理系を見直す
私は、根っからの文系であると思う。
高1で数学がわからなくなり、高2で物理・化学がわからなくなる。
理系科目に嫌気が差し(生物だけは、好きだったのだが)、高3の文理選択の際には、迷わず文系を選ぶこととなった。
大学は文学部に進み(それもフランス文学科)、現在の仕事は文章を書くことだ。
文系と理系は相容れないものであるし、もう数学や物理に関わることはないと思っていたし、興味もなかった。
そもそも文系と理系には、物事の考え方に大きな違いがある。
(皆、承知のことだろうけど…)
文系では、例えば既にあるAとBという2つの情報から有益な情報を抜き出し、組み合わせ、Cという新しい考えを導くというやり方が多いと思う。
理系では、あらかじめ仮説を立て、そこから数式により証明していくことだ。
文系は有の状態からスタートし、理系は全くの無の状態からスタートするという違いがあると思う。
私からすれば、文系的な考え方の方が非常に楽チンなのだ。
言わば、考えるというよりは自然と導かれるという感じだ。
先に仮説を立てるという意味では、理系の方が非常に想像力を必要とするのではないかと思ってしまう。
そんな思いがここ最近に見たテレビ番組、ニュースの話によって変わりつつある。
1つは、『情熱大陸』に出た数学教諭・柳谷晃の話だ。
この人は、なんでもとにかく数学に置き換えて考えるという。
(詳細は、youtubeで見て欲しい。)
最も、印象的だったのがディレクターの
「今、政治が上手くいっていないのには理由があるんですか?」
という問いに対して、
「それは、政治家が微分・積分を分かっていないからだ。」
と答えたことだ。
私自身、微分・積分なんてチンプンカンプンだから納得できるようなことはなかったが、
どこかはっとさせられた。
数学など関係ないような世界にも、数学は関わってくるのかと…
思えば、鳩山さんは理系総理大臣ということでも注目を浴びていたけど…
もう1つは、分子生物学者の福岡伸一の話だ。
http://www.asahi.com/culture/news_culture/TKY201103010097.html
真偽はともかく、生物学者が、美術の分野に対して新たな仮説を立てることが
あるとは、思わなかった。
(福岡さんは、表現がうまくて、非常に文才があるとは常々思っている。)
2つの話は、時には理系的考え方も必要なのかと思わせてくれた。
ウィトゲンシュタインの師匠とされるバートランド・ラッセルは、哲学者であり、数学者であった。
そして、ノーベル文学賞も受賞しているのだ。
彼もまた、文系、理系の両方の考え方を使っていたのだろう。
第一、学問の派生について考えれば、文系科目にしろ、理系科目にしろ、皆出発点は一緒なのだ。
(そうだよな…?)
理系を見直すということについて、ちょっと考えてみたいと思う。
まずは、微分・積分からにしようか…