能あるしゅーとめは爪隠す? Part1からつづく

 

トイレに行くと言って、そのまま家を出て行ったしゅーとめ。

一体、どこへ行ってしまったのでしょうか?

 

庭先で、夫と「これからどこを探そうか?」と家族会議をしていたら、

家の裏手側からしゅーとめがひょっこり戻ってきたのです。

とりあえず、大ごとにならずに済んだのでほっとしました。

 

しかし、ここで慌てて探したことを説明したり、問い詰めたりするといけない、と

何となく思っていたところが我々夫婦にはあったので、何事もなかったかのように

話しかけました。

 

夫:「どこ行っていたの?」

しゅーとめ:「トイレに行って、窓際に財布をおいていたら落としちゃって。

                 だから、探していたの。」

私:「あら、大変。見つかった?」

しゅーとめ:「それが見つからないのよ。」

 

しゅーとめによると、トイレに財布を持って行き、窓のへりに財布を置いて、

用を足していたところ、財布が窓の外へ落ちてしまったとのこと。

 

勿論、財布などトイレに持って行ってないことは知っているので、何かを勘違い、

もしくは思いこんだんだろうとすぐに察しがついたのですが...

 

しかし、こういう時は、どんなに論理的に説明しても無理です。

普通に考えたら、「トイレには財布を持って行ってなかったよ」と説明されれば、

「じゃあ、勘違いだったのね」となっても良さそうなものですが、

「あら、そうなの?」と言いながら、「財布を持っていった」と言う思い込みが

変わることはありません。

 

素直で受け身のしゅーとめですら、その辺は頑なでした。

アルツハイマー患者というものはそう言うものなんだと思います。

なので、本人の気が済むまでは、ある程度つきあうのがベターです。

 

 

しゅーとめ:「ないねえ」

私:「お義母さん、間違えてトイレの中に流したんじゃないの~?」

しゅーとめ:「そんなことありません!」

 

からかいながら、少~しずつ、別の方へ気を向けていきます。

 

夫:「ここ、ビニールシートで覆って隠しておくから、一旦休む?」

私:「うん、お義母さん、ちょっと足が疲れてきたね、お茶にしようか」

 

こんな感じで、安心させつつ、まず、その場を離れるようにします。

ここは素直なしゅーとめ、すぐに、うんと言ってくれます。

 

その後は、お茶を飲んで、文字通りお茶を濁したり、ビデオで録りためた童謡や

演歌番組を見ながら一緒に歌ったりしていたら、財布のことはだんだん

忘れてくれて、「財布、トイレの窓から落としちゃったの」事件は収束を

迎えました。

 

一段落すると、余計なことに気がつきました。

家の裏手から出て来た時の、しゅーとめの歩調です。

 

我が家は駐車場を砂利にしています。アスファルトは夏場熱くなるからです。

いつもなら「怖い」と言って、車に乗るにも手を繋ごうとするその砂利道を、

全く気にするどころか、いつも廊下を歩いている姿勢よりよっぽどしっかりした

歩調でてくてくと歩いている姿を思い出したのです。

 

ん?結構、いや、かなり達者に歩けてたねえ...

 

考えてみれば、ショッピングモールで洋服を見回る時も、さっきと同じような

歩調で歩いている印象です。当時は、まだ訪問リハビリのT先生のお世話には

なっていなかったので、リハビリの成果ではありません。

 

もしや、何事かに気を取られていると、雑念(=「私、1人では何も出来ない」とか、

「1人で歩けない」等)が消えてしまって、自分の本来の歩きが出来るのでは???

 

「財布、トイレの窓から落としちゃったの」に気を取られてましたが、

しゅーとめが、何ともまあ、立派な爪を隠していることにも気がつかされた

事件でした。

 

これからは、もっと自分で歩いてもらうようにしないとダメだな~、こりゃ。

 

↓お花の好きなしゅーとめのために、いつも目の届くところに飾ってました。

飽きる頃、違うお花が届くので、いつまでも楽しめます。

ときめきが続く、お花の定期便bloomee(ブルーミー)

 

 

とーとつですが、しゅーとめはビビリです。

と言うと言葉は悪いですが、要するに気が小さいのです。

アルツハイマーを発症してからは、「私、何も1人で出来ない」意識が加わり、

ビビリ度もグンと上がりました。


そんなしゅーとめでしたから、家人が寝ていて、さらに、辺りが真っ暗な夜中は

勿論、日中でさえ、1人でふらっと外に出て行く、いわゆる「徘徊」なんて言う

可能性はまずないと思っていました。

 

