「VOYAGE」*4*
「ヴェント(風の国)」
「フェーゴ(火の国)」の次にたどり着いた国は、優しく暖かな風が吹き抜ける「ヴェント(風の国)」
「うわぁ、気持ちいい風・・・。それに、なんだろ?なんか、懐かしいな、この国の匂い。」
甲板に出たミナムの短い髪を、風が優しく揺らす。
「大きな船が着岸したと聞きましたが、貴方達でしたか・・・」
白馬に跨がった『ヴェント王国』のドンジュン皇子の姿があった。
「ドンジュン皇子、こんにちは」
ジェルミが、親しげに、ドンジュン皇子に手を振るが、ドンジュン皇子の視線は、ひとりの船乗りに注がれている。
「あれ?キミは、「ルーナ王国」のミナムじゃないか?」
「ん?」
「やっぱり!ミナムだ!久しぶりだな。僕のこと、覚えてるか?まだ、キミの父君と母君がご存命だった頃、妹のミニョ姫と遊んだことあったよな・・・」
「あっ!?ドンジュン!!」
やっと思い出したミナムが、ドンジュン皇子の元に駆け寄ると、思わぬ再会に興奮したドンジュン皇子が、いきなり、ミナムを抱き締めた。
「えぇぇぇぇぇ!!??
あの、どんくさい新入りのアイツが、『ルーナ王国』のミナム皇子!?
全然、見えないんだけど…てか、どっちかというと、オレの方がキラキラの王子様っぽくない…?」
事情を知らなかったジェルミが、頬に手を宛ながら驚いている。
「ド、ド、ドンジュン!?」
突然の抱擁に、驚いて、オロオロしているミナム。
「ドンジュン皇子、このままだと、ミナム皇子が窒息してしまいますよ。」
見るに見兼ねて、コホンと咳払いをしたテギョンが、ドンジュン皇子からミナムを引き離した。
「あぁ、すまない。つい、興奮しちゃって…大丈夫か?ミナム?」
「あ、あ、うん、大丈夫だ。」
「でも、どうして、劇場艇「ルーチェ」に、ミナムが乗ってるんだ?」
「あぁ、ちょっと探し物していて。その手伝いを彼らに頼んでいるだ。」
「そうなんだ。で、ミナムは何を探しているんだい?」
「この国に、呪いを解く『花』はない?」
「あぁ、『風の花』のこと。それなら、昔、僕たちが遊んだ、草原にあるから案内するよ。」
ミナムの手を握るドンジュン皇子。
「あぁ、すまない。ミナム、ミニョにそっくりだから。昔のクセで、ついね。」
はにかむような笑顔を見せるドンジュン皇子。ミナムも、ちょっとだけ頬を紅く染める。
「おい、そんなアホ面していると、ドンジュン皇子に、正体がバレるぞ。
別にバレてしまっても、王子様が助けてくれるから、問題はないか?」
ボソッと嫌味をいうテギョンに、ミナムは、顔を引き締めた。
「ドンジュン皇子にも、この国にも、今は、ご迷惑とご心配をかけることは出来ません。
兄が目覚めたあと、兄の手助けをしていただくように、協力をお願いしたいのです。兄とドンジュン皇子は、仲が良かったですから、素敵な絆が出来るでしょう…
だから、貴方様には、ご迷惑をおかけしますが、このまま、お世話になります。」
床にバケツの水を溢し、その水で滑って転んだり、皿洗いのときに、大量の皿を割ったりと、普段は、どんくさいミナムが、たまに王女の品格をみせる。凛とした口調とその眼差しに、テギョンは驚かせられてしまう。
そして、最後に、照れたようにふんわりとニッコリ笑うミナム。
なんとなく、胸がざわめくのを感じ、テギョンは、顔をしかめた。
馬車で、目的地である草原に着いたミナムたち。
「ミナム、こっち。」
草原に風が吹き抜ける。
緑の爽やかな匂いに、ミナムがニッコリ笑った。
“懐かしいと感じたのは、この匂いだったのね・・・”
「よく、3人で遊びにきたね。「風の花」は歌が好きなんだ。よくミニョが歌うと、風で花びらが舞っていただろ?あれが、『風の花』だよ」
ミナムが納得したように頷いた。
妃である母がよく、自分たちに子守り歌を聴かせてくれた。
優しく澄んだ美しい声だった。
ミナムは、母の声を思い出すように歌いはじめる。
純真無垢の澄んだ美しいその歌声は、母にそっくりだった。ミナムが歌うと、風に吹かれていた、花びらが宙を踊るように舞いはじめる。
「うわぁ、スゴイ!!」
幻想的な光景に、ジェルミが感嘆の声をあげた。
花びらが美しく舞うなかで歌うミナムは、本当に美しく見え、誰もが、ミナムに見惚れていた。
“ミナム皇子は、男なのに、なんで、キレイに見えるの…えっ…オレの目、おかしくなっちゃった??”
