介護同居を始めて、半年になるかならないかの頃、家事担当のついでに、義実家の

ちょっとした断捨離、片付けをしていた時の話です。

 

しゅーとめは、ものを捨てられない上に、片付けが苦手なので、結構ものが

あふれていたからです。洗面台の下の収納スペースから、乾麺が出て来たときは、

少し固まりました...

 

と言うわけで、ヒマを見て、たまりきった割り箸など、誰に聞いても、

これは良いだろう、と判断できるものに限って捨てていました。

そのついで?と言うのもなんですが、ある日、しゅーとめが、介護同居前に

失くしたと騒いでいた財布と、銀行の通帳を見つけたのです。

 

財布の時はそうでもなかったのですが、銀行の通帳の際は、何やら不穏な

雰囲気になりました。通帳発見の報告時には、「ありがとう!」と言う感じ

だったのが、その後、その中身(=金額)の話を母と息子で話をしていた時に、

私は、少し離れた所におり、話に加わっていなかったのに、

 

「何でおヨメさんが、そんなこと(=金額)を知っているの?むかっ

 

と、ちょっと不愉快そうに発言したのです。

この時は、夫がうまいこと言い繕ってくれて、事なきを得ましたが、

 

これはやばい、同居が面倒になってしまう!

 

と言うのが、早速、懸念事項として頭に浮かびました。

 

特に金銭がらみの失くしものの場合、ことごとくヨメのせいにされる話は、

枚挙に暇がありません。仕方のないことですが、不本意でもあります。

 

どうしたら、そう言う誤解を避けられるだろうか?

 

その当時から、行動範囲が狭くなっていたしゅーとめの聖域は、自分のベッドと、

その真横にあるタンスでした。行動パターンを見ていても、「ここにあれば、

自分が管理出来る」と思っているかのように、何かかやと、聖域周りにものを

しまい込むようになっていました。

 

 

よし、聖域への立ち入りをやめよう!

 

こう決意した私は、夫にそう宣言し、実行に移しました。

 

かといって、全く近寄らずに生活する訳にはいきません。

実際、行動範囲が重なっていますから、「聖域がある部屋へ立ち入らない」と

言うことは不可能です。

 

ではどうしたか?

 

まず、「タンスには近寄らない」と言うことを徹底しました。

近寄る必要があるときは、夫に頼んで対応してもらいました。

大体、これで事足りますが、どうしてもベッドメイクや、急遽、外出着を出したり

するときには、必ず、しゅーとめの居る前で、しゅーとめに断りを入れてから、

タンスなどに近づくようにしました。

 

さて、効果やいかに?

次回に続きます。

しゅーとめの聖域 Part2につづく...

 

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さて、これも前回と同じく、夫婦で本屋から帰宅した、別の日の話。

「立ち方が分からないの」事件と、それほど変わらない頃です。

 

しゅーとめが、今度は泣いていたのです。

 

こ、今回はなんだ!

1人でいるのが怖かったのか!?

お腹がすいてしょうがないのか!?

 

私:「ど、どうしたの?」(←ちょっとこわごわ聞いてみた)

しゅーとめ:「この人が、10秒切ったの~!」

 

ん?10秒切った?

 

何の話や、と思い、しゅーとめが指さした方に目をやると...

テレビで、陸上の桐生選手が、とうとう100m走で、日本人初の9秒台を

マークした映像が繰り返し流されていました。

 

 

どうも、しゅーとめは、これにいたく感動し、泣いていたようなのです。

 

元々、しゅーとめは涙もろい性質です。

すぐもらい泣きしますし、実際にそんな場面は何度も見てきましたが、

感動して泣いているというのは、初めて見たように思います。

感情の起伏が激しくなるのも、アルツハイマーの影響なのでしょうか?

タマネギを切った後のように、しばらく涙が止まらない状態です。

 

何はともあれ、悲しくないのなら安心です。

 

私:「あ~、良かった~。帰ってきたら泣いてるからびっくりしたわよ。」

しゅーとめ:「だって、すごいんだもん...」

私:「てっきり、隠しておいた大福が見つからなくて、泣いてるのかと思ったわ~」

しゅーとめ:「違います!」

夫:「でも、すごいねえ、10秒切ったんだねえ~」

しゅーとめ:「そうなの、すごかったのよ~」

 

と、まだ感動冷めやらぬ様子。

 

思えば、まだこの頃は、テレビの内容も理解できていたんだなあ。

ドラマが理解できるかどうかは分からないけど、桐生選手の話に関しては、

ちゃんと理解して、会話になっていたもんなあ。

 

これから程なく、アナウンサーなどの話し手のスピードについていけず、だんだん

テレビへの興味を失くしていくようになるのですが...