また、アルツハイマー患者には「夕方症候群」なるものが存在して、夕暮れ

近くになると、家に居るにも関わらず、「家に帰るのだ」と言い、ふら~っと

玄関を出て行ったりすることもあるという言う記述を目にしましたが、

これもしゅーとめには無縁だわ、と思ってました。

 

実際のところ、しゅーとめは、家の中では、トイレ、食事、就寝以外で

移動することはほとんどありませんでした。

たまに思い出したように、ベッド回りで探し物をするために、そちらに

移動することはありましたが、それ以外はほぼ、テレビの前にセットされた

座椅子に鎮座していることが日常でした。

 

 

そして、そのしゅーとめと同じ部屋で夫と私が仕事なり、作業なりをしていて、

常にしゅーとめの動きを見ているのです。知らない間に外に出て行かれたり等の、

いわゆる「徘徊」は起こらないだろう、と決めつけていました。

 

そんな時に起こったのが、「財布、トイレの窓から落としちゃったの」事件でした。

 

いつもの通り、しゅーとめがトイレに行く、と言って部屋を出て行きました。

今となっては、その時自分たちが席を外していたのか、何かに熱中していたのか、

どうしていたのかは定かではありませんが、ふと、しゅーとめがトイレから帰って

来ていないことに気がつきました。

 

私:「お義母さん、遅いねえ」

夫:「うん」

 

トイレから出た後、洗面所へ行って鏡で姿をチェックすることもあったので、

そこにでもいるのだろうと思って、見てみましたが居ません。

トイレに向かって声をかけてみましたが反応がありません。

台所に居ないのも確認しました。

うちには2階も存在しますが、まさかあの足取りで上れるはずがありません。

と言うことは...

 

しゅーとめが家の中のどこにも居ないのです!

慌てて玄関へ行って見ると、下履きが1つなくなっています。

 

私:「お義母さんが外に出た!!下駄履きがない!」

 

そう夫に告げて、私も外へ飛び出しました。時間にして10分も気がつかなかった

はずがない、と踏み、まずは、大通りへの道を確認しに、右手に走り出しました。

 

我が家は、玄関を出て左へ行けば袋小路に当たりますが、右へ曲がり、

突き当たりまで進んでしまえば、その先はどこにでも行くことが出来ます。

当時、しゅーとめは、それほど足が達者ではなかったので、突き当たりまで行って、

そこから道を見渡せば、姿が確認出来る可能性があると思ったのです。

 

しかし、突き当たりから道を見回しても、しゅーとめの姿は見あたりませんでした。

 

家に戻り、家の中から飛び出してきていた夫と庭で合流しました。

2、3語言葉を交わし、どこへ行ったんだろう、次の手はどうしよう...と

相談していました。

 

さて、しゅーとめはどこへ行ってしまったのでしょう??

次回に続きます。

能あるしゅーとめは爪隠す? Part2につづく...

 

↓どうしてもうちを空けなければならない時や、疲れてしまった時に

大変助かりました!

管理栄養士監修の手作り宅配健康食『ウェルネスダイニング』

 

 

褒めて褒めて~!! Part1からつづく

 

しゅーとが亡くなったのは、3月末のちょうど桜が満開で、きれいな時期でした。

それとともに介護同居が始まり、ばたばたと生活しながらも、そろそろ墓石を

買わないとなあ、と言う話が出て来た頃のことです。

 

たまたま見ていたテレビ番組の最後に、「墓石(大) 1名様、墓石(小) 1名様ずつ」と

言う視聴者プレゼントがあるのを見つけたのです。

しかも、庵治石と言うではありませんか!

 

「墓石は庵治石」と、口癖のように?繰り返していたしゅーと。

しかも、このタイミングでの視聴者プレゼント。

万が一、当たるようなことがあれば、お義父さんも喜ぶだろうね!となり、

折角だから、家族3人でそれぞれ応募してみよう!と言うことになりました。

 

と言いながらも、私は先述の通り、全く運に見放された状態ですし、夫もそれほど

くじ運は良くないと言います。期待できるのは、しゅーとめのみ、と言うことに

なります。

 

だからといって、あまり期待はしていませんでした。モノが高価すぎるからです。

こんなの、いくらしゅーとめでも当たらないだろうと思っていました。

 

なので、応募はがきを出したことすらすっかり忘れてしまい、相変わらず

怒濤のような生活を送っていたそんな頃、1本の電話がありました。

 

電話の相手:「もしもし、○○テレビの者ですが、○○さんのお宅ですか?」

私:「はい、そうです」

電話の相手:「○○○○さん(しゅーとめの名前)に墓石(小)が当たりました。

                  しかし、すぐに御入り用でなければ、権利放棄も出来ますが...」

私:「いえ、いります!いります!御入り用です!」

 

