「今宵、月明かりの下で…」17

「客人」



アン大監が連れてきた官職の男は、
マ留守(ユス)とキム参議(チャムイ)だった。
マ留守は、昔馴染みで、よくアンと共に『三日月館』に来ている。
ホラン(ワン)の上客でもある為、ホランが、必ず、相手をする。

ウォルファの相手は、キム参議。
アン大監が、初めて連れてきた客人だった。
結婚もしていなく、大の女好きで、妓楼によく足を運んでは、妓生遊びをしていた。
キムは、一目で、ウォルファを気に入り、夜通し、ウォルファの身体を貪った。
ウォルファが離れようとすると、腕を掴み、無理矢理に、身体を繋げてくる。
痛みで悲鳴を上げるミニョをお構い無しに、キムは、身体を激しく突き上げる。
あまりにも乱暴に激しくされ、ミニョの結合部分は、ヤケドをしたように、赤く腫れ上がれ、触れるだけでも、ヒリヒリ痛んだ。

「キム様、少し、休みましょう・・・私は、逃げませんから・・・」

荒い息を吐き、身体を震わせながら、散らばった服を掴み、肌を隠す。
ウォルファの顔は、疲労の色が窺えた。

「私に、逆らうのか!!お前は、自分の身の上をわかって、言ってるのか?お前は、私を拒むことなど出来ない、卑しい身分なんだ!!それなりの金だって、払ってやったんだ!もっと、満足させてみろ!!もっと、艶かしい声で、啼いてみろ!!」

逆上したキム参議が、ウォルファの頬を殴った。
涙を滲ませるウォルファに、キム参議は、頬を何度も殴った。
口の中が切れ、血の味がした。
唇は、血が滲み、頬も目蓋も赤く腫れ上がった。
痛みで意識がなくなったウォルファの身体を、キム参議は、恍惚な顔を浮かべ、強姦した。

明け方、辛うじて起き上がったウォルファは、服を着て、部屋を抜け出した。
ヒリヒリと痛む脚は歩くのも辛く、キム参議の体液を浴びた身体が気持ち悪く、嫌悪感で身体中が震えた。
ウォルファは、その場に崩れるように、声を殺して泣いていた。
朝の仕度をしていたユリが、ウォルファの姿を見つけた。

「ウォルファ様・・?ミニョ様!!大丈夫ですか?」

ウォルファの腫れた顔を見て、悲鳴をあげ、すぐに、ミジャを呼んだ。
ウォルファの顔を見たミジャは青ざめ、すぐに、アン大監を呼び、ウォルファの顔を見せた。

「これは、酷い・・・。」

アン大監は、言葉を失い、哀れんだ。
ウォルファの顔は、目蓋も、頬も、真っ赤に腫れ上がっていた。

「アン大監様!!誠に、申し訳ないのですが、キム参議様には、お引き取り願いたいのです。キム参議様が、払ったお金は、全額返させていただきます。」

「もちろん、そうさせる。ウォルファ、誠にすまなかった。私にも、責任がある。治療代が必要になったら、私が出すとしよう。」

アン大監は、その日のうちに、キム参議を『三日月館』から追い出した。

ミニョは、ユリが用意した、沐浴を浴びていた。
身体が真っ赤に擦れるほどに、丹念に身体を洗っていた。

「ミニョ、すまなかったね。辛かっただろう?しばらくは、ゆっくり休みな。」

ミジャは、変わり果てたミニョを、母親のように優しく、頭を撫で、抱き締めた。

ウォルファとキム参議の噂は、他の妓楼の妓生を通じて、シヌの耳に届いていた。
そして、シヌによって、テギョンの耳にも届く。

「『三日月館』のウォルファ、知ってるだろ?キム参議に酷い目に遭わされたみたいだ。怪我もしているらしい。見舞いに行ってやらないとなぁ・・・」

読んでいた本を机に落としたテギョンは、突然、立ち上がった。

「テギョン?これから、就寝時間だろ?何処に行くんだ?」

シヌの問いかけにも答えず、テギョンは、上衣を羽織る。
居ても立ってもいられず、『三日月館』に走って向かっていた。




★★★★



「今宵、月明かりの下で…」16

「恋着」




後日、テギョンは、借りた服を持ち、『三日月館』に向かった。

「いらっしゃいませ・・・」

店の入り口を掃除をしていたユリが、テギョンを出迎える。

「あっ・・あなたは、確か、ミニョ様と雨の日にいらっしゃった・・・ファン・テギョン様・・・ですよね?」

“どこで、名前を覚えたんだ?まだ、名前を名乗った記憶もないはずだ・・・。”

