「VOYAGE」*6*


「シャーモー(砂漠の国)」






次に着いた国は、砂嵐舞う「シャーモー王国(砂漠の国)」

照りつける太陽と、砂を避けるための白い厚手のマントを頭から被り、サラサラとした黄金の砂の上を歩く。
歩いても、歩いても、見渡す限りの砂の世界が広がる。

「ヒョン、本当にこっちでいいの?」

先程から一向に変わらない風景に、汗だくのジェルミが弱音を吐いている。

「あぁ、間違いない」

テギョンが、自信満々に答える。

「こんなに時間が掛かるんなら、素直にラクダ借りたら良かったのに・・」

「ラクダに乗ったら負けだ。」

「勝ちも負けもないと思うんだけど・・・それより、ミナム、大丈夫かな・・・」

ジェルミは、自分より遅れて歩いているミナムのことを心配していた。
ミナムは、砂に足を囚われ、何度も躓いている。

砂漠の旅へと出る前に、テギョンは、「シャーモー王国」の国王に会っていた。

「テギョン、やっと、我が娘ユリと結婚してくれる気になったのか?」

「アン国王、その話なら、何度もお断りしています。今回は、別件で来ました。呪いを解く「花」を探してます。」

アン国王の開口一番が、結婚の話で、テギョンは、呆れたように溜め息を吐きながら、首を横に振った。
アン国王は、テギョンのことを大変お気に召しており、「シャーモー王国」の次期国王の座と、一人娘のユリとの結婚を推していた。
娘のユリも、テギョンの大ファンで、テギョンとの結婚を夢見ている。

友好的な国王は嫌いではなかったが、ひとつの場所に身を置かず、伴侶をとらないテギョンにとっては、とても迷惑な話である。

「呪いを解く?「砂漠の花」なら、昔、オアシスだった場所にあったような・・・そうだ、ラクダを貸してやろう。オアシスまでの場所は遠いし、道に迷うからな。」

「大丈夫です。ご心配なさらず、歩いていきます。」

アン国王の厚意を断り、ラクダを借りなかった結果が、案の定、この結果である。

「強がり言わないで、素直に借りればよかったんだよ・・・テギョンヒョン、実は、大の方向音痴なんだからさ・・・。」

痛いところを衝かれたテギョンが、蛇のようにギロリとジェルミを睨むと、ジェルミは、一瞬で、蛙のようにおとなしくなった。

陽が傾き、月がぽっかりと夜空に浮かぶ。ミナムが旅立ったときには、三日月だった月が、今は、上弦の月に変わっていた。

“「ルーナ王国」は、大丈夫だろうか・・・
お兄ちゃんは、大丈夫だろうか・・・
何も言わずに、手紙だけを残して、城を出て行ってしまい、マ執事とワン様には、多大な迷惑と心配をかけてしまっているだろう・・・。”

ミナムは、上弦の月を見上げながら、今は遠くある故郷を思い出していた。

昏睡状態に陥っている兄ミナムやマ執事、ワンのことを思い出すと、ミニョ王女の胸が痛み、涙が溢れてくる。

“泣いちゃダメ・・・
満月まであと少し・・・
それまで、必ず、すべての「花」を見つけだして帰って、お兄ちゃんが目覚めるまでは・・・”

ミナムは、自分を奮い立たせるように、涙を拭った。

「チッ・・・ダメだ。月明かりだけじゃ、暗くて何も見えない・・・」

暗闇に包まれ、身動きがとれなくなったテギョンの足が止まる。

「仕方ない。動くのは、夜が明けてからにするぞ。」

暗くなると、砂漠の気温が一気に下がる。
厚手のマントを隙間なく羽織り、そこら辺に落ちている乾いた木を拾い、火を焚く。

パチパチと木が燃える音が聞こえ、冷えてきた身体が、少しだけ温かくなる。
歩き疲れたミナムにとっては、十分な温かさで、そのうち、眠気が襲うが、横になって寝ることも出来ず、何度も船を漕いでいた。
見るに見兼ねたテギョンが、ミナムの頭を自分の肩に寄り掛からせる。
シヌがこちらを見ていたが、視線を逸らし、何事もなかったように、テギョンは、目を閉じた。

