏が巧みに表現したアレンジの見事さ。「童話」はその最たるものだと思う。

 

 

時代をこえる歌というのは、こうして人々の話題に上がり、ファンであるかどうかを問わず、聴く人の心に染みわたり、伝わっていくのだろう。その時に歌詞こそがカギを握っているのだと思う。


歌が時代をこえて伝わっていく時に、その歌に対する作り手の「説明」までは決して伝わっていかない。そもそも「説明」が必要なレベルの歌は時代をこえない。歌そのものに力があり堂々と一人歩きし、そこに多くの人々が共感してこそだろう。

 

    

「童話」
(作詞作曲:中島みゆき/編曲:瀬尾一三)

美しい物語 読み聞かせていた
良い夢を見なさいと 寝かしつけていた

おはなしのお終いは どれも必ず
報われた幸せで 満ちあふれていた

目を醒まして見るのは 片付かない結末
どうして 善い人が まだ泣いているの

童話は童話 世界は世界
子供たちに何んと言えばいいのだろうか


勇ましい物語 悪者は倒されて
囚われの人々は 救われて いだき合い

穏やかな物語 長い旅路の果て
たどり着くふるさとで 青い鳥が待っている

目を醒まして見るのは 不思議な 現の闇
泣き歩く人々が なぜまだ居るの

童話は童話 世界は世界
子供たちに何んと言えばいいのだろうか

目を醒まして見るのは 片付かない結末
どうして 善い人が まだ泣いているの

童話は童話 世界は世界
子供たちに何んと言えばいいのだろうか

童話は童話 世界は世界
子供たちに何んと言えばいいのだろうか

 

私のブログで、過去にスージー鈴木氏の評論を取り上げたのは以下の2回。