「今宵、月明かりの下で…」14

「土産」




テギョンが、寄宿舎に帰ると、一足先に帰っていたシヌがいた。

「おかえり、テギョン。あれ?いつもと衣服が違うな・・・今日は、確か、例の婚約者の家に行ったんだよな?・・・っていうことは・・・」

「今日は、熱いなぁ~」と、ニヤニヤ笑いながら、扇子を扇ぐシヌ。

「お前の頭は、そんなことしか考えられないのか?馬鹿な勘違いするな!!」

テギョンが、ギロリと怒ったように、シヌを睨む。
雨に濡れたテギョンの衣服は、すぐには乾かず、結局、『三日月館』から衣服を借りたまま帰ってきた。
衣服は、後日、貰いに行くことになっていた。
テギョンは、『三日月館』に居て、衣服を借りたことは、シヌには黙っていた。

「まあまあ、怒るなよ。丁度。良かった。お前にお土産だ。きっと、これからの役に立つはずだ。」

シヌが、テギョンに一冊の本を手渡す。表紙を開けようとするテギョンの手を、シヌは首を横に振り制した。

「今、読むな。読むなら、ひとりのときがいいぞ。」

唇を尖らし、首を傾げるテギョンに、シヌが、ニヤリと八重歯を見せた。

「さて、夜も更けてきたことだし、俺は、貢ぎ物を渡してくるか・・・」

シヌは、夜の街に出掛けてしまった。

ひとりになったテギョンは、本をパラパラと頁を捲った。
本の文章と挿し絵が目に入った途端、テギョンの目が驚きで、丸くなる。
挿し絵の絵は、艶事を楽しむ男女の卑猥な姿だった。

シヌが渡した本は、『艶本』だった。
文章の内容は、男女の恋愛物語だが、そのうち、二人の恋は燃え上がり、とうとう、一夜を共にする。その一夜が、一挙一動がわかるような春画と共に、生々しい性描写が書かれていた。

「チッ・・・馬鹿らしい・・・」

興味が湧かないテギョンは舌打ちをしながら、本を閉じると、床に投げつけた。


その頃、シヌは妓楼にいた。
情事の後なのか、床に敷いた布団に、上半身裸のまま寝転がっている。

「シヌ様、ありがとうございます。」

シヌからの貢ぎ物である真新しい髪飾りをつけ、鏡を見つめながら、鏡越しに微笑むチマだけ巻いたままのキーセンの姿。

「似合ってるよ、サラン」

シヌは、サランを後ろから抱き締めると、また、器用に、サランの身体に巻かれていたチマの紐を外した。

シヌは、まさに、春画のような情事を楽しんでいた。




★★★★














「今宵、月明かりの下で…」13

「家族」




遠くで、雷鳴の音が聞こえるくらいに、部屋の中は静かだった。
そのとき、引き戸が開き、ユリが顔を出す。

「ミニョ様、ナツメ茶です。温かいうちにどうぞ。」

「ありがとう、ユリ姉さん。」

ミニョは、テギョンにお茶を差し出す。

「ナツメ茶です、どうぞ。」

テギョンは、差し出されたお茶を一口飲むと、先程から気になっていたことをミニョに聞く。

「何故、『ミニョ』と呼ばれてる?お前の名は、確か『ウォルファ』だよな?」

「『ウォルファ』は妓名です。『ミニョ』が本名。妓楼が休業しているときは、出来るだけ、そう呼んでほしいとお願いしているのです。
私は、この『三日月館』で育ちました。母が、妓生でしたからね。母は、私が、十歳のときに、流行りの病で亡くなりました。」

思いを馳せるように、ミニョは、窓の外に目をやり、落ちる雨粒を見つめた。

「この妓楼を、ひとりで切り盛りしているミジャおば様は、私の育ての親でもあるのです。
ミジャおば様の娘であるユリ姉さんは、本当の姉さんのように、私に優しくしてくれました。
私は、『妓生の子は、妓生』と、当たり前のように、母と同じ妓生になりましたが・・・
ミジャおば様とユリ姉さんのため、少しでも役に立ちたくて、私は、妓生の勉強を頑張りました。今まで、辛くても乗り越えられたのは、ふたりのおかげ、私にとっては、家族も同然なんです。」

テギョンは、少し前まで、妓生を『 穢らわしい者』だと考えていた。貞操を捨て、両班の男たちを誘惑し、床を共にし、金をもらう。
しかし、このミニョは、自分の考えていた妓生とは、違うような気がした。

何故だか、会うたびに、ミニョという人物に興味が湧いてくる。人に対して、興味が湧くことなどなかったのに・・・。

「雨、止みましたね・・・」

ミニョが、テギョンに声を掛ける。
テギョンが、空を見上げると、橙色の夕焼け空が広がっていた。



★★★★