中村ただし オフィシャルブログ

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次世代政策研究会 会長 中村匡志

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平成廿九年の春の初めに

 

 大和心を詠める二首

 

   千早振る神代のまゝの心こそ我が日の本の基なりけれ

   詔承け謹むは敷島の大和の民の心ならまし

 

 紀元節の物語りまうけつゝ詠める一首

 

   言擧げをせでも傳はる國柄を言擧げすべき時ぞ來にける

 

                       匡志

 

 

【現代語訳】

 

平成29年の年頭にあたって

 

①大和心について詠んだ和歌二首

 

 ちはやぶる 神代のままの 心こそ 我が日の本の もといなりけれ

 

 (古事記上巻に描かれている神話の時代のままの日本人本来の心すなわち大和魂こそが、我が日本国の根幹をなしているのだなぁ)

 

 みことのり 承け謹むは しきしまの やまとの民の 心ならまし 

 

 (聖徳太子の十七条憲法の第三条に「承詔必謹」(詔を承けては必ず謹め)とある通り、天皇陛下のおことばを謹み畏れる心こそが、日本国民本来の心であるはずだが、このような心を忘れてしまったかのような発言が、特に保守派の中で見られるのは本当に悲しいことである。日本人本来の心を取り戻してほしいものである)

 

②紀元節にさいたま共済会館で行う講演の準備をしながら詠んだ和歌一首

 

 ことあげを せでも伝わる 国柄を ことあげすべき 時ぞ来にける

 

 (言葉で説明などしなくても自然なかたちで我が国に伝わってきた国柄というものを、言葉で理論的に説明しなければならない時代が来てしまったのだなぁ)


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前々回前回でドナルド・トランプ次期合衆国大統領の政策文書(「アメリカ人有権者とのドナルド・トランプの契約」(Donald Trump’s Contract with the American Voter))を丹念に見てきましたので、今回は、その分析に入りたいと思います。

 

まず結論から言うと、この政策文書は、⑴きわめて真面目で具体的であり、⑵共和党の王道を行くものであり、政策の端々(はしばし)に人間的な温かみが感じられるものであり、⑷体系性を有しているものである、ということができると思います。以下、敷衍します。

 

1 真摯性・具体性

第一に、この政策文書は非常に具体的です。私が実際にマニフェスト文書を丹念に読んでみて最初に受けた印象は、きわめて真面目で具体的な政策が並んでいるというものでした。制定すべき憲法改正や法律のコンセプトはきわめて明確で、その目的を達成するための手段もまた非常に明確です。正直申し上げてアメリカの事情は専門外なのでよく知りませんが、それでも、この国にはどういう問題があって、それに対してこの人がどういう処方箋を提示しているのかが、手に取るようによく分かります。目的と手段の牽連性はこの上なくストレートですから、当然効果は期待できると考えるのが自然でしょう。ここまで政策が熟しているのであれば、あとは或る程度有能な立法スタッフがいれば、2ヶ月後の大統領就任までにこれを法案化することは、さほど困難なことではないはずです。

 

したがって、前回も書いたように、これまでメディアが喧伝してきた「実現不能な狂言ばかり言っている」とか「具体的な政策の中身は何もない」といったイメージ操作の言論は(きつい言い方をすれば)嘘であり、今後のアメリカの政策分析にあたって、百害あって一利なしということです。我々は、この点を十分過ぎるくらいに認識しておく必要があります。

 

2 「小さな政府」

第二に、ここから内容に入っていきますが、この政策集は「小さな政府」という共和党の王道を行くものだということです。「小さな政府」というのは、古典的・本来的な意味での自由主義といってもよいと思いますが、要するに政府の役割を極力減らして、個人や企業の自由な経済活動を最大限に活かすことを主眼とする経済政策です。基本的に、減税規制緩和がその柱となります。

 

トランプ氏の政策文書は、基本的に表面が行政府の措置に関するもの、裏面が立法府の措置に関するもの、という構成になっていますが、まさに、立法府の措置のいの一番に掲げられているのが「中産階級の租税を軽減・簡素化する法律」です。

 

思いきった減税租税の簡素化により年4パーセントの経済成長と2500万人分以上の雇用創出を実現すべく練られた経済計画に、取引改革、規制緩和及びアメリカのエネルギー業界に対する制約の撤廃を組み合わせる。最大の減税は、中産階級のためのものである。子が2人の中産階級家庭は、35パーセントの減税を得られるだろう。現在の7段階の税率等級は3段階に削減し、同様に申告用紙も著しく簡素化するつもりだ。連邦法人最高税率は35パーセントから15パーセントに引下げ、数兆ドルに及ぶアメリカ企業の海外資金は、税率10パーセントで還流させることができるようにするつもりだ。

 

また、行政府の措置に関する表面にも、まさに次のような規制緩和政策が掲げられています。

 

「連邦において新たに1本の規制を設ける場合には、既存の規制を2本廃止しなければならない」という義務を課する。

 

さらに、「育児と高齢者介護の金銭負担を軽減する法律」には、次のような政策が掲げられています。

 

アメリカ人に対して育児と高齢者介護の租税控除を認め、雇用主が地場的な保育サーヴィスを提供するインセンティヴを与え、若年の扶養家族と老年の扶養家族の双方のための非課税の扶養家族支援預金口座を創設し、低収入家族の負担分を適正化する。

 

これらの政策が、減税と規制緩和を通じて「小さな政府」という共和党の基本思想を体現する政策であることは、明らかです。それ以外にも、「学校選択と教育機会の法律」や「オバマケア法の廃止・代替」といった政策は、政府の役割を小さくして国民の自由を尊重するという「小さな政府」の方向性そのものの政策です。

 

このように、トランプ氏の政策が共和党の王道を行くものである以上、今後、共和党の議員たちはこれらの政策の実現を支援していくと思います。

 

選挙戦中に共和党内で「反トランプ」の動きが出たのは、おそらく「トランプにくっついていると自分が落選しかねない」と考えた議員たちが相当数いたからです。しかし、今回の選挙で、トランプ氏は自分自身が大統領選挙に勝利しただけでなく、上院議員選挙も下院議員選挙もすべて勝利させました。つまり、今回の選挙で「トランプにくっついていると勝てる」ということが実証されたわけですから、政治の世界の論理としては、当然トランプ次期大統領の求心力は高まると考えるのが自然です。

 

したがって、今後、トランプ氏の求心力は共和党内で急速に高まっていくものと思われます。

 

3 人間的な温かみ

第三に、この政策集の端々には、人間的な温かみが感じられます。これは、「小さな政府」の政策を打ち出す場合にきわめて重要な点です。我が国では特に顕著ですが、「規制緩和」と聞くと条件反射のように「格差社会」を思い浮かべる方がいます。私はその主張には基本的に与しませんが、この主張が一定の真理を突いているのもまた事実であり、「小さな政府」を余り純粋な形で追求するといろいろと角が立ちます。ですから、「小さな政府」を追求する場合には「人間的な温かみ」で十分な丸みを帯びさせる必要があり、そうして初めて、「小さな政府」の政策は国民的に受容されうるものとなります。

 

例えば、先ほど挙げた「学校選択と教育機会の法律」の末尾には、「職業教育・技術教育を拡大し、二年制大学及び四年制大学をもっと金銭的に通いやすいものにする」という政策が掲げられています。また、「オバマケア法の廃止・代替」の末尾には、「我々としては、とりわけ救命薬の承認を迅速化させたい」という政策が掲げられています。その他、「不法移民をやめさせる法律」の末尾には、「求人がまずアメリカ人の労働者に最初に提供されるようにする」という政策が掲げられています。これらの政策からは、人間を大切にするトランプ氏の優しさと温かみが滲み出ており、これにより、真四角で角ばった「小さな政府」の政策の角が取れています。

 

さらに重要なのは、表面の冒頭に、次のような「ワシントンにおける汚職と特定利益癒着を一掃するための6つの措置」が掲げられていることです。

 

・第一に、連邦議会議員全員に任期の上限を課する憲法改正を発議する。

・第二に、連邦職員全員について新規雇用を停止し、空きポストを補充しないことで連邦の労働力を削減していく(軍・公安・公的医療を除く)。

・第三に、「連邦において新たに1本の規制を設ける場合には、既存の規制を2本廃止しなければならない」という義務を課する。

・第四に、ホワイトハウスと連邦議会の職員が公職を辞してから5年間はロビイストになることを禁止する。

・第五に、ホワイトハウスの職員が外国のためにロビー活動を行うことを生涯に亘って禁止する。

・第六に、外国のロビイストがアメリカの選挙のために資金を集めることを完全に禁止する。

 

これは内容的には、議会改革・行政改革・政治資金改革であり、我が国でよく言われる「身を切る改革」です。この「身を切る改革」というのは、国民の間に燻る不公平感を解消する効果があり、我が国では大阪維新の会が大々的に実行することで、大阪府内で大いに支持を伸ばしたことがよく知られています。私がかつての日本維新の会(現在の「日本維新の会」とは別)に参画した時の結党綱領である「維新八策」にも、参議院の廃止や衆議院議員の半減が掲げられており、その御蔭もあり日本維新の会は当時の国政で大きく伸長しました。そもそも我々日本人ですら、いわゆる慰安婦捏造問題を通じて、アメリカの政界には中国や韓国のロビイストが跋扈していること知っています。アメリカ国民がそういった事実を知らないはずがなく、トランプ氏も、上記のような「身を切る改革」をいの一番に掲げることにより、アメリカ国民の心を鷲摑みにしたのでしょう。

 

(なお、上記の政策には大統領自身の「身を切る改革」が含まれていませんが、大統領職はそもそも3選が禁止されている上、トランプ氏はヒラリー・クリントン氏の4分の1しか選挙資金を使っておらず、しかもクリントン氏と違ってかなりの自腹を切っています。)

 

結局のところ、政治というのは人心掌握術に他なりません。そういう意味で、政策もまた、人間としての温かみと優しさが滲み出ていて、人の心を摑むものである必要があります。実際、トランプ氏の演説を見ると、(言葉はきつくても)底知れぬ人間的な優しさと温かさが底流に流れているのを感じます。こういう点はクリントン氏と誠に対照的で、クリントン氏は文字通り「不徳の致すところ」で負けたように思います。

 

4 体系性

第四に、これは意外に思われるかもしれませんが、トランプ氏の政策構想は、全体としてよくまとまっていて、体系的な合理的一貫性を有している可能性があります。そのことを理解する際、巷間でよく言われる「米国第一主義」という政治的理念から出発すると、おそらく迷路に迷い込んでしまい、左翼がよくやる「差別主義」程度の月並な評価しかできなくなってしまうでしょう。私は、トランプ氏の政策構想の体系性を理解する際には、「リショアリング」という現実に起こっている経済現象から出発するのが正解だと考えます。

 

「リショアリング」(reshoring)というのは「オフショアリング」(offshoring)の反対概念です。かつて企業は安価な労働力を求めて中国をはじめとする外国に工場を移し、これを「オフショアリング」と呼んでいましたが、現在、まったく逆の流れが起きています。新興国での労働力が高騰してきたために「オフショアリング」が段々と経済的に見合わない行為となり、他方、技術革新により高性能のロボットが安価で手に入るようになるにつれ、ロボットを導入した自国生産のほうが経済的に有利になってきて、結論的に、企業の決断として自国に工場を戻す動きが出てきています。これが「リショアリング」です。