 

こんな風に、感動を共有できた時期もあったのだと懐かしく思う出来事でした。

 

 

 

介護同居を始めて、しばらくたってからの話です。

生活スタイルもほぼ落ち着いてきたなあ、と言う頃、夫婦2人で本屋に行く

時間を持たせてもらうことにしました。

 

しゅーとめが不安にならないように、大きめのスケッチブックに、

「本屋に行ってきます」とメモを残して出かけ、大体、1時間程度で帰宅します。

すると、ある日、帰宅すると、しゅーとめが、畳の上に仰向けに

寝っ転がっていたのです。

 

 

夫:「どうしたの?」

しゅーとめ:「転んで立ち上がろうとしたんだけど、立てないの」

 

どうも、転んだ後、立ち上がれず、仰向けにはなれたのですが、そこから先、

どうしたらいいのか分からないとのこと。

 

思えば、同居前、しゅーとめは座椅子を使ってテレビを見ていたので、

立ち座り等に支障はなかったはずです。しかし、同居を始めてから、足下が

覚束なくなったのをキッカケに、畳の部屋でも椅子に座る生活に切り替えました。

 

そのわずか1、2ヶ月の間の習慣が、「床から立ち上がる」と言う動作を

忘れさせたのです。習慣とは何とも恐ろしいものです。

アルツハイマーというのは、習慣化したことは覚えていますが、やめたとたん、

簡単に忘れてしまうのですね。

 

その時は、夫がすぐに抱き起こし、事なきを得ました。

その後、もう一度同じことがありましたが、私1人しかおらず、立たせようと

抱き起こしても、「痛い痛い」と言うばかりで、立とうとする意志もなく、

私も抱き起こせるだけの力もなく、夫の帰宅を待ちました。

 

これでは、おちおち外出も出来ません。

早速訓練の開始です。

 

幸い、畳の部屋には、どこで転んでも手が届きそうなくらい大きな机が

あるので、それを頼りにして、ゆっくり手順を覚えてもらいました。

 

そんな訓練を続けましたが、ものに出来ていない感じが残るそんな頃、

訪問リハビリが始まりました。経緯は、訪問リハビリすごい!からの4話で

お話ししましたが、そのリハビリの中に、立ち上がり訓練も入れてもらいました。

 

やっぱり、プロってすごいです。

 

ものの何回かで、しゃきっとまではいきませんが、立ち方をマスターしました。

そのうち、リハビリの成果もあり、筋肉が付き、転ぶ心配もなくなりました。

 

しかし、立ち方を忘れるって...

見かけた当初は、手伝っても足に力を入れている風もないし、気力の問題かと

思っていましたが、訓練の様子を見ているとそうでもないのです。

 

確かに「出来ない」と思い込み、やろうとしない傾向の強いしゅーとめですが、

1つ1つやり方を確認しながらの訓練を見ていると、初めて料理を習う人の

ように、「次は?」とでも言うような感じに見えます。

ホントに分からないのです。

 

当時は、訓練に一生懸命で気が回りませんでしたが、アルツハイマーはそう言う

病気なのだと言うことを、再認識させられました。

 

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しゅーとめが入所している施設の方から、電話を頂きました。

 

しゅーとめが、夜中にトイレに行こうとして転んでしまったが、大きな

怪我などはないとのこと。しかし、先に手をつくことが出来ず、顔から

いってしまった、と言うのを聞いて、「ううむ...」と思いました。

 

施設入所に伴い、歩く機会が激減したため、手を引いてないと心配なくらい、

歩みが弱々しくなりました。そのため、夜中のトイレ時に転びやすくなったの

でしょう、これまでも何度か転んだ、と言う連絡は頂いてました。

 

しかし、これは仕方のないことです。

「ううむ...」と思ったのは、顔の方です。

しゅーとめは、血液をさらさらにする薬を飲んでいます。

これが、転んだとき悪さをするのです。

 

血液さらさら薬は、血流が良くなる反面、出血が止まりにくくなります。

なので、軽い打ち身でも、結構ヒドイ青あざになります。

これを今回、顔に作ったわけです...

