「VOYAGE」*3*


「フェーゴ(火の国)」





劇場艇「ルーチェ」の船長であるテギョンは、シヌに言われ、不承不承、ミニョ王女の乗船許可を出した。
劇場艇に乗り込んだミニョ王女は、身分と性別を隠すため、兄「ミナム」の名を借り、名乗ることになった。

劇場艇「ルーチェ」は、「ルーナ王国」を出航し、次なる国を目指していた。

船内で、「ミナム」は、テギョンとシヌに、これまでの事情を話した。

兄、ミナムが、何者かに命を狙われ、今、昏睡状態に陥ってしまっていること。

兄を助けるためには、各国にある「花」が必要であること。

その「花」を満月を迎えるまでに、集めだすこと。


シヌが古い地図を広げながら、指を差す。

「花…ね。この世界には、5つの国『フェーゴ』『ヴェント』『ネージュ』『シャーモー』『フォンセ』が存在している。その5つの国の何処かに花はあるはずだけど、ただ、俺たちも、まだ、すべての国には行ったことがないんだよ。今、向かっている国は、『フェーゴ』船乗りの男どもにとっては、楽園のような国だよ。」

「こんなデカイ船を、王女様のために、動かすんだ。もちろん、報酬は、たっぷりといただくから、そのつもりで。」

嫌味たっぷりにいうテギョンに、ミナムは困惑するしかない。

「うちの船長、コレクターなんだ。各国の秘宝を集めるのが趣味で、ミナムがしていた『指輪』も、そのひとつだったと思うんだよね。」

ミナムの耳元で、こっそりとシヌが話す。

「まあ、心配しなくても、大丈夫だよ。ああ見えて、人情味はあるはずだから。頑張れよ、ミナム」

肩を落とすミナムに、シヌは、トントンと肩を叩いた。


そして、最初にたどり着いた国が「フェーゴ」。

昼夜問わず、煌々と燃える真っ赤な炎が揺らめく、情熱の「火の国」である。
そして、船が着岸するや否や、船内にいた男達が、我先にと船の外へと飛び出す。
やっと、遅れて、船の外に出てきたミナムは外の光景に驚いた。そこは、女性しかいない、女性だけの国だったのだ。
船乗りたちは、すでに、女性たちに囲まれ、鼻の下を伸ばし、頬を弛めて、だらしない様をみせている。

そのなかでも、一際目立つ真っ赤なドレスを着た妖艶な美女が、劇場艇へと近付く。

「テギョン様、お待ちしておりましたわ。」

美女が、満面の笑みをみせる。

「久しぶりだな、ヘイ」

このヘイこそ、「フェーゴ」の女王様で、この国の中でも、最高級の美しさを持ち、更に、抜群のスタイルを誇り、スリットからは、長い美脚が覗いている。
テギョンが、恭しく、ヘイ女王の手の甲に挨拶をする。
劇団「ANJELL」の中でも最高の人気を誇るテギョンとヘイ女王が一緒に並んでいる姿は、溜め息が出てしまうほど、美男美女のお似合いのカップルのようだった。
しかし、テギョンにとっては、手の甲のキスの挨拶も、ただの社交辞令に過ぎないのだが、ヘイ女王にとっては、テギョンに好意を抱いていたので、周囲の羨望の眼差しは嫌いではなく、寧ろ、喜んでいた。

“あの方が、この国の女王様なのね、綺麗なヒトだなぁ…”

ヘイ女王の美しさは、ミナムでさえも素直に見惚れるが、ミナムは、今の自分の格好をみると、苦笑いを浮かべた。

「おい!ミナム、早くこっちに来い!!」

テギョンに呼ばれ、ミナムが慌てて、テギョンの元へ走っていく。

“誰よ…この子?見馴れない子ね。”

ヘイ女王は、テギョンとの仲を邪魔するように入ってきた、みすぼらしい格好をしているミナムを見ながら、不快そうな顔をした。

ボサボサの頭、身の丈に合わないブカブカのシャツ、そして、怯えるように自分を見つめる大きな真ん丸の瞳が、テギョンに好意を持つヘイ女王には、なんだか気に喰わないでいた。

「ヘイ、聞きたいことがあるんだが、この国に、呪いを解く『花』はあるのか?」

ヘイ女王の気を良くするために、然も親しげに、テギョンがヘイ女王の耳元で囁く。

「えぇ、『炎の花』のことですよね?ございますよ。」

その言葉に、一瞬、ミナムの瞳が嬉しそうに輝いた。

「その『炎の花』が欲しいのだが・・・」

「残念ながら、今すぐにはあげられませんの。『炎の花』は、夜にだけ咲く花。
今のような日中では、咲かせることができません。
そして、『炎の花』を咲かせるには、儀式が必要です。その儀式を行えるのは、『フェーゴ』の王家の血をひく者だけ。つまり、私だけしか、咲かすことが出来ないのです。」

