アモス5章12~24節、詩篇50篇、ルカ19章11~27節 | 聖書日課 デボーションノート

聖書日課 デボーションノート

聖書日課に従って、日々聖書を読んで思わされたことを書き留めています。


聖書本文は日本聖書協会発行の新共同訳聖書を引用しています。

アモス 5:12 お前たちの咎がどれほど多いか その罪がどれほど重いか、わたしは知っている。お前たちは正しい者に敵対し、賄賂を取り 町の門で貧しい者の訴えを退けている。
 5:13 それゆえ、知恵ある者はこの時代に沈黙する。まことに、これは悪い時代だ。
 5:14 善を求めよ、悪を求めるな お前たちが生きることができるために。そうすれば、お前たちが言うように 万軍の神なる主は お前たちと共にいてくださるだろう。
 5:15 悪を憎み、善を愛せよ また、町の門で正義を貫け。あるいは、万軍の神なる主が ヨセフの残りの者を 憐れんでくださることもあろう。
 5:16 それゆえ、万軍の神なる主はこう言われる。どの広場にも嘆きが起こり どの通りにも泣き声があがる。悲しむために農夫が 嘆くために泣き男が呼ばれる。
 5:17 どのぶどう畑にも嘆きが起こる。わたしがお前たちの中を通るからだと 主は言われる。
 5:18 災いだ、主の日を待ち望む者は。主の日はお前たちにとって何か。それは闇であって、光ではない。
 5:19 人が獅子の前から逃れても熊に会い 家にたどりついても 壁に手で寄りかかると その手を蛇にかまれるようなものだ。
 5:20 主の日は闇であって、光ではない。暗闇であって、輝きではない。
 5:21 わたしはお前たちの祭りを憎み、退ける。祭りの献げ物の香りも喜ばない。
 5:22 たとえ、焼き尽くす献げ物をわたしにささげても 穀物の献げ物をささげても わたしは受け入れず 肥えた動物の献げ物も顧みない。
 5:23 お前たちの騒がしい歌をわたしから遠ざけよ。竪琴の音もわたしは聞かない。
 5:24 正義を洪水のように 恵みの業を大河のように 尽きることなく流れさせよ。

詩篇 50:1  賛歌。アサフの詩。 神々の神、主は、御言葉を発し 日の出るところから日の入るところまで 地を呼び集められる。
 50:2 麗しさの極みシオンから、神は顕現される。
 50:3 わたしたちの神は来られる 黙してはおられない。御前を火が焼き尽くして行き 御もとには嵐が吹き荒れている。
 50:4 神は御自分の民を裁くために 上から天に呼びかけ、また、地に呼びかけられる。
 50:5 「わたしの前に集めよ わたしの慈しみに生きる者を いけにえを供えてわたしと契約を結んだ者を。」
 50:6 天は神の正しいことを告げ知らせる。神は御自ら裁きを行われる。
 50:7 「わたしの民よ、聞け、わたしは語る。イスラエルよ、わたしはお前を告発する。わたしは神、わたしはお前の神。
 50:8 献げ物についてお前を責めはしない。お前の焼き尽くす献げ物は 常にわたしの前に置かれている。
 50:9 わたしはお前の家から雄牛を取らず 囲いの中から雄山羊を取ることもしない。
 50:10 森の生き物は、すべてわたしのもの 山々に群がる獣も、わたしのもの。
 50:11 山々の鳥をわたしはすべて知っている。獣はわたしの野に、わたしのもとにいる。
 50:12 たとえ飢えることがあろうとも お前に言いはしない。世界とそこに満ちているものは すべてわたしのものだ。
 50:13 わたしが雄牛の肉を食べ 雄山羊の血を飲むとでも言うのか。
 50:14 告白を神へのいけにえとしてささげ いと高き神に満願の献げ物をせよ。
 50:15 それから、わたしを呼ぶがよい。苦難の日、わたしはお前を救おう。そのことによって お前はわたしの栄光を輝かすであろう。」
 50:16 神は背く者に言われる。「お前はわたしの掟を片端から唱え わたしの契約を口にする。どういうつもりか。
 50:17 お前はわたしの諭しを憎み わたしの言葉を捨てて顧みないではないか。
 50:18 盗人と見ればこれにくみし 姦淫を行う者の仲間になる。
 50:19 悪事は口に親しみ 欺きが舌を御している。
 50:20 座しては兄弟をそしり 同じ母の子を中傷する。
 50:21 お前はこのようなことをしている。わたしが黙していると思うのか。わたしをお前に似たものと見なすのか。罪状をお前の目の前に並べて わたしはお前を責める。
 50:22 神を忘れる者よ、わきまえよ。さもなくば、わたしはお前を裂く。お前を救える者はいない。
 50:23 告白をいけにえとしてささげる人は わたしを栄光に輝かすであろう。道を正す人に わたしは神の救いを示そう。」