 

私の読んだドイツの経済雑誌『ヴィルトシャフツヴォッヘ』の記事によれば、実にアメリカの大企業の半数以上が、既に「リショアリング」を行い、または検討しているということでした(ボストンコンサルティングの調査だそうです)。老練なビジネスマンであるトランプ氏がこの事実を知らないはずがなく、氏は、この大きな経済の動きを読みきった上で、一見「狂言」の観すら呈する一連の政策を提示しているように思います。

 

図式的に言えば、かつての「オフショアリング」の世の中では、企業は、工場を国外に移転するとともに世界全体を市場にするのが一番儲かります。このため、「グローバリズム」が求められ、国内経済は空洞化します。これに対して、現代の「リショアリング」の世の中では、工場が国内に回帰し、販路も地場・国内中心となります。ですから、「グローバリズム」は不要となり、逆に「アンチグローバリズム」(保護主義)が勢いを盛り返します。

 

但し、「リショアリング」においてはロボット生産が主体となるため、単純労働者の雇用は創出されません。生産が国内に回帰するため雇用自体は劇的に回復しますが、創出される雇用は、主に、専門性・熟練性の高い技術者です。ですから、「リショアリング」の世の中においては、単純労働者の労働力がごっそり余剰労働力になります。

 

このような視点からトランプ氏の政策構想を見ると、どのように見えるでしょうか。一番ストレートなのが、裏面の「オフショアリングをやめさせる法律」です。

 

会社が労働者を解雇して他国に移転し、製品を非課税で合衆国に仕出す行為について、そのような行為をなすインセンティヴを失わせる関税率表を制定する。

 

今後の「リショアリング」の世の中では、「オフショアリング」はどんどん不要となりますから、この法律は時代の流れ(ヘーゲル流にいうと「世界精神」)に適合しています。

 

次に、表面の「アメリカ人労働者を保護する7つの行動」を見ると、次のように謳われています。

 

・第一に、私は、北米自由貿易協定(NAFTA)の再交渉を行い又は2205条による脱退を行う私の意図を表明するつもりである。

・第二に、私は、環太平洋パートナーシップ(TPP)からの我が国の脱退を表明するつもりである。

・第三に、私は、財務長官に対して、中国を通貨操縦国に分類するよう命ずるつもりである。

・第四に、私は、商務長官及び合衆国通商代表に対して、アメリカ人労働者に対して不公平な影響を与える一切の通商上の濫用を特定し、かつ、かかる濫用を直ちに終了させるためのアメリカ法上及び国際法上の一切の手段を用いるよう、命ずるつもりである。

・第五に、アメリカのエネルギー埋蔵(シェールを含む)、石油、天然ガス及びクリーンコールは50兆ドル相当の価値を有し雇用を創出するものであるが、私は、その生産に課せられている制約を取り除くつもりである。

・第六に、オバマ=クリントン・バリケードを取り除き、きわめて重要なエネルギーインフラ計画(米加キーストンパイプライン等)の進捗を許可する。

・第七に、国連気候変動プログラムへの数十億ドルの支払を撤回し、当該資金をアメリカの水インフラ及び環境インフラの補修に用いる。

 

NAFTAやTPPからの脱退が、「リショアリング」の世の中で盛んになるアンチグローバリズムの流れに乗ったものであることについては、特に説明は必要ないと思います。第三・第四の措置についても、要するに、アメリカの利益にならない限り、アメリカとして別にグローバリズムを続ける必要はないという姿勢の表れであると思います。特に、第四の措置は保護主義色が濃厚です。第七の措置も同じ方向性で捉えることは可能でしょう。(第五・第六の措置は若干毛色が違いますが、エネルギー産業を重視するこれまでの共和党の方向性に合致するものなのでしょう。)

 

トランプ氏の政策構想の本質は以上の通りですから、よく報じられている米墨国境に建設する「壁」についても、「差別主義」やナショナリズムの観点から見ると本質を見誤ります。そうではなく、先ほど述べた通り、「リショアリング」によって今後アメリカの産業の構造転換が進んでいきますが、その際、単純労働者についてはごっそり余剰労働者になってしまいます。そのことを見越して、国内に単純労働者がこれ以上増えないようにするための措置の一つが「壁」なのです。事実、「不法移民をやめさせる法律」には、次のように記されています。

 

メキシコが費用全額を合衆国に対して補塡するとの完全な了解のもとに、我が国の南側国境への壁の建設の資金を全額支出する。退去強制後の合衆国への不法再入国については2年以上の連邦懲役刑を必須とし、重罪による有罪判決、軽罪の累犯による有罪判決又は2回以上の退去強制があった者の合衆国への不法再入国については5年以上の連邦懲役刑を必須とする。査証法令についても改革を行い、オーバーステイ(不法滞留)に対する制裁を強化し、求人がまずアメリカ人の労働者に最初に提供されるようにする。

 

さらに、「治安と憲法の支配を回復するための5つの行動」には、不法移民の流入による国内の単純労働者の増加を抑制するとともに、国内に既にいる不法移民を削減する方策を掲げています。

 

・第三に、「聖域都市」(不法移民等が検挙されない都市)に対する連邦の資金提供はすべて撤廃する。

・第四に、200万人以上の刑事的な不法移民を我が国から除去するとともに、この者たちの帰国を受入れようとしない外国に対しては、査証発給を撤回する。

・第五に、素性検査を安全に行うことができないテロ傾向地域からの移民の受入れを停止する。我が国にやって来る人々の素性検査はすべて、「極端素性検査」だと思われたい。

 

おそらく、上述の措置をすべて実行しても、産業構造の転換に対応できるくらいに十分な数の単純労働者を削減することは難しいでしょう。そうすると失業者が増加し、国内の治安はさらに悪化します。驚いたことにトランプ氏は、この点についても先回りして手を打っています。すなわち、「市町村の治安を回復する法律」では、次の政策を掲げています。

 

暴力的犯罪に関する対策本部を立ち上げ、市町村警察の訓練と支援を行うプログラムへの資金投入を増強することにより、急増する犯罪、薬物及び暴力を削減する。連邦法執行機関及び連邦検察官が犯罪的なギャングを壊滅させ、暴力的な犯人を投監するためのリソースを増強する。

 

このように見てくると、トランプ氏の政策構想は、一つのストーリーを持った非常に体系的で理に叶った政策構想であると評価するのが妥当であるように思います。先見の明のある成功したビジネスマンであるトランプ氏の面目躍如という感じです。

 

余談ながら、私が起業したのは2005年の1月ですが、起業していきなりお客さんがやって来てくださるほど世の中は甘くなく、起業してからしばらくは、ビジネス書を片っ端から読んだり、成功したビジネスマンを手当たり次第に研究したりということをしていました。不動産王で大富豪のトランプさんは、その界隈では非常に有名な人ですから、何度となくお名前はお見かけしましたし、ビジネスマンとしてのドナルド&イヴァンカ親子を特集した映像を見たこともあり、トランプ親子には、先見の明のある成功したビジネスマンとしてかなりの好印象を抱いていました。

 

ところが、昨年あたりからトランプさんが大統領選予備選の候補としてあらためてクローズアップされてみると、その際のトランプさんのメディアでの紹介され方は、私の記憶の中のトランプさんとは似ても似つかないものでした。余りにも違うので、驚くとともに非常な違和感を感じました。しかし、ありがたいことに当時と違って仕事が目の回るように忙しく、また、EUと違ってアメリカは私の専門外の分野であり、さらに、ここ10年以上私は一貫して共和党支持(我が国の国益から見て民主党より共和党のほうがベターな選択肢であることは間違いない、という意味での共和党支持)で、結局誰が候補になっても共和党を応援することに変わりはありませんので、特に興味を持って調べることもしませんでした。

 

今回の調査を通じて、やはりトランプ氏が先見の明のある優れた人物であることを再確認するとともに、政策の底流に流れる優しく温かい人柄を感じることができ、私の中でようやくスッキリと整理がついて、とても晴れ晴れとした気持ちになりました。

 

と同時に、トランプ氏に対して支離滅裂なイメージ操作のバッシングを浴びせ続けた日米のマスコミには、激しい怒りを感じます。やはりマスコミの情報というのは、古今東西まったく当てにならないものだと、あらためて再確認した次第です。


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前回に引き続き、ドナルド・トランプ次期合衆国大統領の政策構想を先入観なく客観的に知るために、トランプ氏の選挙戦のマニフェスト文書である「アメリカ人有権者とのドナルド・トランプの契約」(Donald Trump’s Contract with the American Voter)の日本語訳を作成しました。

 

実際に全訳を終えてみると、メディアが作り出してきた「実現不能な狂言ばかり言っている」トランプ氏のイメージがいかに的外れなものであるかがよく分かりました。あらためて一次資料に当たることの大切さを認識した次第です。

 

今回は、後編として裏面の全訳を公開します。

 

◇ ◇ ◇

 

表面より続く)

 

私は、以下の広汎な立法措置を提出し、これらの立法措置が私の行政の最初の100日以内に可決されるよう、連邦議会と協働するつもりだ。

 

中産階級の租税を軽減・簡素化する法律

 

思いきった減税と租税の簡素化により年4パーセントの経済成長と2500万人分以上の雇用創出を実現すべく練られた経済計画に、取引改革、規制緩和及びアメリカのエネルギー業界に対する制約の撤廃を組み合わせる。最大の減税は、中産階級のためのものである。子が2人の中産階級家庭は、35パーセントの減税を得られるだろう。現在の7段階の税率等級は3段階に削減し、同様に申告用紙も著しく簡素化するつもりだ。連邦法人最高税率は35パーセントから15パーセントに引下げ、数兆ドルに及ぶアメリカ企業の海外資金は、税率10パーセントで還流させることができるようにするつもりだ。

 

 

オフショアリングをやめさせる法律

 

会社が労働者を解雇して他国に移転し、製品を非課税で合衆国に仕出す行為について、そのような行為をなすインセンティヴを失わせる関税率表を制定する。

 

 

アメリカのエネルギーとインフラの法律

 

官民パートナーシップに資金を投入するとともに、租税上のインセンティヴによって民間投資に梃子入れし、10年間に亘って1兆ドルがインフラ投資に向かうようにする。これは、歳入中立的な法律である。

 

 

学校選択と教育機会の法律

 

親がその子女を公立学校、私立学校、チャータースクール、マグネットスクール、宗教学校又は在宅教育のいずれに入れるかを選択する権利のために、教育予算を振り向ける。「共通核」(全国共通のカリキュラム)は廃止し、教育の監督は市町村の事項とする。職業教育・技術教育を拡大し、二年制大学及び四年制大学をもっと金銭的に通いやすいものにする。

 

 

オバマケア法の廃止・代替

 

オバマケアは完全に廃止し、「健康預金口座」、州境を跨ぐ健康保険の購入の可能化をその代替策とするとともに、メディケイド基金(民間保険未加入者のための公的医療基金)は州に管理させる。アメリカ食品医薬品局(FDA)の官僚主義も改革に含めるつもりだ。すなわち、承認を待っている医薬品が4000以上も存在しているが、我々としては、とりわけ救命薬の承認を迅速化させたい。

 

 

育児と高齢者介護の金銭負担を軽減する法律

 

