伊藤若冲とゆかりの西福寺 | 京都の春夏秋冬とプラスα

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鶏の画家の異名を持つ江戸時代中期の画家伊藤若冲(じゃくちゅう)。その晩年の集大成とされる『仙人掌(さぼてん)群鶏図』を所蔵するのが大阪豊中市小曽根にある西福寺。この絵が年に一度公開される11月3日に同寺を訪れ、他の所蔵画と共に若冲の作品を観賞した。

なお、この公開は虫干しを兼ねるため、天候により中止される場合がある模様。

▽関連ブログ:伊藤若冲ゆかりの石峰寺と海宝寺
 http://ameblo.jp/taka-hannari/day-20160913.html


西福寺若冲のつながり
西福寺は、鎌倉時代後期の延慶元年(1308)に天台宗の寺として開創され、その後間もなく浄土真宗に転じ今に至る。現在の本堂は江戸時代中期の享保3年(1718)に再建。

医薬門を入ると境内いっぱいに「扇松」と呼ばれる黒松が広がる。正確な樹齢は不詳も、本堂再建時に記念植樹されたと伝わる。

若冲は73歳の時に天明の大火(1788年)に遭い京都の住まいや多くの作品を焼失し失意と窮乏を余儀なくされる。こうした状況の中にあった若冲を、親身になりサポートしたのが大阪鰻谷(現在の大阪市中央区島之内)にある薬種問屋の主人・吉野五運。豪商の五運西福寺の有力な檀家で、この縁で若冲は1年ほど西福寺に身を寄せる。この間に描かれたのが『仙人掌(さぼてん)群鶏図』。

若冲画の公開当日の様子
西福寺の最寄り駅は阪急電車の服部天神。同駅から東に向かい15分程で、人が並ぶ姿に目に入ってきた。これほどまでの人気は想定外、列に並ぶこと2時間ほどで本堂に入り観賞となった。

門前で記帳を済ませると参観者にはパンフレットと記念プレート前掲写真の左〕が手渡された。寺のパンフレットととは言え、内容の大半は若冲と西福寺との関わりや所蔵画の紹介で占められている。

当日に公開された画は、『仙人掌群鶏図』(重文)・『蓮池図』(重文)・『野晒(のざらし)図』・『山水図』の4点。『蓮池図』は『仙人掌群鶏図』の襖裏面に描かれていたが、現在は掛軸に改装されている。また、『仙人掌群鶏図』の一部は、昭和48年に国際文通週間の記念切手(50円)の図柄に使用された。