ルカ 19:11 人々がこれらのことに聞き入っているとき、イエスは更に一つのたとえを話された。エルサレムに近づいておられ、それに、人々が神の国はすぐにも現れるものと思っていたからである。
 19:12 イエスは言われた。「ある立派な家柄の人が、王の位を受けて帰るために、遠い国へ旅立つことになった。
 19:13 そこで彼は、十人の僕を呼んで十ムナの金を渡し、『わたしが帰って来るまで、これで商売をしなさい』と言った。
 19:14 しかし、国民は彼を憎んでいたので、後から使者を送り、『我々はこの人を王にいただきたくない』と言わせた。
 19:15 さて、彼は王の位を受けて帰って来ると、金を渡しておいた僕を呼んで来させ、どれだけ利益を上げたかを知ろうとした。
 19:16 最初の者が進み出て、『御主人様、あなたの一ムナで十ムナもうけました』と言った。
 19:17 主人は言った。『良い僕だ。よくやった。お前はごく小さな事に忠実だったから、十の町の支配権を授けよう。』
 19:18 二番目の者が来て、『御主人様、あなたの一ムナで五ムナ稼ぎました』と言った。
 19:19 主人は、『お前は五つの町を治めよ』と言った。
 19:20 また、ほかの者が来て言った。『御主人様、これがあなたの一ムナです。布に包んでしまっておきました。
 19:21 あなたは預けないものも取り立て、蒔かないものも刈り取られる厳しい方なので、恐ろしかったのです。』
 19:22 主人は言った。『悪い僕だ。その言葉のゆえにお前を裁こう。わたしが預けなかったものも取り立て、蒔かなかったものも刈り取る厳しい人間だと知っていたのか。
 19:23 ではなぜ、わたしの金を銀行に預けなかったのか。そうしておけば、帰って来たとき、利息付きでそれを受け取れたのに。』
 19:24 そして、そばに立っていた人々に言った。『その一ムナをこの男から取り上げて、十ムナ持っている者に与えよ。』
 19:25 僕たちが、『御主人様、あの人は既に十ムナ持っています』と言うと、
 19:26 主人は言った。『言っておくが、だれでも持っている人は、更に与えられるが、持っていない人は、持っているものまでも取り上げられる。
 19:27 ところで、わたしが王になるのを望まなかったあの敵どもを、ここに引き出して、わたしの目の前で打ち殺せ。』」

 

 

神は愛のお方である。

一人の魂も滅びることを望まず、御自分の御子イエス様の命をもおしまずに十字架にかけられたほどである。

しかし、だからと言って、なんでも許しておられるというわけでもなく、神の御心に反し、真っ向から敵対する者に対しては厳しい裁きも行われる。

ルカ19章の箇所には、家来たちにムナを託した王のたとえが語られているが、王から1ムナを預かっていたものの、王を恐れて、そのムナを布に包んでしまっていた家来は、王が返ってきた時、厳しい裁きを受ける様子が語られている。

何もそこまで厳しくしなくてもいいのでは?と思うかもしれないが、深く、大きな愛の方だからこその厳しい態度なのだろう。

というより、王の取った行動というのは、この家来が言った通りにしただけである。

王を恐れ、信頼しようともせず、むしろ、妬み、憎み、何ら協力的な態度を示そうとしなかったゆえに、そっくりそのまま、王は家来に返した、ということであろう。

主なる神は、私たちに対し、ムナを隠しておいたこの家来のようになって欲しくないからこそ、これほどの厳しいたとえを語られているのであろう。

私たちが神に対して、どう向き合い、どのように応じていくのか、それによって、主の日における神様からの答えも違ってくるのだろう。

人間同士でも同じだろう。

相手を疑い、妬み、憎み、嫌っていたのなら、相手もそれ相応の態度になっていくしかない。

全てを理解し、共有し、互いに助け合って生きていく、とまでは行かなくても、できるだけ相手の考えも尊重し、許容し、可能な限り共に生きて行こうと心がけていくだけで、きっとそこにも祝福と平和が訪れるだろう。

他人はなかなかかわらないかもしれないが、まずは自分から変わっていけば、きっと、良いように変わっていくと信じて歩んで行きたいものである。