「ヘイ、頼めるのか?」

「はい、もちろん。テギョン様の為なら・・・」

ヘイ女王は甘えるように、テギョンの肩にしなだれ掛かった。
ふたりの前に立っていたミナムは、居たたまれなくなったように、視線を宙に彷徨わせ、その場を離れると、ヘイ女王がほくそ笑んだ。

そして、夜が更け、儀式が執り行われる。
松明が置かれた「フェーゴ」の舞台に、露出度の高いセクシーな踊り子の衣装に着替えたヘイ女王が立つ。
「フェーゴ」に伝わる伝統的な音楽とともに、ヘイ女王が踊りはじめた。
妖艶な踊りに、男達は釘付けだ。
ヘイ女王が舞うたびに、松明の火の粉が舞い、蝶やハートなど、様々な形をみせる。その火の粉が、ヘイ女王の手の動きに合わせ、徐々にひとつの塊になる。最後に、ヘイ女王が息を吹き掛けると、そこには赤々と燃える「炎の花」が咲いていた。

「テギョン様、どうぞ。」

テギョンは、用意した瓶の中に『炎の花』を入れた。

「恩に切る。」

「『炎の花』は、別名『情熱の花』とも言われています。王家に伝わる伝統的な『求愛』の舞を踊ることにより、より強い『情熱』が生まれ、その『情熱』を与えることにより、『炎の花』を咲かせることが出来るのです。

今回、見事な花を咲かせることが出来たのは、きっと、テギョン様のおかげです。

テギョン様…私の気持ちを受け取ってはいただけませんか?

・・・そして、よろしければ、今日は、このまま、我が城で休んで行かれませんか?」

ヘイ女王が身体を密着させるように、テギョンに近付き、テギョンの手に触れるが、テギョンはスッと手を離した。

「ヘイ、前にも言ったよな?
お前の気持ちを受け取ることが出来ないと。
俺は、世界を旅する海賊だ。
ひとつの場所に身を置くつもりないし、伴侶をとるつもりもない。

悪いが、先を急がないといけないんだ。」

用が済んでしまえばどうでもいいテギョンは、そのまま立ち上がり、踵を返し、行ってしまう。

そして、名残惜しむことなく、劇場艇「ルーチェ」へと乗り込む。

「船長、出航は明日にしましょうよ」

船員たちは、名残惜しそうな顔をしている。

「早く、出航させろ。今すぐに出来なければ、二度と、陸へと這い上がれないように、重石をつけて、暗い海の底へと突き落としてやってもいいが・・・。」

「り、り、了解!」

テギョンの脅すような低い声に、船員たちは、慌てたように、船を動かす準備をはじめる。

そして、劇場艇「ルーチェ」は、次なる国へと目指した。





★★★★


「VOYAGE」*2*


「私を連れていって」




そして、また夜の帳が下り、真っ暗な夜空に、盛大な花火が鮮やかに飾る。

それは、劇団「ANJELL」の芝居が開幕する合図だった。

「レディース アーンド ジェントルマン!さぁ、お待たせしました!!!

劇団「ANJELL」の大人気芝居

『星になりたい』の上演でございます。

手に汗握る、決闘シーン・・・涙なしでは観られない、感動のシーン・・・

ロイヤルシートにご着席のミジャ女王様も観客の皆様も、さあ、ハンカチを手に、どうぞご覧くださいませ。」

舞台上に立ったジェルミが、深々とお辞儀をした。
そして、舞台の幕がゆっくりと上がる。

そして、主役のテギョンが登場する。

カリスマ性を感じさせるテギョンの佇まいに、観客たちは目を奪われる。
次々と展開していく芝居に、観客たちは、心さえも奪われていた。

芝居に夢中になっている観客の人波を掻き分けるように、劇場艇へと進む人影があった。
その人影こそ、まさか、この国の王女だということは、誰も思わないだろう・・・

ミニョ王女は、人波を掻き分け、息を切らせながら、なんとか、劇場艇『ルーチェ』へとたどり着いた。

船内へと入る梯子を見つけると、登っていく。
そして、船内へと入った途端、ひとりの男が立っていた。

「キミは、誰?」

侵入者に、ニッコリと微笑み、物腰柔らかな感じの声色だけど、目に見えない恐怖さえも感じ、ミニョは、身体を震わせ、恐怖で、顔を蒼白させた。
ミニョ王女は、一歩後に下がり、顔を隠すように、顔を俯かせるが、男は、一歩踏み出し、顔を覗きこむようにしている。

