「VOYAGE」*9*


「光の力」




劇場艇「ルーチェ」は、真夜中に「ルーナ王国」に到着した。

国の名の由来でもある輝く美しい月が、黒い雲に覆われ、不穏な空気に包まれていた。

ミナムは、甲板から「ルーナ城」を見つめていた。緊張と不安でカタカタと震えてくる手を合わせ、兄の無事を祈っていた。

「ミナム、ここから先は気をつけて。オレ達が援護するけど、くれぐれも無茶はしないでね。」

シヌがミナムの肩に手を置きながら、ニッコリ優しく微笑んだ。
ミナムはコクンと深く頷いてみせる。

「大丈夫、キミはひとりじゃない。」

シヌが安心感を与えるように、ミナムの頭をクシャクシャに撫でた。

「行くぞ」

テギョンの声とともに、ミナムは意を決して、船を下りた。

「なんか、コワイくらいに静かだね。それに、なんか背中がザワザワするんだけど・・・」

ジェルミが寒そうに身体を縮ませる。
城下町は静寂に包まれ、空気は冷え冷えとしていた。

城下町を抜け、「ルーナ城」へと着いたとき、雷鳴が轟き、真っ黒の雲が「ルーナ城」を覆い隠した。

「お兄ちゃん!!」

居ても立ってもいられずミナムが走り出す。

「おい!ミナム!!チッ」

舌打ちをしたテギョンが、ミナムの後を追いかける。

ミナムは、息を切らしながら兄の部屋の扉を開いた。
ミニョは目にしたその光景に息を呑んだ。
家具が破壊され、壁は崩れ、窓ガラスも割れ、部屋が散乱していた。

「マ執事!?」

マ執事が床に倒れている。その横には、割れた丸眼鏡。

「ワン様!?」

白魔女のワンが壁に寄り掛かるようにぐったりとしている。
ミニョは、ワンの身体を揺すった。

「・・・ミナム様?」

「いいえ、ミニョです。
一体、何が・・・」

「・・・ミニョ様お帰りになられたのですね!!
ああ、良かった・・・ご無事で・・」

ワンが、心底ホッとしたような顔を見せる。

「ごめんなさい、ご心配をおかけしました。実は、『花』を見つけに・・・」

ミニョが、申し訳ない顔をする。

「なんだ、この部屋は?
一体、何が起きたんだ?」

テギョンたちがミナムの部屋に飛び込んでくる。

「・・・ミニョ様、この方たちは?」

「『花』を見つけるために協力してくださった劇場艇「ルーチェ」の皆様です。
それより、マ執事が・・・。」

「あぁ、大丈夫ですよ。気を失ってるだけですから。キムが、ミナム様を狙って、邪悪な闇魔法を仕掛けたのですが、光の力で魔法が跳ね返りまして、キムはその衝撃で消し飛んでしまいました。」

「魔法が跳ね返った?」

「はい、光の盾が、ミナム様を守ったようです。
ミニョ様とミナム様は、月と太陽の力によって、ふたつの光の力を宿しています。先代の国王は、月の力を宿していました。妃は、かつて「ソレーユ国」という名の国があり、その国の王女で、太陽の力を宿していました。そのふたりの間に産まれたのが、ミニョ様とミナム様です。
光は闇さえも覆すほど、強力な
力なのです。」

「だから、ミナムが、「フォンセ(闇の国)」に光を取り戻せたんだな。」

納得したように言うテギョンに、ワンはゆっくりと首を振った。

「ただ、太陽と月の指輪にもう一度、「星」の力を戻すには、「星」の力を宿した者が必要だと聞いています。
「星」は、光の道標ですから。」

「それより、ミナム皇子は?」

「まだ意識は戻っておられません。
ミナム様を助けましょう・・・
ミニョ様、旅の方たちも、お手伝い願いますか?
フニ、いつまで寝てんのよ!
あんたも、さっさと起きるのよ!!」