そして、白々と夜が明けていく。

「おい、いつまで寝てんだ。早く、起きろ!」

テギョンに起こされ、驚いたミナムが目を覚ます。先ほどまで感じていた温かな体温が消え、急に寒さを感じ、ミナムは、辺りを見回すが、すでに、誰もいなかった。

また、砂漠の上を歩いていくと、大分、オアシスだった場所へと近づいてきたのか、周りの景色が変わってきていた。樹木が増え、砂地が濡れていたことがあり、所々に、砂の塊が出来ている。

「まさか、この砂の塊が、「砂漠の花」なのか?」

その、砂の塊こそ、砂漠に咲く「砂漠の花」だった。

ミナムが、「砂漠の花」を手にして、ホッとしたように息を吐いた。

「ほらな、ちゃんと見つけただろ?」

ニッコリと目尻を下げながら、自慢げにテギョンが笑ってみせる。

初めて見せるテギョンの天真爛漫な笑顔に、ミナムの胸は、またキュンと痛んだ。

“なんで、こんなにも胸が痛むのかしら・・・”

ミナムが、早まる鼓動を落ち着かせるように、深く深呼吸をしながら、胸に手を当てている。

「良かったね、ミナム。あと残す国は、『フォンセ』だけだね。」

そんなミナムの肩を、シヌが優しく叩く。
ミナムは、ニッコリと嬉しそうに笑ってみせるが、同時に、淋しくなるのを感じる。

「花」が見つかるのと同時に、旅の終わりは、着実に近づいていたのだ。





★★★★














「VOYAGE」*5*

「ネージュ(雪の国)」





気候暖かな「ヴェント(風の国)」の次にたどり着いた国「ネージュ(雪の国)」では、一気に極寒の寒さに襲われる。

「クシュン」

薄着のままだったミナムがクシャミをしている。

「ミナム、そんな格好じゃ、風邪をひくよ。オレので良かったら、使って」

シヌが、ミナムの肩に上着を掛ける。

「シヌさん、ありがとうございます」

「ミナム、オレのマフラーと、あと、ブーツ見つけてきたよ。さぁ、使って。」

「ジェルミ、ありがとう」

人懐っこい笑顔で、ジェルミが、ミナムの首に、派手なピンク色の長いマフラーをグルグルと巻きつけている。
一緒に、旅をしていくなかで、ミナムは、同い年でもあるジェルミとも打ち解けることができた。

「行くぞ」

ふたりが揃えてくれた防寒服に着替えたミナムの横を通り過ぎるテギョンは、なぜか、口を尖らし、不機嫌だった。

「はい」

ミナムは、急いで、テギョンの後を追いかける。

「こんな雪しかないような国に、呪いを解く「花」なんかあるのか?」

テギョンにとっても、「ネージュ」は初めて訪れた国だった。何処を見ても、視界に広がるのは、白銀の世界だった。

「あの、テギョンさんは、どうぞ、お構い無く、暖かい船内にいてください。」

防寒服を着ていても寒いのか、ガタガタ寒そう震えているテギョンに、ミナムは心配そうな目を向ける。

「別に行かないとは、言ってない。」

「ありがとうございます。」

エヘヘと嬉しそうに笑うミナムに、テギョンは、片方の口角をあげた。

一行は、『花』の手懸かりを探すため、冷たい風が吹き抜ける雪道を歩いていく。

「あれ?」

突然、ミナムが立ち止まった。

「ミナム、どうしたの?」

怪訝そうにジェルミが聞く。

「ちょっと・・・ごめんなさい。」

ミナムは、そのまま、どんどんと深くなる雪に躓きながら、懸命に突き進んでいく。

「・・・お母様??」

ミナムが、突然、母の名を呼びはじめた。

「おい!!ミナム、何処に行く!早く、戻れ!!」

ミナムの耳には、テギョンの声は聞こえていない。
テギョンは、急いで、ミナムを追い掛ける。

「なんで、ミナムは、死んだはずの母親を呼んでいるの?こんな吹雪の中、誰ひとりいないのに・・・」

シヌとジェルミだけが取り残されてしまう。

「きっと、氷の女王だ。」

「氷の女王?」

「何かの文献で読んだことがあるんだ。氷の女王の冷たい心は、常に愛に飢えてる。
氷の女王は、人間を見つけると、その人間(ひと)の愛していた人物へと姿を変える。
そして、人間に、自分を追い掛けさせるため、その人間に幻影を魅せる。
人間の生命さえも脅かす危険な存在。」

「それじゃ、ミナムの生命が危険じゃないの!?」

「あぁ、でも、これ以上、近付くと危険だよ。風が強くなってきた。
ジェルミ、ミナムのことは、テギョンに任せて、オレ達は、一旦、船に戻ろう。テギョンがいれば、ミナムは、きっと、大丈夫だよ。」