「そんなに怖がらないで。大丈夫、女の子には手を出さないから。

それに、そのフード姿は、見覚えがあるな・・・うーん、確か、ルーナ城で、うちの船長とぶつかった子だよね?
やっぱり、キミは、この国の王女様なの?」

ミニョ王女が顔を上げる。

「やっぱり、そうなんだね?」

確信を持ったような男の声。

「もうひとりの・・・」

「シヌ、誰と話してるんだ?」

シヌの声に被さるように、また威圧的な声が聞こえ、ミニョ王女は、また、顔を隠すように俯かせる。

「おい、まさか、侵入者なのか?シヌ、悠長なことしてないで、早く、海に落として、魚の餌にしろ!」

そこには、一度、出番が終わり、舞台から引っ込んできたテギョンだった。

「テギョン、悪いけど、いくら、船長命令でも、それは出来ないよ。この国の王女様に、そんなこと出来るわけないじゃないか・・・」

「この国の・・・王女?」

「そう・・・でしょ?王女様」

もう一度、シヌが、ミニョ王女を見ると、ミニョ王女は、決心したように、フードを取ってみせた。

海風で、ミニョ王女の長い髪が揺れている。

「許可なく、船に侵入してしまい、誠に申し訳ございませんでした。貴方様がおっしゃったとおり、私は、『ルーナ王国』の王女、ミニョと申します。

貴方様方にお願いがあって、此処に来ました。」

「・・・願いか・・・
・・・お前の願いを聞く前に、質問なんだが、お前、本当に王女なのか?
王女なら、王女の証があるだろ?
確か、この国には、太陽と月の石が埋め込まれたふたつの指輪があると聞く。」

「これのことでございましょうか?」

ミニョ王女は、胸元に光る、ふたつの指輪を見せた。
テギョンの口元がニヤリと歪む。

「で、王女様の願いは?」

「私を、この航海に、連れていってくださいませんか?」

「まぁ、いいだろ。ただし、条件がある。

ひとつ、その指輪を俺に渡せ

ふたつ、この船は、男しか乗せない

それが出来なければ、どうぞ、お引き取りくださいませ、王女様。」

テギョンが、意地悪そうに笑う。

“そんなこと、王女様には、出来るわけないだろ?”

フンと馬鹿にしたように鼻で笑うテギョンに、ミニョ王女は、意志のある凛とした真っ直ぐな眼差しで、テギョンを見据えていた。

ミニョ王女は、意を決したように、腰に携えていたナイフを取り出すと、バッサリとその場で長い髪を切り捨ててみせ、さらに、驚きで、目を見開いているテギョンに、ミニョは、指輪を差し出した。

「決まりだな、テギョン」

不機嫌そうに、口を尖らせるテギョンとは対照的に、シヌはニッコリと笑った。

「王女様、お見事でした。
どうぞ、仰せのままに・・・。」

シヌは、ミニョ王女に、敬意を見せるように、恭しく頭を下げてみせた。


こうして、ミニョ王女の旅がはじまった。



★★★★



「VOYAGE」*1*


「出逢い」



そして、長い夜が明け、劇場艇「ルーチェ」は、「ルーナ王国」に着岸した。
豪華な装飾がされた船が停泊したことにより、他国と交流のない「ルーナ王国」の国民にとって物珍しさがあり、アッという間に、人だかりが出来はじめ、港が騒がしくなる。