ワンは、容赦なく、マ執事の身体を蹴っている。

周りが騒々しくなっているのもわからないまま、ミナム皇子はベッドの上で寝ている。

「えっ!?ミナムがふたりいる。」

「見分けがつかないほど、本当にそっくりだ。」

ミニョと瓜二つの顔に驚く面々。

「顔はそっくりですが、性格は、全くの正反対ですよ。」

マ執事が、ワンに蹴られたお尻を擦っている。

「さて、皆様、「花」の瓶を手に持ってください。瓶の蓋は開けないでください。
先に、炎、雪、砂、風の蓋を開けてください。
星(ステラ)は、最後に。
もちろん、星の力を宿している貴方にお願いします。」

ジェルミ、シヌ、マ執事、ミニョが蓋を開ける。
「炎の花」がチリチリ燃え上がり、「雪の花」がキラキラとクリスタルのように輝き、「砂の花」は砂になり、砂嵐が舞う。「風の花」が風を呼び、全ての花びらが渦を巻く。
最後に、テギョンが、星(ステラ)の蓋を開けると、眩い光に包まれ、花びらがヒラヒラと舞い落ち、ミナムの身体へと落ちていく。
そして、光が流れ星のように、ミナムの身体に花と一緒に吸収されて消えていく。

「あとは、花たちとミナム様の光の力が呪いを解いていくはずです。
明日の満月の晩まで待ちましょう。」






★★★★

「VOYAGE」*8*



「十三夜」





劇場艇「ルーチェ」は、「ルーナ王国」を目指していた。

最後の船の旅、ミナムはひとり甲板に出て、月を眺めていた。

「ミナム、夜風は冷えるよ。中に入ったら。」

「あ…シヌさん。ありがとうございます。」

シヌが、ミナムの肩に厚手の毛布を掛ける。

「今宵は、十三夜だね。」

「十三夜?」

「そう、これからまさに満ちていく、縁起の良い月の名前なんだ。
この月に願えば、ミナムの願いも、きっと叶うよ。」

「そうなんですか…シヌさんは物知りなんですね…あっ、そう言えば、シヌさんって、ウィザード(魔術師)だったんですね。」

「あぁ、船長に聞いたんだね。眼の魔力しか残ってないから、魔法はほとんど使えないんだけどね。」

「そうなんですか…」

「これでも、オレは、キミたちよりも遥か長く生きているから。見た目は、テギョンと同じくらいに見えるけどね…。
オレが、最初に『ルーナ王国』を訪れたとき、国は祝福ムードで包まれていた。その日は、キミたちのご両親が結婚式を挙げた日だった。
実は、しばらくの間、「ルーナ王国」に仕えていたことがあったんだ。キミたちにも会ったことがあるんだよ。まだ、小さな赤ん坊のときに。
そして1年後、キミたちが生まれた。バルコニーに姿を現した国王と王妃が、キミたちを抱っこしてたんだ。今でも、国王と王妃の幸せそうな顔と、国民の嬉しそうな顔が忘れられないよ。
でも、久々に訪れたとき、禍々(まがまが)しい予感しかなかった。
皇子に呪いをかけたのは、どんな魔術師だったの?」

「キムという名の男です。」

「キムか…厄介な男だよ、そいつ。
テギョンの母国「ルーチェ」を暗闇へと変えた魔女…ファランと手を組んでた男だよ。」

「どうして、ミジャおば様が、そんな男と一緒に…」

「それは、俺にもわからない。
ただ、ファランは、もうこの世にいないはずだ。だけど、また、何故に…?」

「あ、兄は、大丈夫でしょうか?」

「大丈夫、オレも出来る限りの協力はするよ。」

シヌがミナムを励ますように優しく肩を抱いたところに、声が響く。

「心配するな。今、船のスピードを最大限に上げてる。明朝には『ルーナ王国』に着く」

船長らしく格好よく決めた直後、テギョンが大きなクシャミをすると、シヌは声を殺して笑っている。

“テギョン、ずっと、オレたちのこと見てたんだろ?”