しゅーとめは、墓石(庵治石:小)、お値段160万円のところ、80万円で購入できる

権利を得たのです!ホントにこんなことあるんだ~、と、私は宝くじにでも

当たったような気分でした。

 

墓地は、しゅーとがしっかり確保していたため、そこからの話はとんとん拍子に

進み、無事に、しゅーとのために庵治石の墓石を建てることが出来ました。

 

私:「お義母さん、すごいなあ。ホントに当てたねえ。」

夫:「ホントにくじ運がいいね」

しゅーとめ:「はい、そうです!(よく分かってないが、話を合わせるのが上手)」

私:「でも、誰が当てたか、ちゃんと墓石に書いておかないと、お義父さんの

       ことだから、『俺が自分で当てたんだ』って言いかねないよ~、どこに名前

       書いとく~?」

しゅーとめ:「そんなの書きません!もう!」

 

こんな冗談(あながち冗談でもない...)を言いながら、墓石騒ぎ?はめでたく終了と

なりました。「小」なので少しサイズは小さいのですが、それでも立派なお墓が

出来ました。

 

 

しゅーとめは、大仕事をやってのけました。

しゅーとには(よく分からない理由で)怒られてばかりのしゅーとめでしたが、

こればかりは、胸を張って、威張って報告しても良いと思います。

 

出来たばかりの墓石に手を合わせながら、

 

お義父さん!お義母さんのこと、褒めて褒めて~!!

 

とお参りしました。

 

↓隔週できれいなお花が届きました。お手軽に部屋の雰囲気が変わり、

しゅーとめもお気に入りでした!

ときめきが続く、お花の定期便bloomee(ブルーミー)

 

 

しゅーとめは、くじ運が強い方です。いや、強いです。

 

婦人会や、仲間内で行われる忘年会などの「○○会」で行われるビンゴゲームで、

デジカメを当ててきたり、一等賞でないにしても、ちょうどその時欲しかった

ものを当ててきたりします。

 

また、テレビでやっている視聴者プレゼントなどもしゅーとめの守備範囲です。

余った年賀はがきで、せっせと応募はがきを送り続け、何度か商品を当てたことが

あると聞きました。

 

応募はがきはおろか、ビンゴゲーム、町内のくじ引きですら当たりを引いた

ことがなく、景品はいつもティッシュペーパーの私からすると、奇跡のヒトです。

* 余談ですが、子供の頃、ピアノコンクールで演奏順を決めるくじを引いた時は、引かなくてもよい

    1番を引いてくるような運の悪さです...

 

 

時折、ショッピングモールで開催される抽選会も、しゅーとめの好物です。

リハビリを目的に、外食とショッピングをしに、毎晩ショッピングモールへ

出かけていた(注:目的が逆だったと言う説もあり)お話はすでにしました。

ショッピングモールへ通っていたのは2年半~3年になったかと思いますが、その間、

何ヶ月に1度の割合で、ショッピングモールをあげての抽選会を何度も経験しました。

 

洋服を買ったり、洋服を買ったり、コーヒーを飲んだり、食事をしたり、

洋服を買ったり、食料品を買ったり、洋服を買ったり...で、いわゆる

「抽選会応募券」が割とたまりやすい状態で、たまった応募券は、

全てしゅーとめに引いてもらっていました。

 

ホントに不思議なのですが、我々夫婦だけで抽選会に参加していた頃は、

ティッシュペーパーしかもらったことがなかったのに、しゅーとめが引くと、

何個かのティッシュペーパーと共に、「○○で使える500円割引券」等、

何かしらの割引券が必ず当たるのです!

 

ただ、ガラガラを回すだけなのに、何が違うんだろうか?

ジツは何かコツがあるんだろうか?と、アホなことを考え、しゅーとめの回し方を

研究しても、違いはさっぱり分かりません。と言うか、あるはずもありません。

 

最近は、コロナ禍の影響で、ガラガラでの抽選会が出来なくなり、応募形式に

変わったのですが、ここでもしゅーとめは奇跡を起こしかけました。

我々が一番欲しがった、ショッピングモールの商品券1万円の当選番号に、たった

1番違いで惜しくも外れてしまったのです!

 

1番違いで、なんて現象は見たくてもなかなか見られるものではありません。

実際に、今まで見たこともありませんでした。

景品は当たらなかったけど、しゅーとめの運の強さを見せつけられた感じでした。

 

そんな数々の功績を持っているしゅーとめの、最大級の功績と言えば....

