ゼカリヤ7章1~14節、詩篇50篇、ユダ5~21節 | 聖書日課 デボーションノート

聖書日課 デボーションノート

聖書日課に従って、日々聖書を読んで思わされたことを書き留めています。


聖書本文は日本聖書協会発行の新共同訳聖書を引用しています。

ゼカリヤ  7:1 ダレイオス王の第四年になって、主の言葉がゼカリヤに臨んだ。それは九月、キスレウの月の四日のことであった。
 7:2 ベテルはサル・エツェルとレゲム・メレクおよび彼の従者たちを遣わして、主の恵みを求めさせ、
 7:3 また万軍の主の神殿の祭司たち、および預言者たちに次のような質問をさせた。「わたしは、長年実行してきたように、五月には節制して悲しみのときを持つべきでしょうか。」
 7:4 そのとき、万軍の主の言葉がわたしに臨んだ。
 7:5 「国の民すべてに言いなさい。また祭司たちにも言いなさい。五月にも、七月にも あなたたちは断食し、嘆き悲しんできた。こうして七十年にもなるが 果たして、真にわたしのために断食してきたか。
 7:6 あなたたちは食べるにしても飲むにしても、ただあなたたち自身のために食べたり飲んだりしてきただけではないか。
 7:7 エルサレムとその周りの町々に人が住み、平穏であり、ネゲブにもシェフェラにも人が住んでいたころ、主が先の預言者たちによって呼びかけられた言葉を知らないのか。」
 7:8 そのとき、主の言葉がゼカリヤに臨んだ。
 7:9 「万軍の主はこう言われる。正義と真理に基づいて裁き 互いにいたわり合い、憐れみ深くあり
 7:10 やもめ、みなしご 寄留者、貧しい者らを虐げず 互いに災いを心にたくらんではならない。」
 7:11 ところが、彼らは耳を傾けることを拒み、かたくなに背を向け、耳を鈍くして聞こうとせず、
 7:12 心を石のように硬くして、万軍の主がその霊によって、先の預言者たちを通して与えられた律法と言葉を聞こうとしなかった。こうして万軍の主の怒りは激しく燃えた。
 7:13 「わたしが呼びかけても彼らが聞かなかったように、彼らが呼びかけても、わたしは聞かない」と万軍の主は言われる。
 7:14 「わたしは彼らを、彼らの知らなかったあらゆる国に散らした。その後に、地は荒れ果て、行き来する者もなくなった。彼らは喜びの地を荒廃に帰させた。」

詩篇 50:1  賛歌。アサフの詩。 神々の神、主は、御言葉を発し 日の出るところから日の入るところまで 地を呼び集められる。
 50:2 麗しさの極みシオンから、神は顕現される。
 50:3 わたしたちの神は来られる 黙してはおられない。御前を火が焼き尽くして行き 御もとには嵐が吹き荒れている。
 50:4 神は御自分の民を裁くために 上から天に呼びかけ、また、地に呼びかけられる。
 50:5 「わたしの前に集めよ わたしの慈しみに生きる者を いけにえを供えてわたしと契約を結んだ者を。」
 50:6 天は神の正しいことを告げ知らせる。神は御自ら裁きを行われる。
 50:7 「わたしの民よ、聞け、わたしは語る。イスラエルよ、わたしはお前を告発する。わたしは神、わたしはお前の神。
 50:8 献げ物についてお前を責めはしない。お前の焼き尽くす献げ物は 常にわたしの前に置かれている。
 50:9 わたしはお前の家から雄牛を取らず 囲いの中から雄山羊を取ることもしない。
 50:10 森の生き物は、すべてわたしのもの 山々に群がる獣も、わたしのもの。
 50:11 山々の鳥をわたしはすべて知っている。獣はわたしの野に、わたしのもとにいる。
 50:12 たとえ飢えることがあろうとも お前に言いはしない。世界とそこに満ちているものは すべてわたしのものだ。
 50:13 わたしが雄牛の肉を食べ 雄山羊の血を飲むとでも言うのか。
 50:14 告白を神へのいけにえとしてささげ いと高き神に満願の献げ物をせよ。
 50:15 それから、わたしを呼ぶがよい。苦難の日、わたしはお前を救おう。そのことによって お前はわたしの栄光を輝かすであろう。」
 50:16 神は背く者に言われる。「お前はわたしの掟を片端から唱え わたしの契約を口にする。どういうつもりか。
 50:17 お前はわたしの諭しを憎み わたしの言葉を捨てて顧みないではないか。
 50:18 盗人と見ればこれにくみし 姦淫を行う者の仲間になる。
 50:19 悪事は口に親しみ 欺きが舌を御している。
 50:20 座しては兄弟をそしり 同じ母の子を中傷する。
 50:21 お前はこのようなことをしている。わたしが黙していると思うのか。わたしをお前に似たものと見なすのか。罪状をお前の目の前に並べて わたしはお前を責める。
 50:22 神を忘れる者よ、わきまえよ。さもなくば、わたしはお前を裂く。お前を救える者はいない。
 50:23 告白をいけにえとしてささげる人は わたしを栄光に輝かすであろう。道を正す人に わたしは神の救いを示そう。」