「シヌヒョンが言うなら、ふたりとも、きっと、大丈夫だね」

ジェルミが安堵の表情を浮かべる。

その頃、ミナムが、猛吹雪のなかを、泣きながら、必死に、母の姿をした氷の女王を追いかけている。

「お母様、待って!!お願い、お母様、行かないで・・・」

「ミナム!!何処だ!?」

テギョンも、必死に、ミナムに追いつこうとしている。

やっと、氷の女王が立ち止まる。

「お母様・・・会いたかった・・・」

優しく微笑む母が、ミナムに手を差し出す。ミナムが、一歩、一歩、手を伸ばしながら、母へと近づいていく。

「ミナム!!ダメだ!行くな!!」

テギョンが、間一髪で、ミナムの手を引き寄せた。
反動で、雪の中に倒れるミナム。

「テギョンさん!?どうして?此処に?」

「アイツに、幻影を魅せられていたんだ」

優しく微笑む母の顔が崩れていき、透き通るように真っ白な肌をした綺麗な顔が現れる。

「あともう少しだったのに・・・」

「あ、貴女は・・・?」

「私の名は、ヒヨナ。
そなたの心が欲しかった。私の氷の心は満たされることはない愛に飢えている。私は・・愛されたい・・・」

「そうだったのですね。」

ミナムは、ひんやりと冷たいヒヨナの手を握った。
まるで、氷を握っているような感覚だった。それでも、ミナムは手を離すことはない。

「私の心を差し上げることは出来ませんが・・・少しでも、お母様に会わせていただいて、ありがとうございました。
私のお母様は、愛に満ち溢れ、私たちにたくさんの愛を与えてくれました。そして、お母様が、私たちによくしてくださったことがあります。」

ミナムは、氷のように冷たいヒヨナを抱き締めた。
ミナムの身体の体温が一気に下がり、ガタガタと悪寒で、身体が震えているが、それでも、ミナムは、身体を離さなかった。

「・・・心優しき人間の子どもよ、そなたの愛を、確かに受け取った。ありがとう。 」

ヒヨナは、微かな笑みを残しながら消えていく。

ホッとしたような笑みをみせたミナムが、その場で崩れ落ちた。

「おい!ミナム!!しっかりしろ!!」

テギョンは、慌てて、ミナムを抱き止めた。ミナムの身体は、まるで氷のように冷たくなっていることに驚く。

「おい!!ミナム!ミナム!?」

テギョンは、ぐったりとしたミナムを抱き上げ、近くにあった山小屋に入っていく。暖炉があることを確認したテギョンは、急いで、暖房に火をつけた。ミナムの身体を暖めるために抱き締め、ミナムの身体を擦り続けた。

徐々に小屋の中が暖まっていくのを感じる。
冷たかったミナムの身体が体温を取り戻しはじめ、ミナムの頬に赤みが戻ったのを確認したテギョンは、ホッとしたように、深い息を吐いた。
スースーと寝息を立てるミナムに、テギョンがクスリと笑う。

「子どもみたいな寝顔して、王女の品格ゼロだな。」

テギョンが、眠るミナムの柔らかな頬をつねる。
無防備なミナムの寝顔に、テギョンの心が満たされるように暖かくなるのを感じていた。
テギョンが、眠そうに欠伸をした。

“きっと、夜が明ければ、シヌが、自分たちを探しだしてくれるはずだ。”

テギョンも、身体を寄せあうようにして、ミナムの隣で眠りに就いた。


翌朝、ミナムが目を覚ますと、隣で眠るテギョンの姿に驚いて、声をあげそうになった。慌てて、口元を手で覆い、テギョンの寝顔を見つめる。

“テギョンさんて、寝ているときは、とっても優しそうに見えるんですね・・・
別に、普段のテギョンさんが意地悪に見えるとか恐いとか、そういうわけではないのですよ。最初にお会いしたときは、そう思ったりもしましたけど・・・
でも、この旅では、いつも、テギョンさんに助けられてばかりです。

私は、貴方様に、一体、何を差し上げることが出来るのでしょうか・・・”