やはり、墓石、しかも庵治石(=墓石の中で最高級とされる香川県産の石)を、

しゅーとのために当てたことでしょうか。

 

しゅーとは、家とか墓石等に関しては、品質の良い材料を使ったり、

メンテナンスしたりすることに対してお金をかけるのは厭わないヒトだったので、

「墓石なら庵治石!」と常々言っており、私もそれで、庵治石について

知ったくらいです。

 

そのしゅーとが入る墓石を、しかも庵治石の墓石をしゅーとめが当てたのです!

次回に続きます。

褒めて褒めて~!! Part2につづく...

 

↓自分に構うヒマがなかった結果、ふと気がつくと、肌がひどいことに!

ルルルンのおかげで、すぐに回復しました!

 

 

 

しゅーと善人説 Part2からつづく

 

前回、しゅーとに関する最大の衝撃的事件、「孫の肉強奪」事件について

お話をしました。けちで自分本位で、困らされた事も多いしゅーとでしたが、

しゅーとの名誉のために言うと、自分が「これは!」と認めたものについては、

ぽんとお金を出す人でした。

単に、その範囲が極端に狭かっただけの事です...

 

しかし、始終共にいるしゅーとめにしたら、我慢することの方が断然

多かったのでしょう。若かった頃、どんなに辛いか、しゅーとの姪たち

(しゅーとめと年齢が近く、とても仲がよい)に、

泣きながら愚痴をこぼしていた事も少なくなかったようです。

 

そんな感じで、こと、しゅーとに関しては、理不尽なことや、怒られてばかりの

辛い思い出が多いであろうしゅーとめのはずなのですが...

 

そのはずなのですが、アルツハイマーを発症してからのしゅーとめは、何故か、

しゅーとを懐かしむような、それどころか戻ってきて欲しい、とすら思っている

節のある発言が目立つようになりました。

 

あろう事か(←!?)、仏壇の前で手を合わせて、時には泣きながら、

「お父さん、お願いだから帰ってきてください」と言っていたりするのです!

 

 

これじゃ、まるでしゅーとが善人だったみたいじゃ

ありませんか!

注:異議を唱えているつもりはありません

 

しゅーとの生前、あんなに嫌そうな顔をしたり、同じ空間に居ることすら

避けていたのに!しゅーとが起こす?自分本位な行動を、あんなに不愉快そうな

顔で、我々夫婦に報告していたのに!

 

アルツハイマー患者は、新しいことより、昔の出来事の方が印象強く残っていると

言います。

だとすると、様々な辛い思い出だらけではないかと思うのですが...

しゅーとめに何が起こっているのでしょうか?

 

しゅーとめの発言をよくよく聞いてみると、「お前はなあ...」と何故怒られて

いるのか、よく分からないお小言を食らったこと自体は覚えているのですが、

以前、よく話してくれたように嫌な思い出として語っている、というよりは、

明らかに懐かしんでいるのです。

 

どうも「お小言を食らった」感もなくなっている感じで、「お前はなあ...」と

よく言われた、とは言うのですが、嫌そうな素振りどころか、しかめ面ひとつ

見せません。

 

百歩譲って(?)、懐かしむことはあると思います。亡くなった人を偲んで、

「あんな嫌なことがあったなあ」「こんな変なこと言われたなあ」と思いながらも、

「でも、やっぱり居てくれて楽しかったなあ」と言うやつです。

 

だからといって、「帰ってきて欲しい」とまで思うもんだろうか???

もしかしたら、しゅーとめは、アルツハイマーの発症と同時に、しゅーととの

嫌な部分に関する思い出も昇華してしまったのだろうか...?

 

実は、記憶の昇華がしゅーとが亡くなったことによるショックに起因するからとか、

我々が思っていた以上にしゅーとめのアルツハイマーが進んでいたから、とか言う

理由があるのかもしれません。

しかし、医学的なことや学術的なことは、我々には分かりません。

 

現実として起こっているのは、しゅーとめが、しゅーとに対し、

「戻ってきてくれたらいいのに」と思っている、と言うことで、それが全てで

あると思います。

と言うことは....

 

ジツは、しゅーとはやはり善人だったのではなかろうか?

思い返してみれば、私自身、困らされたことが多かったのですが、それも含めて、

楽しかった思い出もたくさん思い出されて、「居てくれて良かったなあ」と

思うのです。長い時間を一緒に過ごしてきたしゅーとめにとっては、もっと

そう言う気持ちがあってもおかしくないのかもしれません。

 

よし、結論。

しゅーとは善人だったに違いない!
 

ただ1人、夫は全く納得いっていないようなのですが...

 

↓頂きもので使い始めたのですが、使い心地の良さに、今では

我が家のタオルは全てこれに入れ変わりつつあります。