「恋しくて…」


*9*




話したいことは、山ほどにあるのに、言葉に出来ずにいた。

一体、何から話せばいいのかも、わからずに・・・

ただ、相手の顔をチラチラと見るだけで、気まずい雰囲気のなか、突然、バーの灯りが消され、ステージにライトが照らされた。

正装したミュージシャンたちがステージに現れる。
最後にマイクの前に、ブルーのドレスを着た女性歌手が現れた。

ピアノの音とともに流れた音楽は、ふたりにとって、思い出深い曲だった。


『Fly Me To The Moon』        

  Poets often use many words to say a simple thing.
             (詩人はいつだって単純なこと伝えるのに様々な言葉を使うわ)
             It takes thought and time and rhyme to make a poem thing.
             (たったひとつの詩を歌うために悩んで、時間をかけて音を乗せる)
           With music and words I've been playing.
             (音楽と言葉を添え、思いを伝えよう)
             For you I have written a song
             (あなたのために歌を書いたの)
             To be sure that you'll know what I'm saying,
             (あなたならきっと私の言っていること、分かってくれると信じてる)
             I'll translate as I go along.
             (聴いていくうちに、分かるはずだから)
           
             Fly me to the moon, (私を月に連れてって)

             and let me play among the stars. (星たちに囲まれて遊んでみたいの)

             Let me see what spring is like on Jupiter and Mars. (木星や火星にどんな春が訪れるのか見てみたいわ)

             In other words, hold my hand! (つまり、手を繋いで欲しいってことなの)

             In other words, daring kiss me! (だからその…キスして欲しいの)

           Fill my heart with song, (私の心を歌でいっぱいにして)

             and let me sing forever more. (ずっとずっと、歌わせて)

             You are all I long for (あなたは私がずっと待ち焦がれていた人)

             all I worship and adore. (憧れ慕うのはあなただけ)

             In other words, please be true! (だからお願い、変わらないでいて)

             In other words, I love you! (つまりその…愛してるの)


「この歌、元はジャズだったな・・・」

テギョンが呟く。
それは、ふたりだけのファンミーティングで、この歌を歌ったことがあった、懐かしい曲だった。
ミニョは、『ヒョンニムという星にくっついている月のようだ』と言っていたこともあった。
ミニョが見ている星を一緒に見たくて、苦手なニンジンやほうれん草も食べていた時期もあった。
でも、自分にくっついていた月は、遠くに離れてしまい、いつしか、星を見ることをやめてしまい、結局、星は見えなくなってしまった。

『コ・ミナムの役目を終えて、遠くに行ったら、星を探しながら、ヒョンニムのことを思ってます。』

ミニョがそんなことを言っていたことがあった。

今でも、ミニョは、星を探しているのだろうか・・・

そんな疑問が、つい言葉に出た。

「今も・・・星を探してるのか?」

ミニョが、テギョンを一瞬、驚いたように見る。

「・・・はい。でも、眠らないこの街の夜空は明るすぎて、さすがに、星が探せませんけど・・・
・・・でも、ずっと、星を探してました。」

今、目の前にいる、眩しいくらいに輝いている星を・・・

「・・・ずっと、見たかった星を見つけたら、やっぱり、眩しいくらいに輝いていて、とても、目が痛いです。」

ミニョは泣きそうになる顔で、精一杯、笑顔を見せると、流れ落ちる涙を見せないように俯いた。



In other words・・・

あなたに、会いたかった。




★★★★

















「恋しくて…」


*8*




「はぁ・・・・」

何度目の深呼吸の息なのだろうか・・・
先ほどから、緊張しているせいもあるのだろうか、ミニョの鼓動は痛いほどに鳴っていた。
ミニョはワンが渡したメモどおりに指定された場所に来た。

そこは落ち着いた雰囲気のジャズバーだった。
蝋燭の灯りが置かれたテーブル席へと通され、椅子に座る。
店の奥には、小さなステージがあり、ピアノなど楽器が並べられていた。




ミニョは椅子に座り、待ち人を待った。

そして

その場所に現れたのは、

「・・・ファン・テギョン ssi」

テギョンは驚いているのか、目を見開いて、ミニョを見ていた。
テギョンも、ワンにメモを渡され、此処に来た。

「必ず、行きなさいよ、わかった?行かなかったら、天下のファン・テギョンでも、ただじゃ、おかないわよ。」

さすがのテギョンも、ワンのドスの効いた声に脅され、渋々とやって来た。

「はぁ・・・(そういうことか・・・)」

テギョンの小さな溜息が聞こえ、ミニョが項垂れるように俯く。

“ど、どうしよ・・・やっぱり、帰った方が、いいのかな・・・?”