ユダ  1:5 あなたがたは万事心得ていますが、思い出してほしい。主は民を一度エジプトの地から救い出し、その後、信じなかった者たちを滅ぼされたのです。
 1:6 一方、自分の領分を守らないで、その住まいを見捨ててしまった天使たちを、大いなる日の裁きのために、永遠の鎖で縛り、暗闇の中に閉じ込められました。
 1:7 ソドムやゴモラ、またその周辺の町は、この天使たちと同じく、みだらな行いにふけり、不自然な肉の欲の満足を追い求めたので、永遠の火の刑罰を受け、見せしめにされています。
 1:8 しかし、同じようにこの夢想家たちも、身を汚し、権威を認めようとはせず、栄光ある者たちをあざけるのです。
 1:9 大天使ミカエルは、モーセの遺体のことで悪魔と言い争ったとき、あえてののしって相手を裁こうとはせず、「主がお前を懲らしめてくださるように」と言いました。
 1:10 この夢想家たちは、知らないことをののしり、分別のない動物のように、本能的に知っている事柄によって自滅します。
 1:11 不幸な者たちです。彼らは「カインの道」をたどり、金もうけのために「バラムの迷い」に陥り、「コラの反逆」によって滅んでしまうのです。
 1:12 こういう者たちは、厚かましく食事に割り込み、わが身を養い、あなたがたの親ぼくの食事を汚すしみ、風に追われて雨を降らさぬ雲、実らず根こぎにされて枯れ果ててしまった晩秋の木、
 1:13 わが身の恥を泡に吹き出す海の荒波、永遠に暗闇が待ちもうける迷い星です。
 1:14 アダムから数えて七代目に当たるエノクも、彼らについてこう預言しました。「見よ、主は数知れない聖なる者たちを引き連れて来られる。
 1:15 それは、すべての人を裁くため、また不信心な生き方をした者たちのすべての不信心な行い、および、不信心な罪人が主に対して口にしたすべての暴言について皆を責めるためである。」
 1:16 こういう者たちは、自分の運命について不平不満を鳴らし、欲望のままにふるまい、大言壮語し、利益のために人にこびへつらいます。
 1:17 愛する人たち、わたしたちの主イエス・キリストの使徒たちが前もって語った言葉を思い出しなさい。
 1:18 彼らはあなたがたにこう言いました。「終わりの時には、あざける者どもが現れ、不信心な欲望のままにふるまう。」
 1:19 この者たちは、分裂を引き起こし、この世の命のままに生き、霊を持たない者です。
 1:20 しかし、愛する人たち、あなたがたは最も聖なる信仰をよりどころとして生活しなさい。聖霊の導きの下に祈りなさい。
 1:21 神の愛によって自分を守り、永遠の命へ導いてくださる、わたしたちの主イエス・キリストの憐れみを待ち望みなさい。

 

 

ユダの手紙には、非常に興味深いことが記されている。

主なる神様は、エジプトからイスラエルの民を救い出したにも関わらず、信じようとしなかった者たちを滅ぼされたり、自分の領分を守らず、その住まいを見捨ててしまった天使たちを、大いなる日の裁きのために、永遠の鎖で縛り、暗闇の中に閉じ込められたりしたという。

私たちも、ついつい同じようなことをしてはいないだろうか。

知らないことをののしり、分別のない動物のように、本能的に知っている事柄によって自滅してしまうのであり、夢想家とまで言われている。

神を見ているのではなく、自分のことだけをかんがえ、現実を見ず、夢を見ているようなものだと言えよう。

しかし、大天使ミカエルは、モーセの遺体のことで悪魔と言い争ったとき、あえてののしって相手を裁こうとはせず、「主がお前を懲らしめてくださるように」と言った、というように、自分に与えられた領分を越えて、他者を裁くことのないように勧められている。

イエス様は「終わりの時には、あざける者どもが現れ、不信心な欲望のままにふるまう。」と語られ、そういう者たちは、分裂を引き起こし、この世の命のままに生き、霊を持たない者ですとまで述べられているのである。

だから、他者を裁いたり、ののしったり、怒ったり、争ったりといったことを簡単なことと考えてはならない。

ガラテヤ5章の箇所には、御霊の実は、愛、喜び、平安、寛容、親切、善意、誠実、柔和、自制と語られている。

御霊に満たされていると言いながら、なぜ怒るのか、なぜ、自制できないのか、なぜ喜びや平安がないのか。

イエス様は、全ての人のために命を捨てて愛そうとされたお方である。

その対象である人を、どうして私たちが裁くことができるだろうか。