日本経済新聞(夕刊)連載「あすへの話題」

今日(5月14日、金曜日)は執筆者のひとり、THE ALFEEの高見沢俊彦さんの担当日。
高見沢さんの第19回目。今回のテーマは「デジタルな憂鬱」

 

 

高見沢さんのパソコンのハードディスクにトラブルが発生し、長年蓄積してきたデータが消えたという。喪失感からくる憂鬱にさいなまれている。

 

私自身のことを考えてみても、それが全文の時もあれば、長めのセンテンスの時もあるけれど、書きかけの文章が何かの拍子に消えてしまった時のあのショック、憂鬱。それが日常化しているところがある。また書くしかない。

 

次元は違うが、コラムを読んでいて、トラブルや障害に屈せず、何度も挑戦する「勇ましい生涯」について語った内村鑑三氏の1894年の講演。この内容が一冊の本にまとめられたものが「後世への最大遺物」(岩波文庫/初版1946年10月10日)。これをふと思い出した。

 

 

 


デジタルな憂鬱――ミュージシャン高見沢俊彦(あすへの話題)
2021年5月14日  日本経済新聞 夕刊 


 1980年代後半、海外レコーディングで歌詞を日本へ送る手段はFAXしかなかった。しかも、真夜中にホテルで書き上げ、プリントアウトしてから、わざわざフロントまでいくという煩わしさ。何かもっと手軽な方法はないか思案していると、友人がモデム内蔵のワープロを使えば電話回線で部屋から日本へ送れると言う。いわゆるワープロ通信だ。早速ソロアルバム制作でロンドンに渡航する前にセットアップ。現地でそれを試してみた。最初は全くうまく行かなかったが、悪戦苦闘の果て、やっと日本に送れた時はすっかり夜が明けていた。歌詞を書くより時間を要したのは本末転倒だが、まだWi―Fiもないインターネット紀元前の懐かしい思い出でもある。
 90年代以降急激なネットの普及により我々の生活は激変した。エストニアでは民主的電子国家を目指し、今は99%の行政サービスがネットで可能だという。例えば納税申告なども5分程度で終わる。日本でもトヨタが実験都市ウーブン・シティの建設に乗り出している。人工知能(AI)による自動運転やスマートホームなどの便利で住みやすい未来都市計画には興味津々だ。我々の暮らしがAIによって手軽で便利になるのは悪い事ではない。ただ、AIに依存する余り、人間が心理的に支配される世界にならないか危惧するところでもある。
 真夜中過ぎ、突然外付けハードディスクがクラッシュした。長年の蓄積が瞬く間に消えたのだ。窮地の時ほど気持ちを強く持ちたいと思うのだが、言葉にならない喪失感が、デジタルに頼りすぎた憂鬱な週末を呼び寄せた。
2021・5・14

 

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