アメリカ人に対して育児と高齢者介護の租税控除を認め、雇用主が地場的な保育サーヴィスを提供するインセンティヴを与え、若年の扶養家族と老年の扶養家族の双方のための非課税の扶養家族支援預金口座を創設し、低収入家族の負担分を適正化する。

 

 

不法移民をやめさせる法律

 

メキシコが費用全額を合衆国に対して補塡するとの完全な了解のもとに、我が国の南側国境への壁の建設の資金を全額支出する。退去強制後の合衆国への不法再入国については2年以上の連邦懲役刑を必須とし、重罪による有罪判決、軽罪の累犯による有罪判決又は2回以上の退去強制があった者の合衆国への不法再入国については5年以上の連邦懲役刑を必須とする。査証法令についても改革を行い、オーバーステイ(不法滞留)に対する制裁を強化し、求人がまずアメリカ人の労働者に最初に提供されるようにする。

 

 

市町村の治安を回復する法律

 

暴力的犯罪に関する対策本部を立ち上げ、市町村警察の訓練と支援を行うプログラムへの資金投入を増強することにより、急増する犯罪、薬物及び暴力を削減する。連邦法執行機関及び連邦検察官が犯罪的なギャングを壊滅させ、暴力的な犯人を投監するためのリソースを増強する。

 

 

国家安全保障を回復する法律

 

防衛費の連邦予算枠を撤廃し、軍事投資を拡大することにより、我が国軍を再建する。退役軍人については、その選択に従い、合衆国退役軍人省の公的治療を受け又は民間の医師にかかれるようにする。我が国の枢要なインフラをサイバー攻撃から保護する。移民については新たなスクリーニング手続を創設し、我が国への滞在を許可された者が我が国の国民と価値観を支援するよう保証する。

 

 

ワシントンにおける汚職を一掃する法律

 

泥沼からの排水を行い、特殊な利益が我が国の政治に対して与える汚職的な影響を削減するために、新たな倫理改革を法制化する。

 

 

我が国の経済に繁栄を回復し、我が国の市町村に治安を回復し、我が国の統治に正直さを回復するために、11月8日、アメリカ人は、この100日計画に投票するだろう。

 

以上が、貴殿への私の誓いである。

 

我々がこれらの諸政策を追求する場合には、我々は再び、「国民の、国民による、国民のための政府」を手にすることになるだろう。

 

原文:Donald Trump’s Contract with the American Voter


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アメリカ合衆国の大統領にドナルド・トランプ氏が当選し、合衆国の政策が大きく変化する可能性が高まりましたので、早速トランプ氏の政策を調査しています。

 

今回の選挙戦のマニフェスト文書として「アメリカ人有権者とのドナルド・トランプの契約」(Donald Trump’s Contract with the American Voter)という文書があります。これはコンパクトによくまとまっていて、トランプ氏の政策構想を知るのに非常に便利な文書ですが、残念ながら、メディアでの紹介はやや恣意的と感じられる側面があり、正確に把握するためには、やはり原文で全文に触れる必要があります。

 

既に全文について先行する抄訳が存在しているようですが(Gigazine「トランプ次期大統領がまとめた「アメリカを再びかつてのような偉大な国にするための100日プラン」」)、ところどころ誤訳が散見されますので、あらためて当方にて翻訳してみることにしました。(とはいえ、当方はドイツ語の職業翻訳家であり、英語は専門外のため、思わぬ箇所で誤訳があるかもしれませんので、ご注意ください。)

 

今回は、前編として表面の全訳を公開します。

 

 ◇ ◇ ◇

 

アメリカ人有権者とのドナルド・トランプの契約

 

以下は、アメリカを再び偉大にするための私の100日行動計画である。

これは、アメリカ人有権者と私自身の間の契約であり、正直さと責任感を回復し、ワシントンに変化をもたらすものである。

私の任期の第1日目に直ちに私の行政は以下の事項を追求するだろう:

 

ワシントンにおける汚職と特定利益癒着を一掃するための6つの措置:

・第一に、連邦議会議員全員に任期の上限を課する憲法改正を発議する。

・第二に、連邦職員全員について新規雇用を停止し、空きポストを補充しないことで連邦の労働力を削減していく(軍・公安・公的医療を除く)。

・第三に、「連邦において新たに1本の規制を設ける場合には、既存の規制を2本廃止しなければならない」という義務を課する。

・第四に、ホワイトハウスと連邦議会の職員が公職を辞してから5年間はロビイストになることを禁止する。

・第五に、ホワイトハウスの職員が外国のためにロビー活動を行うことを生涯に亘って禁止する。

・第六に、外国のロビイストがアメリカの選挙のために資金を集めることを完全に禁止する。

 

アメリカ人労働者を保護する7つの行動:

・第一に、私は、北米自由貿易協定(NAFTA)の再交渉を行い又は2205条による脱退を行う私の意図を表明するつもりである。

・第二に、私は、環太平洋パートナーシップ(TPP)からの我が国の脱退を表明するつもりである。

・第三に、私は、財務長官に対して、中国を通貨操縦国に分類するよう命ずるつもりである。

・第四に、私は、商務長官及び合衆国通商代表に対して、アメリカ人労働者に対して不公平な影響を与える一切の通商上の濫用を特定し、かつ、かかる濫用を直ちに終了させるためのアメリカ法上及び国際法上の一切の手段を用いるよう、命ずるつもりである。

・第五に、アメリカのエネルギー埋蔵(シェールを含む)、石油、天然ガス及びクリーンコールは50兆ドル相当の価値を有し雇用を創出するものであるが、私は、その生産に課せられている制約を取り除くつもりである。

・第六に、オバマ=クリントン・バリケードを取り除き、きわめて重要なエネルギーインフラ計画(米加キーストンパイプライン等)の進捗を許可する。

・第七に、国連気候変動プログラムへの数十億ドルの支払を撤回し、当該資金をアメリカの水インフラ及び環境インフラの補修に用いる。

 

治安と憲法の支配を回復するための5つの行動:

・第一に、オバマ大統領により発せられた一切の憲法違反の行政行為、覚書及び命令を撤回する。

・第二に、私のリストにある20名の判事(合衆国の憲法=国体を護持・防衛する意思のある者)の中から、連邦最高裁判所のスカリア判事の後任を選出する手続を開始する。

・第三に、「聖域都市」(不法移民等が検挙されない都市)に対する連邦の資金提供はすべて撤廃する。

・第四に、200万人以上の刑事的な不法移民を我が国から除去するとともに、この者たちの帰国を受入れようとしない外国に対しては、査証発給を撤回する。

・第五に、素性検査を安全に行うことができないテロ傾向地域からの移民の受入れを停止する。我が国にやって来る人々の素性検査はすべて、「極端素性検査」だと思われたい。

 

原文:Donald Trump’s Contract with the American Voter


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来たる12月12日(土)に開催されます次世代の党埼玉連絡所のイフコン・タウンミーティングでは、前衆議院議員である杉田水脈(みお)先生に「国際社会と日本の女性」のご講演をいただきます。杉田先生は、いわゆる慰安婦捏造問題の解明にあたって国会の内外で尽力された方であり、当日は、捏造によってアメリカでいじめに苦しんでいる子どもたちやそのお母さんたちに関するお話なども聴くことができると思います。まだお席はございますので、是非ご予約ください(お申し込みは下記画像の電話またはメールまで)。


それでは、今回も、私が日本会議久喜支部にてお話しさせていただいている憲法改正入門講義の内容を、掲載してまいりたいと思います。

第4回は、「《国体》と《憲法》~カール・シュミットの「具体的秩序」論」です。ごゆっくりとお楽しみください(以下は、実際にお話しした内容を、読みやすさ等の観点から編集したものです)。

◇ ◇ ◇


〈現在非公開〉

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来たる11月28日(土)に開催されます次世代の党埼玉連絡所のイフコン・タウンミーティングでは、自由主義史観研究会で副代表を務められた齋藤武夫先生に「聖徳太子の国づくりの大方針」のご講演をいただきます。

『教科書が教えない歴史』シリーズを覚えておられる方も多いかと思いますが、先生は、自由主義史観研究会の設立メンバーとしてこのシリーズの執筆をご担当されるとともに、小学校教諭として歴史教科書改革を推進されました。まだお席はありますので、是非ご予約ください(お申し込みは下記画像の電話またはメールまで)。

IFCON埼玉第2回



それでは、今回も、私が日本会議久喜支部にてお話しさせていただいている憲法改正入門講義の内容を、掲載してまいりたいと思います。

第3回は、「失われた《国体》を求めて」(A la recherche de la «Constitution» perdue)です。ごゆっくりとお楽しみください(以下は、実際にお話しした内容を、読みやすさ等の観点から編集したものです)。

◇ ◇ ◇


〈現在非公開〉

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開所式・中村匡志

お蔭様をもちまして、10月24日に開催いたしました次世代の党埼玉連絡所の開所式及びイフコン(タウンミーティング)は、50席全席が埋まる満員御礼の大盛会となりました。本当にどうもありがとうございました。

浜田和幸先生

参議院議員の浜田和幸先生も、飛び入りで駆けつけてくださいました。

小名木善行先生

小名木善行先生には、『古事記』の神武東征についての素晴らしいご講演をいただきました。神武天皇は東征の途上、五瀬命(いつせのみこと)とともに安芸に7年、備後に8年いらっしゃったわけですが、これは農業技術を教えておられたということで、我が国の国体は建国当時から変わっていないのだなぁとあらためて感慨を覚えました。この点については、後述の憲法改正入門講座をご参照ください。



ご著書にサインもいただきました。滑らかな筆で「明察功過」、「和と結ひ」、「忠義」、「修理固成」(しゅりこせい)と記していただきました。

第2回の埼玉イフコン・タウンミーティングは、11月28日(土)午後3時からです。『教科書が教えない歴史』シリーズで有名な自由主義史観研究会の設立メンバーとして歴史教科書改革を推進された齋藤武夫先生に、「聖徳太子の国づくりの大方針」のご講演をいただきます。是非お早めにご予約ください(お申し込みは下記画像の電話またはメールまで)。

IFCON埼玉第2回



それでは、今回も、私が日本会議久喜支部にてお話しさせていただいている憲法改正入門講義の内容を、掲載してまいりたいと思います。

第2回は、「グリムの自主憲法制定論」です。ごゆっくりとお楽しみください(以下は、実際にお話しした内容を、読みやすさ等の観点から編集したものです)。

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〈現在非公開〉

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明日の開所式、お蔭様で満席だそうです。「国会議員の先生のサプライズ飛び入りもあるかも」とも聞いています。たいへん素晴らしい盛会となりそうです。明日はどうぞよろしくお願いいたします。

さて、前回予告いたしました通り、今回から、私が日本会議久喜支部にてお話しさせていただいている憲法改正入門講義の内容を、順次掲載してまいりたいと思います。

第1回は、「本当は童話作家ではなかったグリム兄弟、と憲法の話」です。ごゆっくりとお楽しみください(以下は、実際にお話しした内容を、読みやすさ等の観点から編集したものです)。

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〈現在非公開〉

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たいへんご無沙汰しております。かなり久しぶりの投稿となってしまいましたことを、お詫び申し上げます。

ご存知の通り、昨年末の衆議院の解散・総選挙において我が次世代の党は大敗し、私が支部長をつとめていた埼玉十三支部も含め、埼玉県内の拠点はすべて消滅するという苦難の時期を過ごしました。しかし、この度、或る篤志家の方が、我が次世代の党のために無償でミーティングルームをご提供してくださることになり、党本部の「連絡所」として埼玉の拠点が復活することになりました。党員として、本当に喜ばしいことです。JR土呂駅(大宮からひと駅)の東口駅前の非常に便利な場所です。

