グローバルな「ユーリ!!! on ICE」 | Tempo rubato

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アニメーター・演出家 平松禎史のブログ

 

『ユーリ!!!』では、監督の山本沙代さんと色彩設計の広瀬さん、撮影監督の大山君のほかは初めてのスタッフで、制作もこの作品で初めてアニメに携わる新人は半分近くですから、とても新鮮な気持ちで仕事をしています。

 

メインスタッフの机が並んでるあたりでは、時々、これまでの仕事の話をします。

1話から3話まででおおむね今のメインスタッフが固まったんですが、ボクはほとんどのスタッフの仕事を存じ上げないし、相手もボクのことはわからない。

時々、探りを入れる会話が行われますw

3話をやっている頃、作画・演出の久木晃嗣君からきかれたのは

「今までで一番キツかった仕事はなんですか!?」

でした。

ぼんやりした性格なので切実にキツイと思ったことがあんまりないんですが、『七つの海のティコ』で(原因は自分にあるけど)24時間で21カットやらねばならなくなって、1カット1時間ちょっとでやれば終わる!と原画枚数5〜10枚必要な21カットをやってた20時間めくらいのところで「死ぬ…」と思った、その時が瞬間的にキツかった。でも、やっぱり「エヴァ」の最後の2本かな…と。

 

ははは!!!

しかしですよ。

『ユーリ!!!』ではけっこう近いとこ来てます!

いや、自分が年とったせいなんだろうけどね。

 

放送開始から好評を頂いていることが最大のエネルギー。まだまだがんばれます。

 

グローバルな作品(?)

今日、制作部で聞いたのは、『ユーリ!!!』は世界をつなぐアニメ作品になる、という話でした。

そう言っているのは外部の上のほうらしい。

まぁ、話半分以下としても、ちょっと考えてみた。

 

スポーツを扱ったアニメは数々ありますが、良い意味でドメスティックな物語が多かったように思います。

「体操日本」と言われた時代にはオリンピックの体操競技を扱ったアニメもありましたが、多くは中高生の部活動や国内の大会を舞台にしていた。

(ボクは体操競技を真正面から扱った鎌田洋次原作の『タンブリング』をアニメ化したいと思ったことがあったので、共通した要素のあるフィギュアスケートの『ユーリ!!!』に惹かれました。)

国際試合を積極的に扱っているのは最近では珍しいかもしれません。

 

古い話ですが、『巨人の星』のアームストロング・オズマは、日本に来て日本球界のしきたりや星一徹の鬼のような指導の下、ライバルと競っていた。

『ユーリ!!!』の各国のスケーターはそれぞれの伝統・文化・祖国を背負った上で自分を磨き、競い合う。

作品は「国家」の枠を押し出すことはせず、あくまで選手対選手の物語なわけですが、そこには現実の国際競技が反映しています。

だからこそ、海外で『ユーリ!!!』に注目が集まっているのでは、と想像します。

アニメに登場する自国のスケーターを誇りに思ってくれる選手もいらっしゃるようです。カザフスタンの選手がツイッターで「日本の英雄になった!」とつぶやいていました。

 

 

話変わって

政治経済分野では「グローバル化」が問題になります。

グローバリズムはキレイな言い方をすれば安倍首相が言ったように「国籍や国境にこだわる」ことをしない、世界を均一につなげる主義です。

 

TPPの批准が今年最後のビッグイシューになるでしょう。

グローバリズムの問題点は、各国の主権(個性)を尊重し伸ばすものではないこと。

関税の撤廃や共通ルールで各国の主権や自由、文化を破壊する側面が危惧されています。

さながら、『フリクリ』のメディカルメカニカがアイロンですべてを真っ平らにするような主義がグローバリズムです。

 

『ユーリ!!!』では、ロシアの選手はロシア人らしく、カナダの選手はカナダ人らしく、韓国の選手は韓国人らしく、中国の選手は中国人らしく、イタリアの選手はイタリア人らしく、スイスの選手はスイス人らしく、日本の選手は日本人らしく・・・・輝こうと自らを磨き、お互いを照らし出そうとする。

 

まさに「みんなちがってみんないい」の考え方なのだと(ボクは)捉えていて、そこに魅力を感じています。

TPPはじめとするグローバリズムは「みんな同じになれ」ですからね。

 

各国の代表ジャージにも個性を感じますから、出来る限り忠実に描きたいと思っています。

各国のスケーターはその国の人に見えるように映画俳優などを参照して、監督や久保ミツロウさんからもイメージに近い実在の人物を教えてもらって描いてます。

 

「アニメの記号」をできるだけ超えたいと思う。

 

記号化すれば作業的には楽なんです。

作り手にはね。

 

多様で不確実な現実を映す映像作品のディテールを「アニメの記号」に落とし込むのは、悪しきグローバリズムの考え方のようだ、なんて思います。

 

記号化の罠を超えるための知恵はすでに先輩方が遺してくれています。

日本のアニメーションの基本。

 

こまかい例をあげれば、「うなづき」「気付き」「歩き・走り」の動きの奥深さ、です。

無数の動かし方(表現)がありますよ。

 

 

山本監督の「マジか!?」と頭が真っ白になるような要求に応えるのはかなり大変なんですが、ボクなりに目標設定をして次につながるよう、なまけ者の頭を揺さぶって手を動かしている今日この頃でございます。

 

などと、まじめくさいこと書いてますが

 

昼なのに寝酒一杯、気分転換の投稿でした(^_^;)

 

 

 


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