いよいよ年の瀬ですねぇ^^;

めっちゃ久々の更新です。。。
今年は数えるほどしか記事書いてませんでした^^;

なにはともあれ、今年もありがとうございました(^^)

今年最後の記事は、やはり震災関連になるのですが、今月ふらっと行ってみた閖上の風景です。
年末になるとなぜか閖上に行ってみたくなるんですよねぇ。

新たな慰霊碑が建立されていました。


両脇の白いボードには震災の犠牲者の名が刻まれていました。
ちなみにここ名取市閖上の犠牲者は死者・行方不明者を合わせて791名だそうです。。。




毎年定点観測のように撮影している日和山からの風景です。


卒塔婆はもうすっかり色あせてしまって歳月を感じてしまいました。


ちなみに閖上では現地再建すべきか否かで、賛成派と反対派で住民を二分にするほどの議論が続いていたのですが、ついに土地をかさ上げして現地再建を目指すことになったようです。
といっても端からみてると、行政側(特に名取市長)が最初から結論ありきで議論を進めてきた感があるのですが。。。

しかし、再び人が住めるような町になるまでにはあと何年かかるのか、そして果たして住民は戻ってくるのか、前回記事の陸前高田市と同様、まったく先の見通しが立っていないというのが実情でしょう。

私が思うに、世間には震災の記憶の風化を懸念する声がありますが、逆にもっと風化が進まないと、人は戻ってこないのではと思います。
やっぱり生々しい記憶が残ってるうちは、なかなか人は住みづらいのではないかと^^;


ちなみに震災前の閖上です。
写真のちょうど中央からちょっと上のあたり、緑が茂っているところが日和山です。
そして今の日和山。



写真をもっと大きく表示させたかったのですが、うまくいかなかったのでクリック拡大してご覧になってください^^;



それではみなさまよい年を!
6月下旬には岩手県陸前高田市に行ってきました。

そこで驚いたのがこれです。


この写真だと分かりづらいので、撮影してきた動画もアップします。

映像の奥に見える白い橋のような建造物はなんだと思いますか?

あれはなんとかベイブリッジみたいな洒落た橋梁などではなく、巨大なベルトコンベアなんです^^;

陸前高田市でも土地のかさ上げ工事が行われてるのですが、その工法が、旧市街地近郊の山の山肌を削り、その土をこの巨大ベルトコンベアで直接市中に送るというものなんです。
ダンプなどを使って土砂を運搬するよりは遥かに効率的で工期の短縮も見込めるらしいのですが、それにしてもすごい施設です。
以前にテレビニュースで見たことがあったのでその存在は知ってたのですが、実際にこの目でみると圧倒されてしまいます。

地元の人に聞くと、かさ上げ工事の完了までに2~3年、その後のインフラ整備に1~2年、それからようやく住宅の着工に入るので、人が住めるようになるまで早くても5年はかかるそうです。
はたしてそれまでにどれだけの住人が残っているのか、あるいは戻ってきてくれるのか、まったく未知数とのことでした。

陸前高田市沿岸部の市街地の今です。



公営団地みたいな建物も残ってました。
よく見ると、4階まで津波をかぶった形跡がありました。
おそらく十数メートルの高さになるんでしょうか。
万一、また311の時のような津波が押し寄せたら、いくらかさ上げしたところでひとたまりもないんじゃないかって、ふと思ってしまいました。。。

土台だけが残った家の跡地にお花畑がありました。。。



いたるところ雑草がぼうぼうです。


なんというか、寂しい風景ばかりです。。。


今はレプリカとなってしまった高田の一本松も、例の巨大コンベアの陰に隠れてしまって、通りからはチラッとしか見えなくなっていました。

湾をはさんで対岸からみると。。。


この記事では沿岸部しか紹介できませんでしたが、内陸部はかなり復旧が進んでいて、大型店舗などもぞくぞくと建設中でした。
これからいったいどんな町になるのか想像もつきませんが、いつかまた来てみたいと思ってます。


参考までに震災1年後の陸前高田市です。
今年6月には気仙沼市に行ってきましたが、道中、南三陸町も通過したので合わせてアップします。

南三陸町にチリ政府より寄贈されたモアイ象。



南三陸町とチリは1960年のチリ大地震による大津波以来の交流があるらしく、このモアイ像も311の大津波で流されたモアイ像の代わりにとチリ政府より寄贈されたらしいです。
町の新たなシンボルですね。

そして、防災対策庁舎。


やはりここに来ると、手を合わさずにはおれません。

震災遺構として残すべきか否かの議論はまた結論が出てないようですが、私的には、この巨大な墓標のような遺構は残すべきではないかと思います。。。


そして気仙沼市ですが、鹿折地区に打ち上げられたままだった巨大漁船は昨年撤去されており、周辺は復旧工事が進んでおりました。




漁船があったのはたしかこのあたりです。


震災一年後のときはこんな感じ。


気仙沼市の名所の一つ、海鮮市場「海の市」も復旧工事が終わり再開してました^^


でも市街地にはまだこんな光景が残ったままです。



そして我輩的には気仙沼のマグロが大好きなのでまた食べてきました^^;
お店は復興商店街の中にあるマグロ専門店です。



マグロど~ん!やっぱうまかぁ(≧▽≦)



参考までに震災1年後の気仙沼です。