今月24日の午後2時からは、IFCON(イフコン)ミーティングを兼ねた開所式が開催され、国史研究家の小名木善行先生に『古事記』についてのご講演をいただきます。もちろん、私も参加する予定でおります。先週土曜日の時点で、すでに50席中30席強は埋まっているそうですので、是非お早めにお申込みください(お申込み方法は上記画像参照)。

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さて、せっかくの久しぶりの投稿ですので、昨年末の総選挙から現在にかけての近況を、少しご報告させていただきたいと思います。

まずは、昨年の衆院選におきまして、有権者の皆さまから1万7254票もの多大なるご信託をいただきましたことに、あらためて心よりお礼を申し上げたいと思います。本当にどうもありがとうございました。

あの選挙の当日、東京新聞さんでは、

「次世代新人の中村匡志氏(37)は久喜や春日部、蓮田市内の五カ所で街頭演説をした後、猛烈な寒さのなか、最後は久喜駅前でマイクを握った。「最後の演説に際し、まずスタッフと支援者に心からお礼したい」と深々と頭を下げた後、自主憲法制定の必要性などを力強く訴え、「愛する日本のため命を懸けて働きます。次世代の党と中村を、よろしくお願いします」と拳を振り上げた。」(東京新聞平成26年12月14日

と報道してくださったようですが、この「まずスタッフと支援者に心からお礼したい」という言葉は、まさに心の底からこのときの気持ちが溢れ出たものでした。この選挙においては、「日の丸を高らかに掲げたい」とか、「我が国の伝統である《思いやり》の統治(=国体)の素晴らしさを演説で訴えたい」とか、「お仕事で疲れている皆さんがお休みになっている土日の早朝は住宅地で騒ぎ立てないようにしたい」とか、そういう私がイメージしてきた選挙戦を、まさにそのイメージ通りに行うことができました。それはやはり、スタッフの皆様のご理解がなければ、絶対にそういうことはできなかったのであり、そういう意味で、選挙戦を締めくくったあの瞬間には、何よりもまず、スタッフの皆様、そして、お手伝いや応援をしてくださった支援者の皆様への感謝の気持ちでいっぱいでした。

思い起こせば、人生で初めての選挙(平成24年)では、突然党本部からお電話をいただいて、ドイツから急遽帰国し、大阪で面接をして、そのまま選挙区が決まって公認発表、という本当に慌ただしい感じでしたので、まったくのゼロから12日間ですべてを準備して選挙戦を戦ったのでした。正直よく乗り切ったものだと思いますが、公示を迎えるまでの12日間は文字通りまったく寝る時間がなく、人間というのはこんなに何日も徹夜できるものなのかと自分でも驚いたものでした。

それに比べたら、昨年末の選挙戦は準備もしっかりとできましたし、党支部という小さいながらも熱い思いをもった同志たちの組織を基盤に選挙戦を戦えたわけです。また、ありがたいことに、埼玉県神社庁様よりご推薦をいただけたのをはじめ、さまざまな方々から陰に陽にさまざまなご支援・ご協力をいただくこともできました。さらに、党からいただいたご支援も本当に手厚いものでした。立派な出陣式もさせていただきました。報道でも、選挙期間に入る直前に埼玉新聞さんに一面カラー写真入りで私の話をほぼそのまま掲載していただくことができました。


中村匡志埼玉新聞一面


このように振り返ってみると、本当にこんな恵まれた選挙戦はなかったと心から思います。しかし、私の不徳により大敗北を喫し、得票率も9.6パーセントと、10パーセントをわずかに下回ってしまったため、法律の規定により、「供託金は全額没収、選挙費用については公費支給なし(全額自己負担)」という、まったく予想もしていなかった想定外の結果となりました。手厚いご支援をいただいた党に対しては、本当に申し訳ない気持ちでいっぱいでした。そして、私自身も、数百万単位で想定外の出費となったため、正直申し上げてかなり財務的なダメージは大きかったです。

そのような次第で、選挙終了後には直ちに党支部の事務所を引払い、フェイスブックで

「皆様、今回の選挙戦では多大なるご支援を賜りまして、誠にありがとうございました。心より感謝申し上げます。御蔭様で1万7254票(得票率9.6%)をいただきましたが、及びませんでした。力及ばず、本当に申し訳ございませんでした。

得票率が10%を下回ったため、600万円の供託金は全額没収となり、さらに、数百万円の選挙費用もすべて自己負担となりました(公費負担なし)。今後しばらくは、生業のお仕事に専念することといたします。

次世代の党も壊滅状態となりましたので、いずれにしましても政治活動のほうは一区切りつけなければならない時機が来たように思います。

これまで当方の政治活動に本当に多くのご支援を賜りまして、どうもありがとうございました。この2年間、素晴らしい出会いをたくさんいただき、本当に素晴らしい時間を過ごすことができました。皆様には、感謝の気持ちで一杯です。

今後とも、どうぞよろしくお願いいたします。」


と書き込みました。

私はもともと、平成24年当時、売国民主党政権のために我が日本国が危機に瀕しているのを目の当たりにし、居ても立ってもおれず、国のための捨て鉢となろうと決意して維新の会の公募に応募し、政治の世界に入りました。また、その選挙の結果、民主党政権から自民党政権に戻りましたが、私が物心のついたころから自民党政権というのは村山談話・河野談話をはじめとするさまざまな売国行為を働いてきましたので、自民党政権に戻ったからといって日本国の危機が解消するとは到底思えませんでした。ですから、私は引き続き日本を守るために国政への挑戦を希望し、当時の日本維新の会の支部長を拝命しました。

その後、私自身の政見の深まりや分党等の経緯があって、次世代の党の支部長となり、その支部長としての職責から昨年末の選挙にも出馬し、全力を尽くして戦ったわけですが、実際には、安倍政権は私の予想を遙かに超えてよくやってくれていて、我が国の危機はひとまず去ったといえる状況になったのです。そう考えると、私が国のための捨て鉢にならなければならない理由はもはやなくなったように思いました。

そういう次第で、私がもともと政治活動を志した理由も解消しましたので、もとのビジネスの世界に帰ることにし、爾来、善良な一公民として安穏と暮らしていました。

それからもう一つ、このような選択をした理由として、「家族を大切にしたい」という思いもありました。あの2年間のように、経済活動・政治活動・社会活動の3足の草鞋を履いていると、どうしても仕事ばかりで家には毎日深夜の帰宅、休日も家にはほとんどいないということになります。もちろん、こういう生活はそれはそれで張りがある素晴らしい生活なのですが、やっぱり見えないところで疲れは溜まっていきますし、何よりも寂しい思いをさせてしまう家族に大きな迷惑を掛けました。ですから、政治活動と社会活動には一度区切りをつけて、これまで迷惑をかけた分も含めて、何よりもこれまで支えてくれてきた家族に恩返しをする生活をしたいと考えていたのです。

そもそも、自分の人生を振り返ってみると、情けないことに、あまり家というものを大切にした記憶がないのです。しかし、次世代の党の支部長になって、日本の伝統に対する理解を深めていくにつれて、だんだんと「これではいけないな」と思うようになりました。「こういうふうに家族をないがしろにしているのは、人間として何か間違っているのではないか」、そういう風に思うようになったのです。人格的に尖っていたものが丸くなったと言っていいかもしれませんが、そういう風に思うようになった大きなきっかけは、明治天皇が公民としての徳目を宣示せられた「教育勅語」に親しんだことでした。すなわち、教育勅語には、

「父母ニ孝ニ兄弟ニ友ニ夫婦相和シ」

と、《家族を大切にする》という徳目が、他のどの徳目にも先行して、いの一番に掲げられているのです。つまり、自分が学業を修めて社会や国家のために尽くす(「學ヲ修メ業ヲ習ヒ以テ智能ヲ啓發シ德器ヲ成就シ進テ公益ヲ廣メ世務ヲ開キ常ニ國憲ヲ重シ國法ニ遵ヒ一旦緩急アレハ義勇公ニ奉シ以テ天壤無窮ノ皇運ヲ扶翼ス」)ことも勿論大切であるけれども、それは、まず《家族を大切にする》ということがきちんとできてからにしなさい、ということを教えてくれているのです。

そういえば、現在の我が国の元号である「平成」も、中国の漢代の歴史書である『史記』の「内平らかにして外成る」という言葉から採られたのでしたが、これも同様の趣旨のことを述べたものです。すなわち、『史記』の「五帝本紀第一(舜帝)」には、

「昔、〔…〕高辛氏(こうしんし)に才子八人あり。世、これを八元(はちげん)という。〔…〕舜、〔…〕八元を挙げ、五教を四方に布かしむ。父は義、母は慈、兄は友、弟は恭、子は孝。内平らかにして外成る」

とあり、これが「平成」の由来となったわけですが、これを私なりの解釈を加えつつ訳すと、

「昔、高辛という家には秀才が8人いて、これを「八元」と呼んだ。古代の聖王である舜は、この八元を登用し、5つの教えを天下に広めた。父は道義の心(正しさ)をもって接すること、母は慈悲の心(優しさ)をもって接すること、兄は友愛の心(思いやり)をもって接すること、弟は恭順の心(素直さ)を持って接すること、子は孝行の心(尊び)をもって接すること、これである。この教えが広まることにより、家の中が平和になり、そうなることで、社会が秩序をもつものになった」

ということになります。つまり、私たちが普段何気なく用いている「平成」という元号には、「国民が皆何よりもまず家族を大切にして、そうすることで社会が自然と良い社会になっていく、そんな時代になって欲しい」という深遠な思いが籠められているのです。

また、中国の春秋時代の古典である『大学』にも、

「物格(いた)りて后(のち)知至(きは)まる。知至まりて后意誠なり。意誠にして后心正し。心正しくして后身脩まる。身脩まりて后家斉(ととの)ふ。家斉ひて后国治まる。国治まりて后天下平かなり」

という有名な文句があります。後半部分は「修身斉家治国平天下」という熟語にもなっていますから、ご存知の方も多いでしょう。この言葉には、私は感ずるところがあって、支部の党員手帳にも採用したのですが、これは私の解釈によると、

「何が根本的に大切なのかということが分かれば、そこから自らの知識経験を体系化することができる。自らの知識経験を体系化することができれば、どんな事象に対しても一貫した態度をとることができる。どんな事象に対しても一貫した態度をとることができるようになれば、心を枉げずに正しく保つことができる。心を枉げずに正しく保つことができるようになれば、我が身を平安に保つことができる。我が身を平安に保てるようになれば、我が家をも平安に保つことができる。我が家を平安に保てるようになれば、我が国をも平安に保つことができる。我が国を平安に保てるようになれば、天下をも平安に保つことができる。」

ということなのです。つまり、これも要するに、「自分の家も満足に治めることができずに、国や天下を治めようとするのは、そもそも順番が間違っているよ」ということを教えてくれているのです。

そういう次第で、今年に入ってからは、ビジネスと家族中心の生活を送っています。これは理屈抜きに楽しい生活で、このような安らかな生活を送れることは、本当にありがたいことだと思っています。とりわけ、社会活動をお休みさせていただくにあたって、当方の状況を汲んで寛大なご理解とご海容を賜ったことにつきましては、関係者の皆様に心から感謝しております。財務的なダメージの回復という意味ではまだまだ道半ばではありますが、「斉家」という意味では或る程度目処がついてきた部分もあり、気力もだいぶ戻ってきました。

