カーペンターズ...
私が彼ら(彼女ら)の音楽に最初に
触れたのは70年代後半でした。
カレン・カーペンターが亡くなったのが
84年。(訂正12/18 → 83年でした)
それを考えると、リアルタイムで接する
ことができて良かったなと思います。
しかし、当時中学生の私の口から、
「カーペンターズはいいね」などという
言葉は決して発せられませんでした。
ビートルズに目覚めていた中1少年に
とって、正直何となく彼らの放つ雰囲気や
テイストがどこか気恥ずかしかったのです。
今にして思えば、単なる視野の狭さと無知
ゆえの事に過ぎなかったのですが.....
(彼らがビートルズフリークであり、
カヴァー曲も沢山あるという事すら
中1の当初は知らなかったのです)
しかし、良いものは良い、
という感覚の自分のため、当然の如く、
彼女らの素晴らしさは直ぐに感じました。
でも、それを言葉として発することが
少年には終ぞできなかったのですね。
アメリカの中産階級的な小さな幸福感
とでも言えば良いのか.....
ミルクティーを味わいながらの鄙びた
昼下がりとでもいうのか.....
兄と妹が仲良くすることはいいことですが、
恋人のような雰囲気でラブソングを
歌うということに、どうにも違和感を
覚えたのでしょうね、当時の少年は。
彼らが夫婦や恋人、或いは
ただのメンバーということならば、
特別に違和感を感じることはなかったの
ではと今は思います。
もっとも彼ら自身「そうしたイメージ」
つまり家族的な幸福感とでもいうのか、
コンサバティブな平和感とでもいうのか、
そんなイメージでプロモートされて、
そんなイメージが形成されていくことが、
嫌だったようですね。
彼らの静かなラブソングは大体好みですが、
敢えて一番好きな曲を選ぶとしたら、
1970年の作品、We've Only Just Begun.
(邦題:愛のプレリュード)
カーペンターズといえば、
言わずもがな、70年代アメリカを
代表するシンガーソングライターで
あるわけなのですが、
彼らの最も代表的な曲という事になると、
意外と他者による作曲作品が多く、
3組のコンポーザーチームが浮上します。
1組目はバート・バカラックと
ハル・デヴィッドのコンビ。
2組目はポール・ウィリアムスと
ロジャー・ニコルズのコンビ。
そして、もう一組がビートルズ。
レノン&マッカートニーという事に
なるわけですね。
ビートルズの場合はカヴァーでの
繋がりですが、他の二組は直接的な
書き下ろしが主ということになるのだと
思います。
ただ、今回の「愛のプレリュード」は
P・ウィリアムスとR・ニコルズの
作曲作品ではあるわけですが、
これは書き下ろしではなく、
先行して何かのCMに流れたこの曲の
原曲にカーペンターズが聞き惚れて、
指名してカヴァーした、というような
流れであったと思います。
そして、そこから関係が作られていった
ということだったと思います。
(違っていたら、ご指摘ください)
(以下は細かな内容となりますので、
楽曲分析にご興味のある方だけ是非
ご覧ください)
リチャード氏の作品ではないですが、
カーペンターズを代表する名曲が
「なぜカーペンターズ的なのか」
という視点で、簡単に楽曲構造を
拝見させて頂こうと思います。
(イントロ)
クラリネットなのでしょうか。
印象的な前奏が、E・F♯・A・E・C♯
という旋律で、A→D△7の和声の上で
2回繰り返されます。
ディグリーではⅠ→Ⅳ△7(1→4)で、
2および4小節目の旋律の最後がC♯のため、
D7ではなく、確定的にD△7という事
になりますね。
和声と旋律的には、このイントロに
この曲のエッセンスの多くが
組み込まれていると感じます。
そのエッセンスの一つは、ブルーノート
のようなノンダイアトニックノートを
旋律にも和声にも含まないという事です。
(Aキーにおけるダイアトニックノートは
A・B・C♯・D・E・F♯・G♯となりますね)
これは前回の「愛ある限り」との明確な
差異であり、カーペンターズというテイスト
を形作っている、いい意味での保守的な要素
であるという事が、少なくともこの曲に
限っては言えると感じます。
(ヴァース/verse)
♪We've only just begun~
カレンの魅力的な低中音で、
いきなりタイトルの歌詞から始まり、
和音進行(和声)は、A(イ長調)で
A→D△7→C♯m7→F♯m7
(Ⅰ→Ⅳ△7→Ⅲm7→Ⅵm7)となり、
1・4・3・6という流れになりますね。
この1・4・3・6というのは、
強進行の連続で、ずばりアメリカ万歳的
なものであると、以前にオリビア・
ニュートン・ジョンやシュープリームスの
楽曲分析の際にも明らかにしましたが、
白人・黒人に共通して、軽音楽分野に
於いてヒット曲を生むための重要な
進行であると言う事ができると思います。
(強進行というのは、上行4度進行です)
私がこれまでに分析してきた軽音楽一般
における「強進行の連続性」は、
2・5・3・6や3・6・2・5などの近接した
位置での使用が多いと認識していますが、
今曲において、ロジャー・ニコルズらは
1・4の強進行と3・6の強進行を組ませる
やや珍しい形を使っています。
そして、そのまま進行は、
D△7→F♯m7→D△7→E7
(Ⅳ△7→Ⅵm7→Ⅳ△7→Ⅴ7)となり、
4・6・4・5で王道的にドミナントに入り、
そのままドミナントモーションで
ヴァース2番に繋がっていきます。
ドミナントモーションで再度トニック
に戻り、二番となるヴァースですが、
この二番の最初のトニック(主和音)部分、
私はこの場面がとても好きなのです。
♪Before the risin' sun, we fly
「日が昇る前に、私たちは飛び立ち~」
とでもいった訳となるのでしょうか。
リチャード氏を始めとした男声による
先に歌われる♪We've only begun~
というコーラスとストリングス(シンセ?)
