ヨエル2章18節~3章2節、詩篇104篇24~35節、ローマ8章26~27節 | 聖書日課 デボーションノート

聖書日課 デボーションノート

聖書日課に従って、日々聖書を読んで思わされたことを書き留めています。


聖書本文は日本聖書協会発行の新共同訳聖書を引用しています。

ヨエル 2:18 そのとき 主は御自分の国を強く愛し その民を深く憐れまれた。
 2:19 主は答えて、その民に言われた。「見よ、わたしは穀物とぶどうとオリーブを お前たちに送り、飽き足らせよう。お前たちが国々の中で恥を受けることを わたしは二度と許さない。
 2:20 北から来る者をお前たちから遠ざけ 彼らを乾いた荒廃の地に追いやり 先陣を東の海に、後陣を西の海に追い落とす。その臭気が上り 悪臭が立ちこめる。」まことに、主は偉大な御業を成し遂げられた。
 2:21 大地よ、恐れるな、喜び躍れ。主は偉大な御業を成し遂げられた。
 2:22 野の獣よ、恐れるな。荒れ野の草地は緑となり 木は実を結び いちじくとぶどうは豊かな実りをもたらす。
 2:23 シオンの子らよ。あなたたちの神なる主によって喜び躍れ。主はあなたたちを救うために 秋の雨を与えて豊かに降らせてくださる。元のように、秋の雨と春の雨をお与えになる。
 2:24 麦打ち場は穀物に満ち 搾り場は新しい酒と油に溢れる。
 2:25 わたしがお前たちに送った大軍 すなわち、かみ食らういなご 移住するいなご、若いいなご 食い荒らすいなごの 食い荒らした幾年もの損害をわたしは償う。
 2:26 お前たちは豊かに食べて飽き足り 驚くべきことを お前たちのために成し遂げられた主 お前たちの神なる主の御名を ほめたたえるであろう。わたしの民は、とこしえに恥を受けることはない。
 2:27 イスラエルのうちにわたしがいることを お前たちは知るようになる。わたしはお前たちの神なる主、ほかに神はいない。わたしの民は、とこしえに恥を受けることはない。
 3:1 その後 わたしはすべての人にわが霊を注ぐ。あなたたちの息子や娘は預言し 老人は夢を見、若者は幻を見る。
 3:2 その日、わたしは 奴隷となっている男女にもわが霊を注ぐ。

詩篇 104:24 主よ、御業はいかにおびただしいことか。あなたはすべてを知恵によって成し遂げられた。地はお造りになったものに満ちている。
 104:25 同じように、海も大きく豊かで その中を動きまわる大小の生き物は数知れない。
 104:26 舟がそこを行き交い お造りになったレビヤタンもそこに戯れる。
 104:27 彼らはすべて、あなたに望みをおき ときに応じて食べ物をくださるのを待っている。
 104:28 あなたがお与えになるものを彼らは集め 御手を開かれれば彼らは良い物に満ち足りる。
 104:29 御顔を隠されれば彼らは恐れ 息吹を取り上げられれば彼らは息絶え 元の塵に返る。
 104:30 あなたは御自分の息を送って彼らを創造し 地の面を新たにされる。
 104:31 どうか、主の栄光がとこしえに続くように。主が御自分の業を喜び祝われるように。
 104:32 主が地を見渡されれば地は震え 山に触れられれば山は煙を上げる。
 104:33 命ある限り、わたしは主に向かって歌い 長らえる限り、わたしの神にほめ歌をうたおう。
 104:34 どうか、わたしの歌が御心にかなうように。わたしは主によって喜び祝う。
 104:35 どうか、罪ある者がこの地からすべてうせ 主に逆らう者がもはや跡を絶つように。わたしの魂よ、主をたたえよ。ハレルヤ。

ヨハネ 8:26 同様に、"霊"も弱いわたしたちを助けてくださいます。わたしたちはどう祈るべきかを知りませんが、"霊"自らが、言葉に表せないうめきをもって執り成してくださるからです。
 8:27 人の心を見抜く方は、"霊"の思いが何であるかを知っておられます。"霊"は、神の御心に従って、聖なる者たちのために執り成してくださるからです。

 

 

 

ヨハネ福音書の箇所には、神の霊が弱い私たちを助け、私たちのためにとりなしていて下さるということが語られている。

それはまさに私たちを救うために十字架で真んで下さったイエス様のお姿に通じるものであり、裁くためではなく、救うために来られたイエス様のことを思い起こすことができるだろう。

 

ガラテヤ 5:16 わたしが言いたいのは、こういうことです。霊の導きに従って歩みなさい。そうすれば、決して肉の欲望を満足させるようなことはありません。
 5:17 肉の望むところは、霊に反し、霊の望むところは、肉に反するからです。肉と霊とが対立し合っているので、あなたがたは、自分のしたいと思うことができないのです。
 5:18 しかし、霊に導かれているなら、あなたがたは、律法の下にはいません。
 5:19 肉の業は明らかです。それは、姦淫、わいせつ、好色、
 5:20 偶像礼拝、魔術、敵意、争い、そねみ、怒り、利己心、不和、仲間争い、
 5:21 ねたみ、泥酔、酒宴、その他このたぐいのものです。以前言っておいたように、ここでも前もって言いますが、このようなことを行う者は、神の国を受け継ぐことはできません。
 5:22 これに対して、霊の結ぶ実は愛であり、喜び、平和、寛容、親切、善意、誠実、
 5:23 柔和、節制です。これらを禁じる掟はありません。

 

聖霊様が働かれるところでは、敵意や争い、怒りも妬みもなく、不和や仲間われなども起こることはなく、平和や寛容、親切、善意、自制といったことが見られるという。

教会は聖霊によって生まれた信仰共同体であり、こういった聖霊の結ぶ実がみのっていくはずである。

もちろん私たち人間はみな自分勝手で、愛も思いやりもないような人間同士の集まりだから、肉の業の方が多く見られてしまうかもしれない。

それでもなお、主なる神様は私たちを愛し、赦し、私たちのうちに聖霊の実が結ばれるようにと願い、イエス様の命を捧げ、聖霊様をお送り下さっておられるのである。

これに応えないわけにはいかないし、聖霊様の求めているところに従って生きていきたいものである。