ちょうどそういう時期にあたり、最近、憲法学者たちが国民の生活を危機に陥れるようなかたちで暴走を始めたのを目の当たりにして、「この点で、いま自分が何もしなくてよいのだろうか」という忸怩たる思いを抱くようになりました。

というのも、実は、私が人生で最初に就いた職業は、憲法学の研究者なのです。そして、私が東大の法学部研究室で助手をしていた時の指導教官が、今回の暴走の狼煙を上げる役目を果たした、あの長谷部恭男先生なのです。そういう意味で、うまく表現できませんが、私としては、自責の念に似た感情(こういう言い方は先生に失礼かもしれませんが、かつての師匠が皆様にご迷惑をお掛けして申し訳ないという感情)と、国民のためには何とかあの暴走を止めなければならないという焦燥の念に駆られた、何とも言えないやるせない複雑な気持ちになりました。

私の見るところ、憲法学者というのはいわゆる《戦後レジーム》の最も強固な擁護者であって、しかも、現在の憲法学の中にはこの《戦後レジーム》を解除する機序がもはや全く働いていません。働いていないというより、むしろ《戦後レジーム》を強化する機序に満ち満ちている。だから、この《戦後レジーム》の洗脳を解除するためには、一旦憲法学というものを離れなければならないわけです。私はたまたまあの世界から抜け出し、その後政治の世界に入っていろいろな方の教えを受ける機会がありましたから、あの《戦後レジーム》の洗脳を解除することができました。だから、私はいまあらためて憲法学の文献を読み返してみても、ほとんど足をすくわれずに済むのですが、憲法学者というのは憲法学を仕事にしていますから、憲法学を一旦離れるなんてことは普通できないわけです。だから、知らず知らずのうちに《戦後レジーム》の底なし沼にどっぷり浸かって抜け出せなくなるわけです。

勿論、それでも、一部の慧眼の方々はおそらくこの構造を見抜いているはずです。憲法学者が好んで参照するドイツの憲法学を先入観なしに見れば、現在の日本の憲法学のおかしさに少なからず気づくはずですし、あるいは、日本の憲法学史を調べて戦前と戦後の憲法学を注意深く比較すれば、やはり現在の日本の憲法学のおかしさに気づくはずなのです。ところが、私も末席に座っていたこともあるあの憲法学界というのは、ひどく閉鎖的なムラ社会なのです。自由な言論があるようで、ない。「精神的自由権」というものの価値を、あれだけ声高に主張しているにもかかわらずです。私はこれが厭で厭で仕方がなくてあの業界から足を洗ったわけですが、もしあの中に居てしかもこの構造に気づいている方々がいたとすると、その方々は、次の2つの行動のいずれかをとるように思います。すなわち、割り切って成りきるか、あるいは、黙るか。

割り切って成りきるというのは、西洋風の言い方をすれば、悪魔に心を売り渡したということです。悪いことだと分かっていながらも、それが自分の利益になるからやるということですから、もはや救いようがありません。これに対して、黙るというのは、まだ良心が残っているように思います。本来であれば、こういう、構造に気づいていて、なおかつ、割り切って成り切ることを拒否するような方々が、しっかりと声を上げて、憲法学界を二つに割って侃々諤々の議論をやってくれればよいのですが、残念ながらそれを期待することは現状では難しいようです。それとは逆に、むしろ合憲か違憲かの学者の多数決をやって喜ぶなどという、学問性を抛棄するようなこと(学者の多数決で正解が決まるのであれば論文は要りません)まで平気で行うような暴走状態にある憲法学界には、もはや自浄作用は期待し得ないものと見ざるを得ません。

こういう現状を見るにつけ、自分にも微力ながら何かできることがあるのではないか、いや、何かしなければならないのではないかという気持ちが日に日に強くなりました。

そんな時、日頃お世話になっている方々から「憲法について話をして欲しい」というありがたいお申し出をいただきました。少し悩みましたが、月一回の講義ですので、この程度であれば大丈夫だと判断し、思い切ってお受けすることにしました。また、その関連で、「美しい日本の憲法をつくる埼玉県民の会」にも参加させていただき、その推進委員のほうも拝命することにいたしました。

そういう次第で、少しずつではありますが、この日本国のための活動を再開しつつあります。ただ、あくまで善良な一公民としての憲法に関する活動にとどめておこうと思っています。詳しくは補論で分析しますが、そうすることには法律上の理由もあります。

今後しばらく、このブログでは、皆様に講義の内容を順次ご紹介できればと思っております。どうぞ楽しみにしていてください。


〔補論〕

憲法改正に関する講演活動や、上記埼玉県民の会の活動は、法的に見ると、「日本国憲法の改正手続に関する法律」(いわゆる国民投票法)の「国民投票運動」の事前運動、あるいは、「憲法改正に関する意見の表明」と位置付けられるべきものであると考えられます。

まず、「国民投票運動」の事前運動についてですが、国民投票法100条の2によれば、「国民投票運動」とは、「憲法改正案に対し賛成又は反対の投票をし又はしないよう勧誘する行為」をいいます。そして、ここでいう「憲法改正案」とは、同法14条1項1号によれば「国会の発議に係る日本国憲法の改正案」を指します。現在のところ、国会の発議はないわけですから、上述の活動は純然な意味では「国民投票運動」ではない訳です。しかし、公職選挙法のように事前運動を禁止する規定(公職選挙法129条)は国民投票法には存在しないのですから、「この節及び次節の規定の適用に当たっては、表現の自由、学問の自由及び政治活動の自由その他の日本国憲法の保障する国民の自由と権利を不当に侵害しないように留意しなければならない」とする国民投票法100条の趣旨にも鑑み、国民は自由に「国民投票運動」の事前運動をなしうると解する必要があります。実際に、国民投票法100条の2の規定を見てみると、公務員については、「国会が憲法改正を発議した日から国民投票の期日までの間」に限って「国民投票運動」が解禁されるものとされていますので、論理的に「国民投票運動」の事前運動はできないことになりますが、その反対解釈として、公務員以外の一般の国民(裁判官・検察官・警察官等を除く。国民投票法101条・102条)は、「国民投票運動」の事前運動をなしうるという結論になります。

次に、「憲法改正に関する意見の表明」についてですが、これは国民投票法100条の2にのみ出てくる概念で、特に定義規定も見当たりません。いずれにせよ、公務員については、「国会が憲法改正を発議した日から国民投票の期日までの間」に限って解禁されるものとされており、やはりその反対解釈として、公務員以外の一般の国民は、時期を問わず「憲法改正に関する意見の表明」をなしうるという結論になります(なお、裁判官・検察官・警察官等については法は沈黙しており、一義的な結論は導けません)。

実質的に見ても、「国民投票運動」の事前運動と「憲法改正に関する意見の表明」は、公職を目指す活動とはまったく別物の活動です。したがって、少なくとも一般の国民が行う限り、公職選挙法が適用される余地はなく、もっぱら国民投票法のみが適用されるものと考えられます。

テーマ:
 9月29日に、臨時国会が開会しました。次世代の党結党後初めての国会であり、国会議員の先生方は皆さま意気込んでおられて、文字通り我が党らしさを炸裂させた活躍をされております。会期冒頭の10月1日の平沼先生の代表質問も、我が党全員の思いがこめられた演説となっておりますので、是非ご覧ください。





 10月8日には、次世代の党国会議員団による初めての街頭演説会が有楽町にて開催され、私もお手伝いさせていただきました。本当にたくさんの聴衆の皆さまにご清聴いただきまして、誠にありがとうございました。





 演説につきましては、こちらからお聴きください。









 10月11日・12日は、松山で開催された日本青年会議所の全国大会・卒業式に参加し、11日は、石原慎太郎最高顧問の講演を聴きました。もともと日本という国は本来の姿のままで本当に素晴らしい国であるわけですが、敗戦と占領政策で無惨にも解体されてしまった、だから我々はまずもってその本来の姿を取り戻さなければならない、ということに一人でも多くの聴衆の方が気づいてくれるといいなと思いました。





 12日は、松山城の麓に三笠宮寬仁親王妃殿下をお迎えしての大会式典でございました。また、それに引き続いての卒業式では小室哲哉さんのライブもあり、大いに盛り上がりました。卒業生の皆さま、ご卒業おめでとうございます。





 10月19日は、日本会議の皆さまと、久喜市民まつりのお手伝いをさせていただきました。日本神話の紙芝居を上演し、イザナギ・イザナミのお話や、天の岩屋戸のお話、ヤマタノオロチのお話、因幡の白兎のお話、海幸・山幸のお話をさせていただきました。





 いずれも私が子どもの頃に大好きだったお話で、子どもたちだけでなく、読んでいる私自身も童心にかえった気持ちでたいへん楽しい時間を過ごすことができました。





 10月20日は、当支部にて10月例会「次世代の党オリエンテーションセミナー」を開催いたしました。このセミナーにおきましては、「次世代の党は我が国においていかなる使命を有する政党なのか」という今後の活動において最も核心となる点を、支部の皆さまと共有したいという思いでお話しさせていただきました。





 東京都北区議会議員の戌亥宗和先生と元北本市議会議員の石倉一美先生もご来賓として駆けつけてくださり、御蔭様で盛会のうちに講師の任を全うすることができました。また、セミナー後の皇后誕生日奉祝会(懇親会)におきましては、皇后陛下のお誕生日をお祝いしつつ楽しく歓談いたしました。ご参加いただきました皆さま、誠にありがとうございました。





 以下、当日お話しした内容をまとめておきたいと思います。


◇ ◇ ◇


【講演趣旨】

 8月に結成されたばかりの次世代の党、党員の皆さまにとって分からないこともまだたくさんあることと思います。私としてもお伝えしたいことは数多くありますが、その中でも最も重要なのは、「我々がまさに存在するこの平成26年の日本国に次世代の党が生まれたのはなぜなのか」という点であると思います。そして、それが明らかになることにより、「我が国において次世代の党に課せられている使命は何なのか」ということもまた明らかとなります。これらの根本的な点を今回のセミナーでお伝えすることにより、まずは次世代の党というものをしっかりと理解していただくことが、今後の皆さまのすべての活動の根幹となってまいります。

 この点をお伝えするのが、今回のお話の目的です。


【講演内容】

(※当日実際にお話しした内容を、読みやすさ等の観点から編集したものです。)


一 ヘーゲルの「世界精神」

 先日、松山におきまして石原慎太郎最高顧問のご講演、1時間にわたるものでございましたけれども、こちらを聴く機会がございました。どんなお話だったかと申しますと、「日本人は歴史を知らない」ということをおっしゃっておられました。これはどういうことなのか、ということでございますが、そこが、非常に次世代の党の核心部分と繋がってまいりますので、今日は、その辺りのお話を中心にしていきたいと思っております。

 石原先生がよくお使いになるフレーズとして、「僕の好きなヘーゲルって哲学者が」ということをおっしゃっておられます。私もヘーゲルというのは大好きでございまして、このヘーゲルという哲学者はいろいろなことを言っているのですけれども、今日の話題との関連で申しますと、一番大切なのは「世界精神」というお話だと思うんですね。