による重厚なハーモニー。
とても美しい場面と思います。
この部分はⅠ△7に加えて、6thやルートの
オクターブ、さらにはテンションなどが
加わり、何とも言えない重厚な雰囲気が
作られていると思います。
(但し、ノンダイアトニックなノートは
一切感じられず、あくまでピュアです)
曲の詩作内容が、たしか新婚で、
新しい生活というか、旅立ちが始まる
といった事だったと思いますので、
そうしたスタートをまさに素晴らしく
描き切っている場面だなと思います。
(サビ/chorus)
ヴァースに続いて、普通にサビと
思ったのですが、考えてみますと、
この曲には一般的なサビがありません。
英米の軽音楽にはよくあることですが、
ヴァースとサビが一体化しているというか、
ヴァースそのものが魅力的な部分に
なっている作りになっていると思います。
(展開/middle)
♪Sharing horizons that are new to us~
このような歌詞で始まる展開部。
ヴァースよりも躍動的な場面に。
一般にこうした展開部はミドルエイト
が多いのですが、この曲でははじめは
ミドルナイン、次はミドルテンに
なっていますね(小節数の事です)。
♪together~の箇所です。
そして、この展開部は三回転調しますが、
(二度の新規転調と一度の元キーへの復調)
初めの転調手法は元のキー(A)の平行調を
構成するⅥ(6)の和音の同主調転調で、
ジャズなどでごく一般的に見られる
転調手法です。
つまり、AのⅥ(6)の和音のF♯mの
同主調のF♯への転調。
すぐにBとⅠ→Ⅳ(1・4)の進行を
繰り返し、続いて新たに長3度転調して、
B♭キーでⅠ→Ⅳ(1・4)を繰り返します。
この長3度転調の基本的な手法は
前の調性のⅣ(4)から半音スライドで
Ⅳ♭(4♭)に移行するというやり方で、
半音の持つ導音機能による転調手法と
言え、現在の軽音楽ではごく一般的な
転調と言えると思いますが、
当時はそれなりに斬新さを持っていたと
思われます。
そして再度、半音の導音機能を使って、
現在キーのサブドミナントから元キーの
ドミナントに半音スライドして(E♭→E)、
B♭キーから本来のAキーにドミナント
モーションで戻るわけです。
よく考えられています。
この展開部の転調の流れと手法を
わかりやすく、おさらいしておきます。
①Aキー②F♯キー③B♭キー④Aキー
と転調変遷していきます。
①→②は平行調の同主調転調。
Ⅵ(6)の和音をメジャー化してトニックに。
♪Sharing horizons that are ~ の箇所
②→③は長三度転調。
②のサブドミナント(Ⅳ(4)の和音=B)を
半音下降させてそのままトニックに。
♪Talkin' it over, just the two ~の箇所
③→④は半音転調(短二度下降での復調)。
③のサブドミナント(E♭)を半音上昇させて、
④のドミナント(E)として、
ドミナントモーションでトニックに。
♪Together~の箇所
(全体)
カーペンターズ作品の特徴の一つとして、
ピュアなダイアトニック調性ということが
言えると思います(勿論全てではないですが)。
このロジャー・ニコルズらによる作曲作品
にもそれらが示現しており、
ダイアトニック調性外の音は旋律にも和声
にも殆ど(多分、一切)使われていません。
(追記12/16 最後の最後でノンダイアトニックが
一箇所ありました。AキーのダイアトニックのⅢの
和音のⅢmをⅢにして、少しジャズ風に終わらせ
ていました。最後まで聞いてませんで失礼しました。
よってここで出るF音はノンダイアトニックですね。
ただし、これはエンディングの遊びのようなもの
なので、基本ピュアにダイアトニック的であると
いう事に変わりはないとは思います)
これらはカーペンターズらが持つ、
いわば、アメリカ的な「白さ」に
繋がっている要素の一つだと思います。
また、この曲においては、
R・ニコルズらの職業作曲家のためか、
ビートルズのような感覚派生による
解読困難な一時転調などは無いものの、
様々なタイプのメジャー調性による転調を
組み込み、楽曲に様々な明るい色どりを
加えている点も「カーペンターズ的」な
ものとして感じられる要素なのではと思います。
機会あれば、リチャード・カーペンター氏
自身の作曲作品もいつか分析してみたいと
思います。
分析の課題としては、ノンダイアトニック
ノートの使用の有無と使用した場合の
その使用法ということになりますね。
※文中のリンクは私の過去記事です。
宜しければ是非ご覧ください。
ポップス名曲選/過去記事一覧
第1回「そよ風の誘惑」(1975)/Olivia Newton-john
第2回「恋よさようなら」(1970)/Dionne Warwick
第3回「So Much In Love」(1982)/Timothy B.Schmit
第4回「Clair」(1972)/Gilbert O'Sullivan
第5回「愛はかげろうのように」(1977)/Charlene
第6回「愛ある限り」(1975)/Captain&Tennille