テギョンが目を覚ますと、まじまじと自分を見ていたミナムと視線がぶつかる。

「元気になったみたいだな」

テギョンは、ミナムの髪をグシャグシャにすると、安堵の笑みをみせる。
初めてみせた、テギョンの優しいその笑みに、ミナムの胸がキュンと高鳴った。

一度も恋をしたことがないミナムにとって、その胸の高鳴りの意味も知る由もなく、ただ胸に手をあて、不思議そうに首を傾げた。

「何をしてるんだ?早く、船に戻るぞ。」

テギョンが山小屋の外に出ると、目の前に広がる光景に驚いた。

「おい、ミナム、外見てみろ!」

その光景を見たミナムも、驚きで目を丸くしている。

昨日まではひとつも咲いていなかった、キラキラとクリスタルのように輝く『雪の花』が、一面に咲いていた。

「きっと、ヒヨナさんが咲かせてくれたんですね。
ヒヨナさん…貴女の暖かな愛も、確かに、いただきしました。」

ミナムは、ヒヨナに感謝するように、大事に『雪の花』を摘み取った。







★★★★

「VOYAGE」*4*


「ヴェント(風の国)」




「フェーゴ(火の国)」の次にたどり着いた国は、優しく暖かな風が吹き抜ける「ヴェント(風の国)」


「うわぁ、気持ちいい風・・・。それに、なんだろ?なんか、懐かしいな、この国の匂い。」

甲板に出たミナムの短い髪を、風が優しく揺らす。

「大きな船が着岸したと聞きましたが、貴方達でしたか・・・」

白馬に跨がった『ヴェント王国』のドンジュン皇子の姿があった。

「ドンジュン皇子、こんにちは」

ジェルミが、親しげに、ドンジュン皇子に手を振るが、ドンジュン皇子の視線は、ひとりの船乗りに注がれている。

「あれ?キミは、「ルーナ王国」のミナムじゃないか?」

「ん?」

「やっぱり!ミナムだ!久しぶりだな。僕のこと、覚えてるか?まだ、キミの父君と母君がご存命だった頃、妹のミニョ姫と遊んだことあったよな・・・」

「あっ!?ドンジュン!!」

やっと思い出したミナムが、ドンジュン皇子の元に駆け寄ると、思わぬ再会に興奮したドンジュン皇子が、いきなり、ミナムを抱き締めた。

「えぇぇぇぇぇ!!??
あの、どんくさい新入りのアイツが、『ルーナ王国』のミナム皇子!?
全然、見えないんだけど…てか、どっちかというと、オレの方がキラキラの王子様っぽくない…?」

事情を知らなかったジェルミが、頬に手を宛ながら驚いている。

「ド、ド、ドンジュン!?」

突然の抱擁に、驚いて、オロオロしているミナム。

「ドンジュン皇子、このままだと、ミナム皇子が窒息してしまいますよ。」

見るに見兼ねて、コホンと咳払いをしたテギョンが、ドンジュン皇子からミナムを引き離した。

「あぁ、すまない。つい、興奮しちゃって…大丈夫か?ミナム?」

「あ、あ、うん、大丈夫だ。」

「でも、どうして、劇場艇「ルーチェ」に、ミナムが乗ってるんだ?」

「あぁ、ちょっと探し物していて。その手伝いを彼らに頼んでいるだ。」

「そうなんだ。で、ミナムは何を探しているんだい?」

「この国に、呪いを解く『花』はない?」

「あぁ、『風の花』のこと。それなら、昔、僕たちが遊んだ、草原にあるから案内するよ。」

ミナムの手を握るドンジュン皇子。

「あぁ、すまない。ミナム、ミニョにそっくりだから。昔のクセで、ついね。」

はにかむような笑顔を見せるドンジュン皇子。ミナムも、ちょっとだけ頬を紅く染める。

「おい、そんなアホ面していると、ドンジュン皇子に、正体がバレるぞ。
別にバレてしまっても、王子様が助けてくれるから、問題はないか?」

ボソッと嫌味をいうテギョンに、ミナムは、顔を引き締めた。

「ドンジュン皇子にも、この国にも、今は、ご迷惑とご心配をかけることは出来ません。
兄が目覚めたあと、兄の手助けをしていただくように、協力をお願いしたいのです。兄とドンジュン皇子は、仲が良かったですから、素敵な絆が出来るでしょう…
だから、貴方様には、ご迷惑をおかけしますが、このまま、お世話になります。」

床にバケツの水を溢し、その水で滑って転んだり、皿洗いのときに、大量の皿を割ったりと、普段は、どんくさいミナムが、たまに王女の品格をみせる。凛とした口調とその眼差しに、テギョンは驚かせられてしまう。
そして、最後に、照れたようにふんわりとニッコリ笑うミナム。