 ヘーゲルというのはドイツの哲学者でございまして、「世界精神」をドイツ語で申しますと、「ヴェルトガイスト」(Weltgeist)となるわけでございます。「ヴェルト」(Welt)は「世界」で、英語でいえばワールド(world)ですね。「ガイスト」(Geist)というのは「精神」でございます。例えば、「闘魂」という場合に「カンプフガイスト」(Kampfgeist)などと訳されておりますけれども、このように、「ガイスト」というのは「たましい」という意味でございます。

 それでは「世界精神」とは何かということになりますが、実は、字面とはちょっと異なる内容をもつ概念ですので、まずはその辺りの説明を少し長めにしておきたいと思います。

 例えば、歌謡曲でも何でも「流行り」というものがございます。そして、なぜそれが流行ったのかというのには、必ず理由というものがある、というのが、このヘーゲルの根本的な考え方でございます。なぜこの時間(平成26年)のこの場所(日本という国)において、例えば『アナと雪の女王』の「ありの~ままの~」という、あの歌が流行ったのか、という、そういうことにはすべて理由があるんだ、というのがヘーゲルの考え方なんですね。つまり、なぜ流行ったかといえば、それが「世界精神」に適合するから流行ったのだ、という風に考えるわけです。つまり、「世界精神」というのは何かといえば、歴史における《流れ》のようなもののことを「世界精神」と呼んでいるわけです。

 ですから、例えば政治家であれば、歴史の流れに適合した政治家が歴史の舞台に出てきて、後世に名を残すということになるんですね。有名な話として、ナポレオンが馬に乗ってやって来るのを見て、ヘーゲルは「世界精神が馬に乗っている」と言ったそうです。これはどういうことかと申しますと、このナポレオンという政治家(軍人でもありますが)は、「世界精神」にまさに適合しているからこそ、フランスの皇帝になって、ヨーロッパのほとんどの部分をフランスの領土にすることができたわけです。そういうことを指して、ヘーゲルは「世界精神が馬に乗っている」と表現したわけでございます。

 この「世界精神」について、我々にとって大事なのは、なぜこの次世代の党がこの平成26年のこの日本国に誕生したのかという点を探っていくことです。そして、そうすることが、おそらく一番分かりやすいのではないかと思いますので、まずは、そこからお話を始めさせていただきます。

 そうそう、一つ言い忘れましたが、うちの支部では次世代の党の『党員手帳』というものをつくっております。そして、その一番最後に「名言集」というのがございまして、これは、私が好きな言葉を勝手に集めたものでございます。そのうちの一つでございますが、小林一三さんという方がおられまして、この方は企業家で、戦前に阪急をつくられて、商工大臣まで務められた方でございます。その方がおっしゃっているのが、「百年先の見える者は気狂いにされ、現状に踏み止まる者は落伍者になる。十年先きを見て実行する者は成功者となる」ということでございます。

 まぁ、例えばニーチェのように、余りにも先が読めすぎる人というのは、世の中からまったく相手にされないわけです。実際にも、この平成26年、西暦で申しますと2014年に、100年後の2114年の話をしても、今生きている人にとっては、そもそもどれだけの人が生きているか分かりませんし、やはり人間というのは自己中心的な生き物ですから、100年後というのは自分に直接関心があるわけではないんですね。そうではなく、予め10年先の「世界精神」を見越して、そこに向けていろいろと準備して動いていくと、そのうちに人々のほうが追いついてきて、世界精神にのっとったことができると、そういうことだと私は理解しております。

 ですから、「世界精神」というのは、私は、何をやるにも大事なことだと思っております。もちろん、政治をやるにも大事ですし、あるいは、商売をやるにしても「世界精神」というのは大事ですね。あるいは、歌を歌ったりとか、そういうことをやるにもやはり「世界精神」というのは大事なんですね。これから、そういうサブカルチャーの部分も含めてお話ししていきたいと思いますが、先程ご紹介いただいたように、私は西暦でいいますと1977年生まれでございます。ですので、余り昔のことは自分自身で体験したわけではございませんので、勿論あとからそういう昔の話も出てまいりますが、まずは、自分自身で実際に体験した身近なお話から始めていきたいと思います。


二 日本の「ありのままの姿」

 1980年代というのは私が物心ついた頃でございますが、当時日本はバブル景気でございまして、バブルで皆すごく盛り上がっておりました。日本の経済がガンガン成長している時でございまして、そこで、有名な言われ方として、「ジャパン・アズ・ナンバーワン」という言われ方がされておりました。

 これはどういうことかと申しますと、1945年に日本が負けて、本当に焼け野原になって、経済活動がまったく行えないような状況になってしまったわけですが、そこからどんどん奇跡の復興を遂げて、1980年代にナンバーワン、つまり世界一になったということでございます。戦後の日本人というのは、まさにそこを目指していたわけなのですが、いざ一番になってみると、「あれっ?」と思ったわけです。「あれっ、一番になったけど何も起こらないよ」と。さらに言えば、何も起こらないどころか、それまで一番を目指して皆がんばってきたのに、それを達成してしまったので、一気に気が抜けてしまったわけです。ですから、「もうどこを目指していいのか分からない」という、そういう漂流する時代になってしまったわけです。

 それで、そのあとどういうことが起こったかといいますと、来るべくして、「失われた20年」という経済的にもドン底の時期がやってきたわけでございます。今は、それよりも経済がちょっと良くなってきていますが、それもまた、やはり理由のあることだと思うんですよね。

 そこで、サブカルチャーを見ていきたいと思うのですけれども、2000年代(今から10年前くらいですね)にどんなものが流行ったかというと、例えば、SMAPの「世界に一つだけの花」という歌が流行りました。非常に印象的な歌詞でございまして、「ナンバーワンにならなくていい、もともと特別なオンリーワン」という歌詞なんですね。

 日本は1940年代に戦争に負けて、ナンバーワンを目指してきた。そして、1980年代に達成した。それで、それがいかに馬鹿げた目標であったかということをそのときに認識して、「あ、ナンバーワンなんかにならなくてもいいんだ」ということに日本人は気づいたわけです。そして、そんなことよりも「もともと特別なオンリーワン」であることが大事なんじゃないかなってことに、気づき始めたということです。ここまでが2000年代くらいまでの歴史の流れ、すなわち「世界精神」です。

 それで、その10年後の今年(2014年)は、先程もちょっと触れた『アナと雪の女王』のテーマソングが流行りました。「ありのままの姿見せるのよ、ありのままの自分になるの」というあの歌が、もちろんディズニーの戦略なんかもあると思うんですけれども、この日本国においても流行ったというのは、やはり理由のないことではないと思うのです。

 どういうことかと申しますと、近年の日本人は、私なんかも含めてですけれども、「今の日本という国は、ひょっとしたら、ありのままの姿ではないんじゃないか」ということに、日本人が何となく気づきかけているのです。この「ありのままの姿」ということについては、私自身も最近になって「日本のありのままの姿」というのは何なんだろう、ということを追い求めるようになって、それで、「あ、もしかしたらこういう風かもしれない」ということにようやく気づいてきたような段階ですので、ほとんどの日本人にとっては、何となく「おかしいな」とは思っていても、それが「なぜそういう気持ちをもつのか」という具体的なところまではいかないでしょうし、ましてやその問題を解決するというのもなかなかできないという、そういうもどかしい状況だと思うんですよね。

 そこで、先程の「十年先きを見て実行する者は成功者となる」というお話ですけれども、我々としては、やはり10年後くらいには日本人が皆そういうことに気づいてくれるのではないかなということで、だからこそ、我々次世代の党というのはこの平成26年というタイミングで生まれたのではないかな、ということを思っているわけです。つまり、我々は、歴史の流れにあって、水先案内人のように日本人を導いていく役割を担っているわけでございます。

 少し話は戻りますけれども、ナンバーワンを目指すというのは、やはり価値観としてちょっと歪んでいるんですよね。どちらの国とは申しませんが、すべてにおいてやたらと「うちがナンバーワンだ」と言い回りたがる国がありますけれども、まぁ、普通の人間関係を考えてみても、人間同士で普通に接していて、「俺はお前より上だよ」なんて余り言わないですよね。それを敢えて毎回言わないと気が済まないというのは、やはり、普通の人間関係としてもおかしいものを感じますし、何となく人格的にも歪んだものを感じます。かつての日本も、ああいう風なアピールまではしませんでしたけれども、ナンバーワンを目指すということ自体については、或る程度歪んだ姿だったんじゃないかなということは思うんですよね。

 ですから、そういうものではなく、「本来のありのままの日本」というものを探していくということを、今後10年くらいで日本人はやっていくのではないかなということを、今思っているわけでございます。ですから、我々としては、それにさきがけて、オピニオンリーダーとして「日本のありのままの姿」というものをまず正確に知ろうじゃないか、ということが重要になってまいります。そして、まさにそれこそが、今回のセミナーの一番大事な目的なのでございます。


三 日本はなぜ日本であるのか

 そこで、どうやってこの「日本のありのままの姿」を探っていけばいいかというと、やっぱり歴史なんですよね。ヘーゲルの話でもそうですけれども、歴史というのは、ちゃんと見ていけばいろいろなことに気づかせてくれるものですし、とりわけ日本の歴史というのは、本当にいろいろなことに気づかせてくれる、そういう歴史であるわけです。

 日本においては、かなり昔に中国から紙が伝わってまいりましたので、歴史を記述するということが長らく可能だったわけでございます。そしてそれは非常にありがたいことなのでございます。そういう記録手段がなかった国というのは、自国の歴史を持っていない場合も結構あるのです。その中にあって、日本という国においては、一番古い歴史書が『古事記』と『日本書紀』ですけれども、少なくとも8世紀にはそういう歴史書があって、それ以前の歴史を知ることができるのであり、このことは本当にありがたいことなのでございます。そのありがたい遺産を存分に生かして、我々は国のかたちというものを探っていこうと思うわけでございます。

 『古事記』・『日本書紀』においてどこが一番起点となっているかといいますと、《神様》なんですね。昨日も久喜の市民まつりで神話の紙芝居をやりましたけれども、「国のはじまり」というお話もございまして、これはAさんの自作の紙芝居なのですけれども、Aさん、日本のはじまりはどういう神様からはじまっているか、教えていただけますか。

Aさん「アメノミナカヌシの神(天之御中主神)です」

 ありがとうございます。その通り、アメノミナカヌシの神という神様でございまして、こちらは姿のない神様でございます。そのあと、何代か姿のない神様があらせられて、そのあと、一番最初に姿をお持ちになったのは、どちらの神様ですか。

Aさん「イザナギとイザナミの神です」

 そうです。イザナギとイザナミの神です。ここが、日本の歴史の起点となっているわけでございます。そして、イザナギとイザナミという神様の御子としてお生まれになったのが、皇室の祖先神であるアマテラスオオミカミ(天照大神)でございます。そして、アマテラスオオミカミから何代か下って、最初の天皇になられたのが神武天皇でございます。

 この神武天皇が即位されたのが、皇紀元年でございます。皇紀で申しますと今年は2674年になりますので、神武天皇が即位されたのが2674年前ということになるわけでございます。具体的な年代が始まったのがここでございます。