そんな中、意気揚々と船内から現れたジェルミ。

「ハ~イ!皆さん!劇場艇「ルーチェ」の到着だよ!!ボクは、劇団「ANJELL」のジェルミだよ!よろしくね。今夜、お芝居やるから、ぜひ、見に来てね。」

手に持っていた、たくさんのビラを船から降らせるように配りはじめる。


「船長、『ルーチェ王国』に到着しました」

船員が、船長室の扉を叩いた。

船長室には、豪華な装飾を施した椅子に腰かける船長のテギョンの姿があった。
長い脚を組み、ゆったりと優雅に腰かけている。

「さて、『ルーナ王国』の女王様にご挨拶にでも行くか・・・」

膝の上で組んでいた長い指を解くと、テギョンは立ち上がり、颯爽と、上着を掴んだ。

「シヌ、様子はどうだ?」

「大丈夫、問題ないよ。でも、やっぱり、前と違う感じはするね。」

「そうか、ジェルミは?」

「大はしゃぎしながら、先に、船から下りて行っちゃったよ。」

ジェルミは、すでに、城下町に向かっていってしまった。

「アイツは、ホントに、警戒心というのが、全然ないな・・・」

呆れたように溜め息を吐くテギョン。

「確かにね。でも、誰とでも仲良くなれるのが、彼のいいとこだと思うよ。さて、女王様にご挨拶しにいくんだろ。」

「あぁ・・・」

船から下りると、テギョンとシヌは、すでに、国の娘達に囲まれていた。黄色い歓声があがるが、ふたりは、何食わぬ顔で、颯爽と歩いている。

「きゃぁぁぁ!!!あのヒト、超カッコいい!!ねぇ、カッコいいよね?」

「ホントだぁ。あぁ、でも、私、横にいるヒトの方が好きかな?」

配られたビラを眺め、娘達が、ふたりの名前を叫びはじめる。

「「「「テギョン様!!」」」

「「「「シヌ様!!」」」」

ふたりの人気は、アッと言う間に、最高潮になっていた。

そして、ルーナ城にも、劇場艇「ルーチェ」の到着は知らされていた。

ミニョ王女は、一晩中、ミナム皇子を看病していたが、ミナム皇子の容態は、変わらないままだった。

“やっぱり、私が、行かないと・・・お兄ちゃんを助けないと!!
もう、大切なヒトを失いたくない・・・”

ミニョ王女は、決心を固めた力強い瞳で、ミナム皇子を見つめていた。

“大丈夫・・・お兄ちゃん・・・
私が、必ず、助けてみせるからね・・・”

ミニョ王女は、まるで、ミナム皇子を安心させるように、ニッコリと微笑むと、ミナム皇子の手をギュッと握った。

ミニョ王女は、もう一度、眠るミナム皇子の顔を見つめながら、部屋を出た。
自分の部屋に入り、身軽な格好に着替える。
そして、ミニョ王女は、幼い頃、両親に貰った小指に嵌めた指輪を外した。
お守り代わりだと渡された、月の石が埋め込まれた指輪である。
そして、ミニョ王女の手の中には、もうひとつの指輪があった。
太陽の石が埋め込まれた、ミナム皇子の指輪は、先ほど、ミナムの小指から外していたものだった。

「お父様、お母様、どうか・・・私たちをお守りください・・。」

ミニョ王女は、ふたつの指輪を、チェーンに通すと、首に掛けた。

顔がバレないようにすっぽりとフードを被ると、部屋の外に出た。

顔を俯かせながら、城内を走っていると、誰かにぶつかった。

「・・・ごめんなさい」

目の前で倒れた人間に、ミニョ王女は、思わず声を出して謝ってしまい、口を手で覆うと慌てたように立ち上がり、顔を俯かせながら、また足早に逃げていく。

「ッ・・・クソッ・・アイツは、誰だ!?無礼なヤツめ!!」

「テギョンヒョン、大丈夫?」

倒れたテギョンを心配するジェルミ。
シヌは、倒れたテギョンよりも、逃げていた王女の背中を見つめていた。

「シヌヒョン、どうしたの?気になることでもあった?」

「シヌ、何か感じたのか?」

「うーん、この城には、不穏な空気が流れてる。なんか、まがまがしい、なんか が・・・あまり長居しない方がいいかもね。」

「わかった、さっさと挨拶を済ませるか」

テギョン、シヌ、ジェルミは、謁見室に向かった。

「初めまして、ミジャ女王様。お呼びいただきまして、ありがとうございます。」

テギョンが、恭しく、ミジャ女王の手の甲にキスをすると、シヌとジェルミも、同じように、ミジャ女王の手の甲にキスをした。

「はぁぁぁ、なんて幸せなの。こんな若い男、しかも、イケメン達にキスされるなんて・・・」

ミジャ女王は、椅子から崩れ落ちるようにして、すっかり蕩けていた。

「それでは、今宵、お待ちしております。」

3人は、謁見室から出ると、一斉に、苦虫を噛み潰したよう顔をして、口元を拭った。

「はぁぁぁ・・・シヌヒョンがいったとおり、芝居が終わったら、早く、この国を出て、『フォンセ』に行こう・・・」

「ジェルミに、同感だ。あんなの屈辱でしかない。しかも、この城は、最悪なことしか起きない。」

眉を寄せ、不機嫌な顔をしているふたりをよそに、シヌは、首を傾げた。

“この国の双子の皇子と王女は何処にいるのだろう・・・姿を見なかったな・・・あれ?まさか、さっきの女の子が・・・王女? じゃあ、皇子は何処にいるんだ・・・”







★★★★