あからさまに不機嫌な態度を見せられるテギョンに、ミニョは困惑してしまうが、次に出てきたテギョンの言葉に、ミニョは驚いた。

「・・・座っていいか?」

「は、は、はい・・・どうぞ・・・」

テギョンがミニョの向かいの席に座る。
面と向かって、お互いの顔も見ていられなくて、目を逸らし、ぎこちない雰囲気が漂うが、それでもお互いが気になってしまうのか、相手をチラチラと見てしまう。

ウェーブのかかった長い髪、肩に掛けたジャケットに赤のノースリーブのワンピース、化粧した艶のある紅い唇

目の前にいるのは『コ・ミニョ』のはずなのに、最後に会ったショートカットのミニョを思い出すと違和感を感じ、知らない女性に会っている気分だった。
それでも、困ったように、大きな瞳を左右に動かし、口をすぼめる仕草は相変わらずで、テギョンは懐かしさを感じていたが、ミニョは、緊張の糸が、まだ張りついたままだった。





★★★★

緊張のご対面。
会話はまだ、なし。
すぐには、戻れませんよね、このふたりは・・・。
口下手テギョンさんに極度の緊張中のミニョちゃん。
もう少しだけ、時間が必要なようです。




モノクロ画像ですが、ミニョのイメージとしてはこんなカンジですね。






































「恋しくて…」

*7*





「目、真っ赤だぞ、大丈夫なのか?」

撮影再開と同時に、ソンミンに泣き腫らした真っ赤な瞳を指摘されたミニョ。

「はい、すみません、大丈夫です。」

ミニョは頭を下げ、何事もなかった装いで少し俯き加減のまま、仕事を再開させる。

休憩中、ソンミンは、ベンチでシヌとジェルミに隣を挟まれ、顔を覆って泣いているミニョを目撃していた。
「何かあったのか」と声を掛けようかと考えたが、撮影では見ることがないふたりの優しい顔と、ふたりがミニョの肩や背中を撫でながら慰める姿を見て、ソンミンは、そのまま立ち去った。

コ・ミニョとA.N.JELLとの関係。

メンバーであるコ・ミナムの妹というだけの関係ではない、どこか、深い絆を感じいた。その深い絆を断ち切ってまで、ミニョがアフリカに渡り、韓国に帰ることを拒み、そのまま自分に付いて、ニューヨークにまで来たのか・・・

ソンミンは、ファインダー越しに、A.N.JELLを見つめる。

オーラを感じる佇まい、鋭い視線のファン・テギョン

テギョンとは真逆の柔らかな眼差し、温厚な笑顔のカン・シヌ

満面な笑顔のジェルミ

ミニョと同じ顔なのに、視線の鋭さが違うコ・ミナム

「フィルム交換、カメラチェンジ。あと、ライディング少し落として。」

「はい」

ソンミンの指示で、ミニョたちアシスタントが動く。
メンバーたちの髪や衣装を直しているひとりの女性。
その女性は、アメリカンドラマのヒロインも顔負けの派手なファッションをしている。