 日本という国の歴史のはじまりをどこにするかというのは、なかなか難しい問題であるわけでございますけれども、建国ということで申しますと、建国記念日(2月11日)というのは神武天皇が即位された日でございますから、この考え方からすれば、この皇紀元年が日本国の建国ということになります。ですから、この皇紀元年から現在に至るまでの日本の歴史において、何が日本国を日本国たらしめているのか、ということを、まずは調べていく必要があるわけでございます。

 ここでちょっと他の国のお話をしようかと思うのですけれども、例えば中国の歴史を見てみますと、秦という一番最初の皇帝を輩出した王朝があります。その前にも夏とか殷とか周とか王朝はありましたけれども、皇帝というものを一番最初に輩出したのがこの秦という王朝でございまして、何が秦を秦たらしめているかといいますと、これは皇帝の家なんですね。ちょっと難しい字なんですけれども、贏(えい)氏、つまり、贏さんという家の人が皇帝になる国が秦であったわけです。そして、この秦を倒したのが漢でございます。この漢の皇帝は、劉(りゅう)氏でございます。初代の皇帝は劉邦と呼ばれる人で、この人はいろいろと伝説があって、大蛇を刀で斬ったとか、内股に黒子がたくさんあったとか、いろいろとありますけれども、ここで言いたいのは、劉氏が贏氏を倒すことによって秦という国は漢という国に替わったということでございます。つまり、皇帝の家が別の家に替わるということと、国が別の国に替わるということは、同じことだったわけです。

 そして、こういう国の移り替わりというのが、中国においてはもの凄く頻繁にあったわけでございます。秦、漢、そのあとは三国時代と申しまして、魏・呉・蜀の三国が三者三様で皇帝を名乗っている時代がございました。さらにそのあとにまた晋という国ができてと、何度も替わっているわけでございます。現在の中華人民共和国に至るまでに、その前は中華民国、その前は清ですけれども、まぁこれが連続的なものと見ていいのかという問題はありますけれども、とりあえず、どんどん王朝が替わっているということを認識していただければと思います。

 それに対して、我が国においては、神武天皇以来、ご皇室がずっと天皇という位に就いておられる。昔は大王(おおきみ)と呼ばれておりまして、聖徳太子の頃に天皇という称号を使うようになりましたが、これは王朝が替わったということではなくて、同じ家の方々が連綿と天皇という位を受け継いでいるわけでございます。

 そして、日本の歴史を見ると、実は、このご皇室以外には、歴史を通じて変わらない要素というのは見出せないわけです。例えば、権力の所在を見てみると、藤原氏が権力を持っていたりだとか、或いは平氏が権力を持っていたりだとか、或いは、鎌倉幕府であれば源という家が権力を持っていたりだとかと、どんどん変わっていってしまう。また、経済体制を見てみても、公地公民ということをやって私有財産は認めませんよという経済体制を採ったこともありますし、現在のように私有財産は認めますよという経済体制を採っていたこともあるわけです。こういう権力の所在とか経済とかさまざまな要素を見ていくと、2674年前からずっと同じで変わらない唯一の要素こそがご皇室である、ということが歴史から明らかになるわけでございます。

 その証に、ご皇室にあっては名字というのがもはや全く分からないわけでございます。中国におきましては、王朝そのものは日本よりも昔からあるわけですけれども、頻繁に変わっているので、前の王朝はこういう名字だったということが記録にも残っていて分かっているわけです。これに対して、日本においては、人間の記憶の辿れる大昔からずっとご皇室が天皇の位に就いておられるので、そもそも名字が何だったかということを誰も知らない、ご皇室自体も知らない、ということになっているのでございます。

 「易姓革命」という用語がございまして、これは「姓が易(か)わる革命」ということなのですけれども、中国においては、王朝の名字が変わることによって国が替わることを「革命」と呼んでいたわけでございます。こういう「革命」という言葉の本来の意味からすれば、「日本は一度も革命が起こっていない国である」という風に言い換えることもできるわけです。

 かつて宮澤俊義という憲法学者が「八月革命説」という学説を唱えておりました。私はもともと憲法の研究者でしたが、この「八月革命説」には反対でございます。さきほども申し上げました通り、本来の用語法からすれば「革命」という語は易姓革命のことを指しているのであって、もちろん敗戦によって国の基本方針は或る程度変わった部分がありますけれども、それは「革命」ではないわけでございます。「革命」というのは王朝の姓が変わることにより別の国になるということでございます。日本ではこの意味で「革命」が起こったことはなく、日本が日本でなくなったことは一度もないわけでございます。つまり、ご皇室が変わらずにご皇室であり続けることで、日本はずっと同じ日本という国であり続けている、ということでございます。


四 「思いやり」の統治

 では、中国においてはこんなに頻繁に王朝が替わっているのに、なぜ日本においてはこんなに長い間王朝が替わらなかったのでしょうか。やはり、それは何か技術というか、一定の理由がなければ、そんなに長く続くはずはないわけでございます。どうしてそういうことが可能だったのかということを考えてみると、いくつかの要素を挙げることができると思います。

 さきほどお配りした「大日本帝国憲法発布勅語」は、私自身非常に感銘を受けましたので、支部でも毎回朗読することにいたしました。原文はさきほど読みましたので、今回は訳のほうだけ、Bさん、読んでいただけますでしょうか。

Bさん「この日本国が栄え、日本国民が幸せになることこそが、朕の最高のよろこびです。
 代々の天皇がこの日本国を建国して永続的に継承することができたのは、日本国民の代々のご先祖様たちの協力とサポートによるものです。
 日本国がこの輝かしい歴史を有するのは、代々の天皇が威厳と人徳を備えるとともに、代々の国民が忠実・勇敢で国を愛し公共のために尽くしたことの結果なのです。
 当代の日本国民は、歴代天皇の忠実で善良な国民の子孫であるのだ、ということを朕は思い起こします。」

 どうもありがとうございました。これは大日本帝国憲法と申しまして、まぁいろいろな考え方がございますが、この憲法を改正することによって現在の憲法というものができたと考えるのが自然であるように思います。もちろん、この改正が果たして有効なものかという点について、石原先生は「あんなの無効だから総理大臣が無効だといえば破棄できるんだ」とおっしゃるわけですけれども、その辺りは、今日は踏み込むとそちらのほうに時間を取られてしまいますので、とりあえずは、改正前の憲法であるということだけ理解していただければと思います。

 この大日本帝国憲法というものが、西暦で申しますと1889年にできたわけですけれども、その際に、明治天皇がこの勅語(天皇のおことば)を述べられたわけでございます。そして、どういうことを述べられたかと申しますと、さきほど読んでいただいた通り、天皇陛下にとって一番の幸せというのは国民の皆さんが幸せになってくれることであり、そして、国民のほうもまた、天皇陛下ないし国のために皆で尽くすということで、君民がお互いに「思いやり」を持ち合って統治していきましょう、ということを、日本という国はずっとやってきたのだ、ということを述べられたのでございます。

 例えば、仁徳天皇という天皇がおられますけれども、仁徳天皇におかれては、民衆の家を見回ってみると、どうも飯を炊く煙が上がっていない。これは炊く飯すらもないのではないか、ということをご心配あそばされて、「しばらくはもう租税を徴収するのはやめよう」ということで、数年間租税を徴収するのをおやめになられて、数年後に国民が再び豊かな暮らしができるようになったので、それでは税を集めますよということにまた改めたところ、国民も喜んで租税を納めたということでございます。

 こういうふうに、お互いに、「もしかして国民が困っているんじゃないかな」とか、国民の側も、「国も租税がないと運営ができなくて困るんだろうな」とか、お互いがお互いを思いやって、お互いのためのことをするというのが、日本という国のもともとの統治のあり方だったと思うんですね。

 伊藤博文が大日本帝国憲法をつくるときに一番困ったのが、西洋にそういう考え方がないという点だったそうです。西洋においては、統治というと、どうしても上下関係で物事を考えたがるわけです。ドイツ語では「ヘルシャフト」(Herrschaft)といって、統治というのは「支配」であると考えるわけです。王は臣民を支配するというのが、もともとのドイツの国法学(憲法学)の発想であり、1800年代くらいまで家産国家論というのが唱えられていました。「家産」というのは「家の財産」を意味しますから、つまり、皇帝なり王様なり、あるいは地元の公爵とか伯爵とか、そういうのはすべて持ち主の家で、領土やそこに住む人たちを持ち物としていたということで、「支配」の関係だったわけです。ですから、さきほど申し上げたような「お互いがお互いのためを考えて」というような「思いやり」の発想は、この家産国家論からはまず出てこないですよね。やはり、こういう西洋にはない日本独自の考え方というのが、大日本帝国憲法発布勅語には表れているのだと思います。

 大日本帝国憲法の第1条というのは、天皇が統治権を総攬するという規定でございますけれども、ここでいう「統治」というのは、もともとの草案が「しろしめす」という和語を用いていたことからも分かりますように、まさにこのような日本独自の統治のあり方を指している言葉でございまして、これは、かなり伊藤博文が苦心して当てた漢語であるというように聞いております。しかし、憲法学というのはもともと西洋の学問ですから、その後ドイツから憲法学を導入していくにつれて、この「統治」という用語もどうしても西洋的な「支配」の意味で解釈されるようになってしまって、そのために、どちらがどちらを支配するのかいう、いわゆる主権論のお話が出てきてしまったわけです。だから、その系の議論として八月革命説のような変な学説が出てきてしまったわけですけれども、しかし、これはそもそも議論の立て方というか前提自体が間違っておりまして、この条文における「統治」というのは、もともと起草者の意思として、ドイツ的な「ヘルシャフト」の統治ではなくて、日本的な「思いやり」の統治のことを指していたわけなのでございます。

 やはり、そういうお互いがお互いの幸せを願い合う関係というのは、人間関係として長続きしますよね。どちらかが力で押さえつけてどちらかが搾取されている関係というのは、まぁ或る程度の期間は続くかもしれませんけれども、ずっと続くということはないわけでございまして、やはり人間というのは、「お互いがお互いを思いやる」ということで人間関係が成立するのではないかなと思います。やはりそれがあったからこそ、日本の国はずっと天皇陛下をいただく国であったのではないかと思うんですよね。


五 統治における「権威」と「権力」の分離

 それから、さきほどの「ヘルシャフト」の話ですけれども、もちろんヘルシャフトを行使する人というのは、日本においても実際にいたわけでございます。例えば、幕府といわれるものは基本的に軍事政権でございまして、軍事政権ですから、武力で人民を支配することで統治していたわけでございます。もちろん、文治政治とかいろいろなヴァリエーションがありますけれども、根本原理としては、武力を持って、刀を持って、逆らったら首を斬られるというところに、統治の根本原理があったわけです。

 もともとは、ご皇室もそういう武力による支配ということをしておりまして、例えばヤマトタケルノミコト(日本武尊)のお話は皆さまご存知だと思いますけれども、ヤマトタケルノミコトは景行天皇の皇子でございまして、日本のいろいろな所をまわって、武力で各地の豪族を倒すことによって、日本の国をつくりあげていく過程のお話でございます。したがって、もちろんさきほど述べたような「思いやり」の統治というものが根本原理としてありながらも、そういう「ヘルシャフト」の部分もまたご皇室は折に触れて使用してきたわけですけれども、だいたい平安時代くらいからこれがちょっと変わってきます。