 

すこーし話が逸れますが、コロナ禍で施設が面会謝絶体制を取る中、我々夫婦は、

2週間に1回、しゅーとめに会うことが出来ます。

血糖値計測器の進歩たるや! Part1でお話しした、血糖値測定のセンサーの交換を

行うためです。医療行為に当たるのですが、医療関係者が施設に居ないのです。

 

先の「転んだ」連絡を受けて、一週間近く経過していたでしょうか。

そのセンサー交換日がやってきました。

 

今回の担当は私なので、かる~い気持ちで、「お義母さんの顔の様子、

見てくるわ~」と言って出たのですが...

 

果たして、部屋から出て来たしゅーとめの顔は...

 

 

↑挿絵の泥棒さんのひげ部分と同じエリアいっぱいに、アザを作っていました...

しかも、その色が青あざを超えて、まだまだ赤黒いのです!

本人は元気そうで朗らかなのですが、痛々しいこと、この上ありません...

アルツハイマーのおかげで、顔のことを忘れているのが、せめてもの救いです。

 

腕にも所々、アザが出来ていました。

これは、さすがにセンサーを交換するときに、しゅーとめの目にはいるので、

気になったようです。

 

しゅーとめ:「どうしたんだろう?、この黄色いの(腕のアザは薄かった)」

私:「そりゃもう、お義母さん、寝てる間、暴れて暴れてすごいのよ~。

       ベッドの柵に手を打ち回るから、アザになるんだね~」

しゅーとめ:「もう!そんなことしてません!」

 

こんな話をして誤魔化しましたが、顔のことを聞かれたらなんて言おう...?

友達とお菓子の取り合いをして、つかみ合いの喧嘩をしたらしいよ、が良いか??

 

とか、くだらないことを考えつつ、早くいつものしゅーとめの顔に戻ると良いなと、

思いながら、センサーの交換をしました。

 

早く良くなりますように!

 

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さて、今回もしゅーとめの交友関係に関するお話なのですが...

しゅーとめがアルツハイマーであるため、思わぬ方向へ発展した事件についてです。

 

なかなか会えないけど、仲の良いお友達に、Uさんという方がいました。

 

しゅーとが亡くなってしばらくして、お線香をあげに来てくださり、

しゅーとめ、夫と歓談して帰宅されたようなのです。

外出していた私は知らないのですが、終始、和やかな雰囲気だったようです。

 

その後、Uさんから一通のはがきを頂きました。

しゅーとめが元気そうで良かった、お線香をあげさせてもらって、息子さんとも

お話が出来たし、良い時間が過ごせました、と言う、丁寧なお礼のはがきです。

 

 

普通なら、ここで終わるはずのお話でした。

しかし、そのはがきを読んだしゅーとめが、急に文句を言い始めました。

 

「どうしてUさんは、私が居ないのに、勝手にうちに上がったのむかっ?」

 

怒っているまではないのですが、明らかに不快そうです。

Uさんとお会いした記憶がないため、はがきの内容が、自分の預かり知らない

所で行われたことと解釈しているようです。

 

夫が、自分と一緒に会って、話をしたこと等を説明すると、納得したかどうかは

分かりませんが、それ以上の追求はありませんでした。

 

しかし、大体のことはすぐに忘れてしまうしゅーとめが、Uさんのはがきの

件だけは、良く分からないタイミングでひょこっと思い出し、文句を言うように

なりました。

 

しかも、文句を言うたびに、不快度が上がっているように感じられます。

 

しかし、しゅーとめの場合、そう言う感情はあまり長続きしない傾向があり、

割とすぐ別の話題に変わるので、我々もあまり気にしておらず、無理に

忘れさせようとする事も、話題を切り替えようと努力をする事もなく、

そのまま放置していました。

 

今思うと、忘れてなどおらず、それどころか、あのはがきの内容を、ずっと

心の中で暖めて?いたのでしょう。

ある日突然、びっくりするような発言を始めました。

 

「Uさんが、うちに上がり込んでテレビを見ていた」

「テレビの前に座っていた」

 

そればかりでなく、出かける際も「留守中に勝手に上がり込むかもしれない」とか、

あのはがきに取りつかれたような発言が、ぽつぽつと増えてきたのです。

 

「息子さんとお話しした」と言うだけの内容が、しゅーとめの中で不信感と共に

膨れあがり、ありもしない出来事が次々と作られていき、そしてとうとう幻覚まで

起こしたのです。

 

すぐに、認知症でお世話になっている先生に相談し、薬を処方していただくことで、

びっくりするくらい症状がなくなってしまいました。

幻覚だったのか、単なる思い込みだったのか、今でもはっきりは分かりませんが、

たった一通のはがきでこんな事件が起きるとは思いませんでした。

 

アルツハイマーってこういう病気なんだな...と改めて認識した事件でした。