シヌは、テギョンがいることを感知していた。
クスクス笑ってるシヌに、テギョンは口を尖らして睨んでる。

「テギョンさん、ありがとうございます。」

テギョンは咳払いをする。

「礼を言われる筋合いはない。お前には借りがあるんだ。」

「借りですか?」

「オレの大事な国に、もう一度、光を取り戻してくれた」

「それは…」

「とにかく、対価を貰いすぎたんだ。
そのまま、借りをつくるのは嫌いだ。
最後まで、お前の面倒に巻き込まれてやる。」

「ありがとうございます」

ミナムは、ニッコリと微笑むと、深々と頭を下げた。






★★★★


「VOYAGE」



「フォンセ(闇の国)」*7*






最後に着いた国は、暗闇と静寂に包まれた「フォンセ(闇の国)」だった。

当たり前のように空に浮かぶ月もなければ、星の輝きもない。
光さえなければ、隣に誰がいるのかもわからない、その暗闇は、孤独と恐怖さえも感じてしまう。
唯一、用意したランタンの小さな光だけが、暗闇にユラユラ揺れていた。

「真っ暗で、何も見えませんね。」

どこを照らしても、暗闇が続くだけだ。

「あの…テギョンさん、大丈夫ですか?」

いつも先陣を切って歩いているテギョンの歩調がいつもより遅い。
心なしか、顔色さえ悪く見えるテギョンに、ミナムが声をかけた。

「此処は、昔、光で溢れた『ルーチェ』と言う名の美しい国だった。
『ルーチェ国』の国王が病死し、妃だった魔女が、この国を暗闇に変えてしまった。俺たちは、故郷の名を船に付け、故郷だったこの国を捨てた。
俺たちは、この国をもう一度、光が溢れた美しい国に戻したかった。
途中、各国をひとり旅をしていたウィザードのシヌを仲間にした。
表向きは、劇団『ANJELL』として活躍をしながら、海賊として、各国の由緒ある宝を探しながら、この国を戻す方法があるのではないかと、思った。」

テギョンは、静かに過去を語る。
ミナムはただ黙って、テギョンの話に耳を傾けた。

「でも、何も見つからなかった。
最後に残された国が、『ルーナ王国』の太陽と月の指輪だった。」

テギョンは、ふたつの指輪をポケットから取りだし、掌においた。

「結局、俺が手にしても、何も起こらなかった。
だから、これは、お前に返すことにする。」

ミナムが、テギョンから指輪を受けとる。

「昔、お城にいた魔女の大おばあ様に聞いたことがあるのです。
まさか、本当の話だとは思っていなかったのですが・・・
この指輪は、光で溢れた美しい国で作られた指輪だと・・・。
指輪に埋められた石の元は、その国の星の欠片だと聞いています。星の欠片たちは、光を吸収しやすい物質で、太陽の指輪は、太陽の明るい光を浴びさせ、月明かりを浴びさせて作ったのが、月の指輪だと聞きます。
もし、大おばあ様の話が、本当のことであれば・・・」


“此の地の光が途絶えし 

此の地に闇が訪れし

集まれし、星の欠片たちよ

再び、此の地に光を灯さんことを・・・”


昔、魔女から聞いていた呪文を、ミナムが唱える。そして、ふたつの指輪を地面に落とした。

ふたつの指輪の石が粉々に砕けるのと同時に、眩いほどの光に包まれる。

「うわっ!?」「きゃっ!?」

突然の眩しい光にふたりは驚きの声をあげる。
粉々に砕けた石が、次から次へと真っ暗な空へと流れ星のように打ち上がっていく。

ヒュンヒュンと風を切る音に、先を歩いていたジェルミが驚いている。

「な、なに?何が起こってるの!?」

「ジェルミ、上だ、上を見ろ。」

上を見上げていたシヌが、ジェルミに声をかける。

「うわぁ・・・スゴイ!!」


数え切れないぐらいのたくさんの流れ星の数に、そこにいる全員が息を呑んだ。

「光だ。光を取り戻したんだ!!やったぁぁぁ~!!!」

感極まったジェルミがシヌに抱きついて喜んでいる。

ミナムの足元に落ちていた、流星の欠片をテギョンが拾う。
流星の欠片は、キラキラと輝きを放っている。

「『ステラ』
別名、「星の花」。これで、全ての花が揃ったな。」

テギョンがニッコリと微笑みながら、ミナムの掌に『ステラ』を握らせた。







★★★★