松山千春コレクション「思い出」のリリースを発表した2月9日の自身のラジオ番組で語っていた。
「今から楽しみにしてほしい。永久保存版です。このCD、大切にしてほしいと思う。ぜひとも聴いてみて、その時自分がどんな状況だったか、相手はどうだっただろうか、そんなことを思ってくれればありがたい」
DISC-2の「君の友達」。1985年7月にリリースされたアルバム『明日のために』B面3曲目。
書くまでもなく、松山千春らで設立したNEWSレコードが倒産、松山千春がアルファレコードに移籍して第一弾となるアルバムだった。この曲を含めて、B面4曲には松山千春の傷心が色濃く表れている。
当時私は高校3年。共通一次試験(当時)を目指して勉強態勢に入っていたが、6月28日、松山千春が山梨県民文化ホールに来ると知って、この日だけはライブに行った。
今となれば、私の中では数多く足を運んだ松山千春のライブの中で、特別枠にカテゴライズされている忘れられないライブ。この日のことは以下拙稿に詳しく書いた。
記憶をたどる、松山千春コンサートツアー「虹のかなた」(1985年6月28日山梨県民文化ホール)
私のクラスは基本は共通一次試験(5教科7科目)を受け国公立大学を目指し、併願として首都圏・関西圏の難関私大を目指す。15分の授業間の休み時間も、昼休みも寸暇を惜しんで全員が勉強した。15分の休み時間、全員が無言で机に向かうあのシーンを覚えている。
夏休みは10日間ほど「勉強合宿」に行った。暑い甲府盆地を避け、涼しい山間部の民宿にクラスの友達10数名で泊まり込んだ。朝から晩まで勉強。分からないところがあればすぐに友達に聞く。
そこにウォークマン(当時カセットテープ)を持って行って休憩時間に『明日のために』ばかり聴いていた。
それにしても、あの日のライブ、行っておいてよかった。
「愛のゆくえ」。1987年5月リリースのアルバム『あなただけの季節』7曲目。
1986年4月に大学に入学し、東京の六畳一間のアパートで一人暮らしを始めて2年目。
CDコンポを買って、私としてはこのアルバムからCDに切り替えた。
「愛のゆくえ」のあのアレンジ、歌唱、世界観は衝撃的で感動的だった。何度も何度も聴いたあのアパートの部屋のレイアウトを覚えている。全国から集まった仲間達と楽しくて仕方ない時代。
松山千春「愛のゆくえ」ー名盤の中の異色の一曲。”二人の行く先が涙でかすんで見えない”
「Good-bye」。1988年5月リリースのアルバム『自由の彼方へ』10曲目。
同年3月29日に母が逝去した。東京のアパートに戻っても母の笑顔が浮かび声が聞こえてきて眠れない。大きな喪失感に、立ち上がるのに年内いっぱい頃までかかった。
そんな時にリリースされたこの曲に母を重ね、家族を重ね、愛情に包まれたそれまでの日々を重ねた。おそらく松山千春の歌を聴きながら涙が溢れたのはこの曲が初めてだったと思う。
松山千春「Good-bye」―人生の日々、出逢う人たち、流れる思い…感謝と決意に満たされる
「君の友達」に纏わる大学受験、教室と友達。
「愛のゆくえ」に纏わる東京の六畳一間のアパートと仲間達。
「Good-bye」に纏わる母と家族とふるさと。
松山千春の歌との数々の「思い出」。
DISC-2
1.愛ははかなく
2.君の友達
3.クレイジー・ラブ
4.写真
5.あなたへの愛
6.星空
7.君は…
8.愛のゆくえ
9.愛されるまま
10.どんなふうに
11.感じたくて
12.青い月灯り
13.物語
14.愛は…
15.Good-bye