「あれ?ワンヌナ??」

「あら、ソンミン久しぶり。」

ワンコーディーとソンミンがハイタッチをしながら軽いハグをする。
ソンミンの横にいたミニョが驚いている。

「ソンミンさん、ワンさんとお知り合いですか?」

「あら、ミニョ?コ・ミニョじゃないの!?」

ミニョに気付き、いきなり抱きつくワンコーディー。

「何、会わないうちに、垢抜けて、可愛くなっちゃって~」

ワンがお構い無しに、ミニョの身体をベタベタ触るのも変わらず。

「ワンヌナがモデル時代に知り合ったんだよ。」

「ソンミンは、まだカメラアシスタントだったんだけど、偉くなったもんね。」

「で、ワンヌナ、欲しい、欲しいって言ってた恋人は出来たの?」

ニヤリと笑うソンミン。

「恋人ね・・・アイツを恋人と言うなら、う…ん、やっぱ違うわ・・・」

ワンの視線の先には・・・

「えっ!?マ室長!?」

ミニョが目を丸くして驚いている。
顔を真っ赤にしながら首を振るワンが話を変える。

「それにしても、ミニョはどうして、ニューヨークにソンミンと一緒にいるの?」

「ミニョは、今、理由あって、俺のアシスタントやってるんだよ。」

「・・・そう。でも、元気そうでよかったわ、安心した。
ミニョ、あとでお茶しましょ?色々と話したいし。」

「はい、喜んで・・・」

ミニョが、嬉しそうにニッコリ笑った。

「キャ~!!カワイイカップケーキがいっぱい!どれにしようかしら?迷っちゃうわ。」

ショーウィンドに並べられたカラフルなカップケーキ。




苦めのコーヒーに甘いカップケーキをテラスで食べる。

「私、今、キャリーの気分よ!最高!」

パシャパシャとスマホで写真を撮りまくるワン。
ハイテンションのワンはひとしきり写真を撮り、撮った写真をSNSに投稿し、やっと気が済んだらしく、目の前のミニョに視線を合わせた。

「ねぇ、ミニョ…どうして、テギョンと別れちゃったの?」

「えっ・・あ、あの・・・」

唐突に聞かれ、ミニョは困惑している。

「フニから聞いたのよ、あなた達、付き合っていたんでしょ?」

「・・・付き合っていたかは、どうかは・・・わからないんです。恋人だったのか、どうかも・・・」

「でも、好きだったんでしょ?テギョンのこと・・・」

「・・・はい、大好きでした。」

「それは、過去形の話?今は?」

「い、いま・・・今も、大好きです・・ずっと、忘れたことは、ありません・・・。」

そう言って、堪えきれずに泣き出すミニョ。

「じゃぁ、どうして、別れちゃったの?
テギョンだって、あなたのこと好きだったはずよ?」

「・・・それは、一緒にいると、お互い傷つけ合ってしまうから・・・離れた方が、お互いに良かったんです。だから、離れたんです。」

「どうして、離れちゃったのよ。離れちゃったら、その傷は、どうしようも出来ないじゃない。お互い傷つくとか傷つけ合ったなら、またお互いの傷を癒したり、温め合えばいいじゃない。一緒にいることによって、変わっていくことだって、あるのよ?」

涙ながらに訴えるワンが、ミニョには嬉しかった。

「私が、とても不器用だったんです。離れた方が、お互い、辛くなることも、傷つくこともなくなるだろう、と・・・

今日、ジェルミにテギョンさんの歌を聴かせてもらいました。
テギョンさんが歌っていた歌は、たくさんの想いが詰まった歌でした。
テギョンさんが、大事にその歌を歌ってくれていたことが、嬉しくて・・・」

「その言葉、テギョンに言うべきじゃない?」

「えっ?」

「お互い顔を合わせづらいのはわかるけど、もう一度、ちゃんと会って、話をしなさい。」

その言葉にミニョがクスリと笑う。
ワンが驚いた顔で見つめている。

「その言葉、ソンミンさんにも言われました。」

「うふふ、ソンミンも、いい男になったわね。
テギョンもミニョも不器用すぎるから。
あなた達に言えることは、もっと、自分に素直になりなさい。かな?
それと、ミニョ、これからは『オンニ』って呼ぶこと。」

「はい、オンニ。」

「うふふ。これまで頑張ってきたミニョのご褒美に、オンニがひと肌脱いであげるから。夜、オシャレして、此処に行きなさい、わかった?」

それは、住所と地図が書かれていたメモだった。





★★★★

ワンコーディー登場です。
キャリーって誰か…



某ドラマの主人公、金髪美人がキャリーです。
ワンコーディーなら絶対憧れていると思い、キャリーとカップケーキが登場しました。
色々な人物を介して、やっと再会出来るかな、ということで次回です。