テギョンが口を尖らしながら、首を傾げる。

「あ、不愉快にさせてしまったようで、申し訳ありません。仕事柄、お客様の名前と顔を覚えてしまうので・・・ミニョ様に御用ですよね?申し訳ありません、ミニョ様は、ただいま、接客中でして・・・」

「別に構わない。前に借りた服を返しにきただけだ。」

きっちりと畳まれた衣服は、テギョンの性格の几帳面さが窺える。

「そうですか、ご丁寧にありがとうございます。今、テギョン様の服をお持ちします。どうぞ、店の中でお待ちくださいませ。」

ユリが、いそいそと、店の奥に消えていく。
テギョンは、長椅子に腰掛けた。

まだ、夕刻を過ぎた時間ばかりなのに、店の中が、少々、騒がしいような気がした。

ユリが、テギョンの衣服を持って現れる。

「客人がいるのか?」

「はい、こちらの上客であるアン大監のお知り合いの方が二名いらっしゃっています。官職の方々で、一週間ほど、こちらに滞在されていますね。
ホラン様もウォルファ様も、付きっきりで相手をされているので、『三日月館』を実質上、休ませていただいているのです。」

店を出たテギョンは、唇を噛み締めた。
ミニョが、見知らぬ男の前で、服を乱し、白い肌を見せ、抱かれている姿を想像しただけで、苛ついていた。

妓生に恋をするなんて、馬鹿げていると、自分で、何度もそう思った。

何度も、その『恋』という感情に、首を振った。
自分には、許嫁の『ユ・ヘイ』がいる。
身分の差もある。結ばれることも出来ぬ、叶わぬ相手だ。・・・だから、諦めろと・・・。

それでも、ミニョを思い出すたびに、胸が疼いて、苦しくなるのを感じる。

『三日月館』から戻ってきた衣服に顔を埋めると、ミニョと同じ甘い花の香りがした。
香りを嗅ぐだけで、胸が苦しくなる。

“何故、こんなにも、胸が苦しくなるのだろうか・・・?”

『・・・会いたい』

想いは、強くなるだけだった・・・。




★★★★











「今宵、月明かりの下で…」15

「夢見」




薄桃色の布で仕切られた部屋の向こうに、うっすらと、ミニョの姿が見える。

『テギョン様、どうぞ、お入りになって。』

テギョンは、目隠し代わりの薄桃色の布を剥ぐと、一糸纏わず、テギョンに、白い背中を向けているミニョの姿。

『・・・ミニョ』

ミニョに声を掛けると、恥じらうように、丸み帯びた柔らかな胸を潰すように腕で隠し、頬を紅く染めながら、ミニョがテギョンを見つめている。

テギョンは堪らず、ミニョに近付くと、胸を隠しているミニョの腕を掴む。
ミニョのふっくらとした柔らかそうな胸が、テギョンの目の前に晒され、触れようと手を伸ばした・・・

・・・・ が

いくら触れても、柔らかな感触が伝わってこない。テギョンが、唇を尖らしながら、首を傾げる。

今度は、ミニョを抱いてみようと抱き締めてみる。
すぐに、自分の胸に縋るように、白い手が衣服を掴む。
唇に口づけをしようと、そっと、顎を上げ、顔を見つめたとき、うっとりと目を閉じていたのは、ミニョではなく、婚約者ヘイの姿だった。

『・・・テギョン様』

甘ったるい声で、テギョンにしなだれかかるヘイのしどけない姿に驚き、ハッとしたように、テギョンは、『夢』から目が醒めた。
汗の粒が、首筋や背中に流れ落ちている。
テギョンは起き上がって、キョロキョロと辺りを見回した。
そこは、見慣れたいつもの寄宿舎で、ヘイの姿は、もちろん、ミニョの姿はなかった。
テギョンのそばにあったのは、床に投げつけた艶本だった。

「チッ・・・その本のせいか・・・おかげで、妙に、生々しい夢を見てしまった・・・」

はぁ~と、深く息を吐き出し、テギョンは額についた汗を拭う。

ふと、夢で見た艶かしいミニョの姿を思い出す。
テギョンは、思わずゴクリと唾を呑み込む。
また、身体の中心が疼くような、熱さを感じる。
自分には、色欲など、微塵もなかったはずだ・・・。

何故だ・・・?
こんなの経験初めてだ・・・。
これは、生々しい夢を見たせいか?それとも、あの艶本のせいか?

まさか・・・

俺は・・・

ミニョのことが

『好き』

なのか・・・?





★★★★