「今宵、月明かりの下で…」16
「恋着」
後日、テギョンは、借りた服を持ち、『三日月館』に向かった。
「いらっしゃいませ・・・」
店の入り口を掃除をしていたユリが、テギョンを出迎える。
「あっ・・あなたは、確か、ミニョ様と雨の日にいらっしゃった・・・ファン・テギョン様・・・ですよね?」
“どこで、名前を覚えたんだ?まだ、名前を名乗った記憶もないはずだ・・・。”
テギョンが口を尖らしながら、首を傾げる。
「あ、不愉快にさせてしまったようで、申し訳ありません。仕事柄、お客様の名前と顔を覚えてしまうので・・・ミニョ様に御用ですよね?申し訳ありません、ミニョ様は、ただいま、接客中でして・・・」
「別に構わない。前に借りた服を返しにきただけだ。」
きっちりと畳まれた衣服は、テギョンの性格の几帳面さが窺える。
「そうですか、ご丁寧にありがとうございます。今、テギョン様の服をお持ちします。どうぞ、店の中でお待ちくださいませ。」
ユリが、いそいそと、店の奥に消えていく。
テギョンは、長椅子に腰掛けた。
まだ、夕刻を過ぎた時間ばかりなのに、店の中が、少々、騒がしいような気がした。
ユリが、テギョンの衣服を持って現れる。
「客人がいるのか?」
「はい、こちらの上客であるアン大監のお知り合いの方が二名いらっしゃっています。官職の方々で、一週間ほど、こちらに滞在されていますね。
ホラン様もウォルファ様も、付きっきりで相手をされているので、『三日月館』を実質上、休ませていただいているのです。」
店を出たテギョンは、唇を噛み締めた。
ミニョが、見知らぬ男の前で、服を乱し、白い肌を見せ、抱かれている姿を想像しただけで、苛ついていた。
妓生に恋をするなんて、馬鹿げていると、自分で、何度もそう思った。
何度も、その『恋』という感情に、首を振った。
自分には、許嫁の『ユ・ヘイ』がいる。
身分の差もある。結ばれることも出来ぬ、叶わぬ相手だ。・・・だから、諦めろと・・・。
それでも、ミニョを思い出すたびに、胸が疼いて、苦しくなるのを感じる。
『三日月館』から戻ってきた衣服に顔を埋めると、ミニョと同じ甘い花の香りがした。
香りを嗅ぐだけで、胸が苦しくなる。
“何故、こんなにも、胸が苦しくなるのだろうか・・・?”
『・・・会いたい』
想いは、強くなるだけだった・・・。
★★★★