ジェルミは戸惑い、シヌは、目を閉じながら、その歌声に耳を澄ました。
テギョンも、『フェーゴ』で観たヘイの情熱的なダンスよりも、花が舞い散る幻想的な光景のなかで歌っているミナムの姿の方が、いつまでも観ていたいという気分にさせていた。
歌が終わり、舞っていた花びらが、ミナムの掌にヒラヒラ落ちていく。
「すごいよ、ミナム、鳥肌立っちゃった。今度、一緒にミュージカルやらない?」
親指を立てながら、ジェルミが駆け寄る。
「ジェルミ、それは無理だよ。ミナムは、皇子なんだから、旅が終わったら、「ルーナ王国」に帰らなきゃいけないんだよ。」
シヌは、「風の花」を入れるための瓶を持ちながら、ミナムに近寄る。
「ミナム、この中に」
ミナムは、掌にいっぱい溜まった「風の花」を瓶の中に入れた。
“そう、旅が終わったら、ミナムは、自分の国へと帰るのだ…
そして、彼女は、世界を彷徨する自分たち海賊とは身分が全く違う、一国の王女なのだ。”
そう思うと、テギョンの心は、重苦しくなっていた。
「風の花」を手に入れたミナムは、港で、ドンジュン皇子と別れの挨拶をしていた。
「もう行くのかい?」
「うん、ありがとう、ドンジュン」
手を差し出すミナムに、ドンジュン皇子がミナムの手を引き寄せ、抱き締めた。
「ミナム、今度は、“ミニョ”とふたりで遊びにおいで。待ってるから。」
「ドンジュン?」
“キミは、本当は、“ミニョ”なんだね?歌声を聴いたときにわかったんだ。昔、聴いたあの歌声と全く変わってなかったからね。ミナムに、一体、何があったか、知らないけど、僕はキミたちの味方だからね。困ったら、いつでも言ってね。すぐに、協力に向かうから。”
こっそり、ドンジュン皇子が、ミナムの耳元で囁くと、すぐに身体を離した。
「じゃ、気をつけて、旅をするんだよ、ミナム。」
「うん、本当にありがとう。またね。ドンジュン」
ミナムが大きく手を振ると、ドンジュン皇子も、大きく手を振り返した。
どんどんと小さくなるドンジュン皇子の姿に、ミナムは堪らず、零れる涙を拭った。
「なんだ?ドンジュン皇子との別れが、そんなに淋しいのか?」
涙を流しているミナムに、優しくすることも出来ず、からかってしまうテギョン。
「なんでも、ないです」
ミナムは、また、頬に落ちる涙を拭った。
「あっ・・・」
突然、テギョンが、乱暴にミナムの栗色の髪を手でグシャグシャにした。
「な、何、するんですか!?」
ミナムは、手櫛で乱れた髪を治した。
「か、髪に、花がついていたから。」
何故か、そっぽを向いているテギョン。
「そうなんですか、ありがとうございます。」
本当に花がついていたか、どうかでは定かではないが、ミナムの涙は、驚きで引っ込んでいた。
優しく心地いい風に吹かれながら、劇場艇「ルーチェ」は次なる国へと向かう。
★★★★