「今宵、月明かりの下で…」13

「家族」




遠くで、雷鳴の音が聞こえるくらいに、部屋の中は静かだった。
そのとき、引き戸が開き、ユリが顔を出す。

「ミニョ様、ナツメ茶です。温かいうちにどうぞ。」

「ありがとう、ユリ姉さん。」

ミニョは、テギョンにお茶を差し出す。

「ナツメ茶です、どうぞ。」

テギョンは、差し出されたお茶を一口飲むと、先程から気になっていたことをミニョに聞く。

「何故、『ミニョ』と呼ばれてる?お前の名は、確か『ウォルファ』だよな?」

「『ウォルファ』は妓名です。『ミニョ』が本名。妓楼が休業しているときは、出来るだけ、そう呼んでほしいとお願いしているのです。
私は、この『三日月館』で育ちました。母が、妓生でしたからね。母は、私が、十歳のときに、流行りの病で亡くなりました。」

思いを馳せるように、ミニョは、窓の外に目をやり、落ちる雨粒を見つめた。

「この妓楼を、ひとりで切り盛りしているミジャおば様は、私の育ての親でもあるのです。
ミジャおば様の娘であるユリ姉さんは、本当の姉さんのように、私に優しくしてくれました。
私は、『妓生の子は、妓生』と、当たり前のように、母と同じ妓生になりましたが・・・
ミジャおば様とユリ姉さんのため、少しでも役に立ちたくて、私は、妓生の勉強を頑張りました。今まで、辛くても乗り越えられたのは、ふたりのおかげ、私にとっては、家族も同然なんです。」

テギョンは、少し前まで、妓生を『 穢らわしい者』だと考えていた。貞操を捨て、両班の男たちを誘惑し、床を共にし、金をもらう。
しかし、このミニョは、自分の考えていた妓生とは、違うような気がした。

何故だか、会うたびに、ミニョという人物に興味が湧いてくる。人に対して、興味が湧くことなどなかったのに・・・。

「雨、止みましたね・・・」

ミニョが、テギョンに声を掛ける。
テギョンが、空を見上げると、橙色の夕焼け空が広がっていた。



★★★★