 いわゆる摂関政治というものが成立して、藤原氏(藤原不比等の子孫)が実質的な権力を握るようになりますと、ご皇室ではなく、藤原氏の人々が、摂政や関白といった地位に就いて権力を行使する統治を行うようになります。統治ということの中身には、どうしても権力的な作用が入らざるを得ないわけですけれども、この摂関政治が成立する過程において、もともとご皇室が有していた統治の作用のうち、権力的な部分が別の主体(この場合には藤原氏)に移ったということになります。そして、統治の作用から権力的な部分を除いた「権威」の部分を天皇が担当すると、どうもうまくいきそうだということが、経験から分かってきたわけです。

 例えば藤原氏でいえば、天皇から摂政であるとか関白という位をいただくことにより、その権力が正統化されるわけですし、或いは幕府でいえば、天皇から征夷大将軍という位をいただくことにより、この武力支配は正統化されるわけです。こういう根本的な正統性を与える作用のことを「権威」と申しますが、日本国においては、根本的な、最高の統治権威を与えてきたのは常に天皇陛下でございまして、その代わり、「権力」については他の者が担当するということで制度的な分化が起こって、長らくそういう統治のスタイルを採ってやってきたわけでございます。

 現代では、権力分立(ぶんりゅう)とか三権分立と申しまして、国家権力というのは立法権と行政権と司法権の三つに分かれるわけですけれども、現行憲法上、立法権を担う国会という機関は天皇陛下により召集されることになっておりますし(7条2号)、行政権を担う内閣総理大臣についても天皇陛下により任命されるということになっておりますし(6条1項)、司法権を担う最高裁判所の長官もまた、天皇陛下により任命されるということになっております(6条2項)。このように、現代においてもやはり、国家の「権力」というものは天皇陛下から独立した別の機関が担いつつも、かつ、それらの機関に対して究極的な「権威」を与えているのは天皇陛下であるという統治のスタイルは、変わっていないわけでございます。

 実はイギリスにおいても、長い王制の歴史の中で、「君臨すれども統治せず」、つまり、権威と権力を分離して、権力の部分については王が担当しないというのがよいだろうということになって、そういう現在の統治のスタイルに落ち着いたわけでございます。イギリス以外においても、現在でも王室がきちんと残っている国というのは、ほとんどがそのような統治のスタイルを採用しております。そういうことにも鑑みますと、我が国の歴史において、統治における「権力」と「権威」をうまく分離することができたということは、日本という国を永続的なものにするのにあたって、大いに役立ったのではないかというふうに思うわけでございます。

 ちなみに、西洋のような「ヘルシャフト」、つまり「権力」による支配のことを、日本の昔の言葉では「うしはく」と呼んでおりました。これに対して、さきほど申し上げたような日本古来の「思いやり」の統治のあり方は「しらす」といいますが、この「しらす」の原理からすれば、やはり権力的な支配というのは逸脱した統治のあり方でございますから、我が国においては、「うしはく」という言葉自体は、伝統的に、非常にネガティヴな響きをもつ言葉とされてきたのでございます。神話におきましても、オオクニヌシノミコトが「うしはく」の統治を行っていたのを、ニニギノミコトが「しらす」の統治にあらためたというお話が出てまいります。そして、このニニギノミコトの子孫こそがご皇室でございまして、もともとは「あめのしたしろしめすすめらみこと」というのが天皇の呼び名でございましたが、この「しろしめす」というのは「しらす」のことでございますから、そもそもご皇室による統治のあり方というのは「うしはく」とは対局にあるものなのでございます。

 そういう意味で、ご皇室が権力的な統治作用をご担当されるというのは、そもそもからして不適切なことなのでございまして、そうであるとすれば、我が国において統治の作用の中から権力的な部分が分離されたというのは、或る意味歴史における必然の流れであったようにも思われるわけでございます。


六 「権威」の源

 こういうようなさまざまな理由があって、日本の国というのはこれまでずっと存在してくることができたわけですけれども、その長い歴史の中において、日本が初めて負けたのがさきの大戦(世界的にいえば第二次世界大戦、アジアとしてみれば大東亜戦争)でございます。元寇といって、元という国が攻めて来ても日本は負けなかったわけでございまして、初めて負けた相手がアメリカだったわけですけれども、そのときに、アメリカ人というのは日本人がとても怖かったわけなんですよね。

 日本人というのは本当に勇敢に戦って、アメリカにあれだけの恐怖を与えた国というのは、日本以外には歴史上存在しないわけです。『永遠の0』を読まれた方もおられるかと思いますけれども、いかにアメリカ人が日本人を怖がっていたかということがよく分かりますよね。日本人はものすごい技術力と精神力を持っていて、それがものすごい団結力を発揮しながらやってくるわけです。敵として、こんな恐ろしい敵はなかったのではないかと思います。

 或いは、『菊と刀』という本がありますけれども、そもそも我々日本人というのは西洋の発想とはまったく違う考え方で動いておりますので、アメリカ人は、日本人が何を考えているのかというのがまったく分からなかったわけでございます。人間、よく分からないものというのは本当に怖いわけでございまして、それで、日本人というものを分析しようと思って、ああいう報告書のようなものをつくって、少しでも怖さを軽減しようとしたわけです。

 まぁ、あの『菊と刀』というのは内容的には余り正しくないわけですけれども、いずれにせよ、アメリカ人にとって、日本人の勇敢さとか、技術力とか、精神力とか、団結力とか、未知の考え方とか、いろんな意味で日本人のことが怖かったわけなんですよね。だからこそ、ああいう報告書によって少しでも日本人を知ろうともしたし、他方で、原爆や東京大空襲等のアメリカ人が戦時中にやったことを考えますと、言葉は悪いですけれども、「この恐ろしい日本人を根絶やしにしたい」という気持ちも正直なところ抱いていただろうということは、何となく想像がつきます。まぁそこまで行かなくとも、「日本という国を完膚なきまでに解体して、日本人というこの恐ろしい存在が二度とアメリカに歯向かうことのないようにしてやろう」とも思っただろうなということは、容易に想像がつくわけでございまして、こういう恐怖の感情が、おそらくアメリカ人による日本占領政策の方向性を決めたのではないかと思うわけでございます。

 あのとき日本は無条件降伏をしましたから、日本において初めて外国が国民の統治権、支配権を握るということが起こったわけでございます。したがって、アメリカがGHQ(連合国軍最高司令官総司令部)として法律を制定したり、行政をおこなったりしたのですが、そのときに、アメリカは神道指令というものを発したわけです。

 そもそも天皇陛下の権威というのはどこからやってきているかというと、さきほどの系図を見ても分かりますけれども、神様からいただいているものでございます。日本という国は、至るところに神社がございまして、非常に神様と一緒にいる感じがするのでございます。ドイツにおりますと、もちろん教会は街ごとにあって、あちらはあちらで宗教的な感じはするのですけれども、やはりちょっと雰囲気は違いますよね。日本の神様というのは、まぁ私の印象論ですけれども、非常に明るい感じがするイメージがございまして、やはり日本に帰って来るとパーッと明るい感じがするんですよね。そして、その明るい感じの源となっているのが神社なのではないかと思うわけでございまして、いろんな意味で神社というのは中心になっているのでございます。

 日本において一番根本となっている神社は、これはいろいろな考え方がありますけれども、私は伊勢神宮と考えるのがよいのではないかと思うのでございます。伊勢神宮というのは、アマテラスオオミカミを祀った神社でございます。そして、伊勢神宮も含めて、皇室の祖先神を祀る「祭主」というのが天皇陛下であったわけでございます。つまり、神様から権威をいただいているからこそ、天皇陛下は別の主体に権威を与えたり、或いはご自身でメッセージを発したりということもできるわけでございまして、さきほどお配りした「五箇条の御誓文」というのも、明治天皇が神様に誓うことによって、明治維新という改革を行うことができたわけでございます。そうすることによって、神様から正統性をいただいて、それを国内で断行することができたということでございます。

 そういう意味で、日本における「政」(まつりごと)というのは、「まつり」という言葉が入っている以上、これは、神様をお祀りするということなのでございます。そして、この日本で最も中心的な神様をお祀りする役目を与えられている神道の祭主が天皇陛下であられる、ということでございます。

 そして、この仕組みこそが、GHQの最も壊したかったものなのです。だからこそ、GHQは、神道指令を発し、憲法に政教分離を入れることで、神様と天皇陛下という両者の関係を断ってしまおうということを目論んだわけでございます。神道指令を実際に読んでみますと、「本指令ノ目的ハ宗教ヲ国家ヨリ分離スルニアル」ということがまさに書いてございますし(二(イ))、「伊勢ノ大廟ニ関シテノ宗教的式典ノ指令並ニ官国幣社ソノ他ノ神社ニ関シテノ宗教的式典ノ指令ハ之ヲ撤廃スルコト」ということも書いてございます(一(ニ))。そして、政教分離規定を憲法に挿入することにより、GHQは日本の国政の根本を永続的に解体することに成功したわけです。

 この政教分離の規定というのは、具体的には憲法の中にいくつかございまして、1つ目は、「いかなる宗教団体も、国から特権を受け、又は政治上の権力を行使してはならない」という23条1項後段の規定、2つ目は、「国及びその機関は、宗教教育その他いかなる宗教的活動もしてはならない」という23条3項の規定、それから、3つ目は、「公金その他の公の財産は、宗教上の組織若しくは団体の使用、便益若しくは維持のため、又は公の支配に属しない慈善、教育若しくは博愛の事業に対し、これを支出し、又はその利用に供してはならない」という89条の規定でございます。

 現在、保守の方々の中にも、この政教分離に賛成される方は結構おられます。特に、公明党を政府から排除したいということで、政教分離に賛成される方は結構おられますけれども、私はその考え方には賛同できません。やはり、日本が日本であるためには政教分離というものはあってはならないのでございます。ですから、憲法において改正すべき点は9条を含めていろいろありますけれども、一番大事なのはこの政教分離の規定を外すということだと思うのです。これこそが改正しなければならない筆頭格だと思うのです。

 大日本帝国憲法が制定されるときに、いろいろなことを伊藤博文はやったわけですけれども、彼はヨーロッパを見てまわって、天皇というものを大日本帝国憲法においてどう位置づけようかと考えていたわけでございます。その際に、ローマ法王を見て、このローマ法王こそがヨーロッパ人の精神的な基軸となっているということに気づいたのです。「日本における天皇陛下と同じではないか」ということに気づいて、それで、「日本国においては、天皇陛下こそが国民の精神的基軸となるということを、新しい憲法においても根本理念としなければならない」ということを考えたわけです。ですから、大日本帝国憲法というのはそういう精神に基づいてできているわけでございまして、だからこそ、政教分離などというものは、まったく入っていなかったわけでございます。

 私がドイツにいる間に、ローマ法王ヨハネ・パウロ二世が亡くなられたことがございまして、その当時私はジャーナリストのようなこともやっておりましたから、かなりいろいろなメディアをチェックしたのですけれども、それが、私が小学校6年生のときに昭和天皇が崩御されたときの日本の雰囲気に物凄く似ていたのでございます。ですから、伊藤博文の言ったことというのはやはり正しかったということになりますし、伊藤博文が日本においてこういう憲法をつくろうとしたものが、きちんと今でも精神として生き残っているのだなぁと思ったりするわけでございます。ですから、そういうものは非常に大切にしていかなければいけないなということを思いますね。

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 まだまだ続きますが、ブログ投稿の制限文字数をオーバーいたしましたので、続きはウェブサイトにてご覧ください。

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