なんとなく、胸がざわめくのを感じ、テギョンは、顔をしかめた。

馬車で、目的地である草原に着いたミナムたち。

「ミナム、こっち。」

草原に風が吹き抜ける。
緑の爽やかな匂いに、ミナムがニッコリ笑った。

“懐かしいと感じたのは、この匂いだったのね・・・”

「よく、3人で遊びにきたね。「風の花」は歌が好きなんだ。よくミニョが歌うと、風で花びらが舞っていただろ?あれが、『風の花』だよ」

ミナムが納得したように頷いた。

妃である母がよく、自分たちに子守り歌を聴かせてくれた。
優しく澄んだ美しい声だった。
ミナムは、母の声を思い出すように歌いはじめる。
純真無垢の澄んだ美しいその歌声は、母にそっくりだった。ミナムが歌うと、風に吹かれていた、花びらが宙を踊るように舞いはじめる。

「うわぁ、スゴイ!!」

幻想的な光景に、ジェルミが感嘆の声をあげた。
花びらが美しく舞うなかで歌うミナムは、本当に美しく見え、誰もが、ミナムに見惚れていた。

“ミナム皇子は、男なのに、なんで、キレイに見えるの…えっ…オレの目、おかしくなっちゃった??”

ジェルミは戸惑い、シヌは、目を閉じながら、その歌声に耳を澄ました。
テギョンも、『フェーゴ』で観たヘイの情熱的なダンスよりも、花が舞い散る幻想的な光景のなかで歌っているミナムの姿の方が、いつまでも観ていたいという気分にさせていた。

歌が終わり、舞っていた花びらが、ミナムの掌にヒラヒラ落ちていく。

「すごいよ、ミナム、鳥肌立っちゃった。今度、一緒にミュージカルやらない?」

親指を立てながら、ジェルミが駆け寄る。

「ジェルミ、それは無理だよ。ミナムは、皇子なんだから、旅が終わったら、「ルーナ王国」に帰らなきゃいけないんだよ。」

シヌは、「風の花」を入れるための瓶を持ちながら、ミナムに近寄る。

「ミナム、この中に」

ミナムは、掌にいっぱい溜まった「風の花」を瓶の中に入れた。

“そう、旅が終わったら、ミナムは、自分の国へと帰るのだ…
そして、彼女は、世界を彷徨する自分たち海賊とは身分が全く違う、一国の王女なのだ。”

そう思うと、テギョンの心は、重苦しくなっていた。


「風の花」を手に入れたミナムは、港で、ドンジュン皇子と別れの挨拶をしていた。

「もう行くのかい?」

「うん、ありがとう、ドンジュン」

手を差し出すミナムに、ドンジュン皇子がミナムの手を引き寄せ、抱き締めた。

「ミナム、今度は、“ミニョ”とふたりで遊びにおいで。待ってるから。」

「ドンジュン?」

“キミは、本当は、“ミニョ”なんだね?歌声を聴いたときにわかったんだ。昔、聴いたあの歌声と全く変わってなかったからね。ミナムに、一体、何があったか、知らないけど、僕はキミたちの味方だからね。困ったら、いつでも言ってね。すぐに、協力に向かうから。”

こっそり、ドンジュン皇子が、ミナムの耳元で囁くと、すぐに身体を離した。

「じゃ、気をつけて、旅をするんだよ、ミナム。」

「うん、本当にありがとう。またね。ドンジュン」

ミナムが大きく手を振ると、ドンジュン皇子も、大きく手を振り返した。

どんどんと小さくなるドンジュン皇子の姿に、ミナムは堪らず、零れる涙を拭った。

「なんだ?ドンジュン皇子との別れが、そんなに淋しいのか?」

涙を流しているミナムに、優しくすることも出来ず、からかってしまうテギョン。

「なんでも、ないです」

ミナムは、また、頬に落ちる涙を拭った。

「あっ・・・」

突然、テギョンが、乱暴にミナムの栗色の髪を手でグシャグシャにした。

「な、何、するんですか!?」

ミナムは、手櫛で乱れた髪を治した。

「か、髪に、花がついていたから。」

何故か、そっぽを向いているテギョン。

「そうなんですか、ありがとうございます。」

本当に花がついていたか、どうかでは定かではないが、ミナムの涙は、驚きで引っ込んでいた。

優しく心地いい風に吹かれながら、劇場艇「ルーチェ」は次なる国へと向かう。






★★★★