ヨブ記22章21節~23章17節、詩篇32篇1~7節、2ペテロ1章1~11節 | 聖書日課 デボーションノート

聖書日課 デボーションノート

聖書日課に従って、日々聖書を読んで思わされたことを書き留めています。


聖書本文は日本聖書協会発行の新共同訳聖書を引用しています。

ヨブ記 22:21 神に従い、神と和解しなさい。そうすれば、あなたは幸せになるだろう。
 22:22 神が口ずから授ける教えを受け その言葉を心に納めなさい。
 22:23 もし、全能者のもとに立ち帰り あなたの天幕から不正を遠ざけるなら あなたは元どおりにしていただける。
 22:24 黄金を塵の中に オフィルの金を川床に置くがよい。
 22:25 全能者こそがあなたの黄金 あなたにとっての最高の銀となり
 22:26 あなたは全能者によって喜びを得 神に向かって顔を上げ
 22:27 あなたが祈れば聞き入れられ 満願の献げ物をすることもできるだろう。
 22:28 あなたが決意することは成就し 歩む道には光が輝くことだろう。
 22:29 倒れている者に、立ち上がれとあなたが言えば 目を伏せていた者は救われる。
 22:30 清くない者すら あなたの手の潔白によって救われる。
 23:1 ヨブは答えた。
 23:2 今日も、わたしは苦しみ嘆き 呻きのために、わたしの手は重い。
 23:3 どうしたら、その方を見いだせるのか。おられるところに行けるのか。
 23:4 その方にわたしの訴えを差し出し 思う存分わたしの言い分を述べたいのに。
 23:5 答えてくださるなら、それを悟り 話しかけてくださるなら、理解しよう。
 23:6 その方は強い力を振るって わたしと争われるだろうか。いや、わたしを顧みてくださるだろう。
 23:7 そうすれば、わたしは神の前に正しいとされ わたしの訴えはとこしえに解決できるだろう。
 23:8 だが、東に行ってもその方はおられず 西に行っても見定められない。
 23:9 北にひそんでおられて、とらえることはできず 南に身を覆っておられて、見いだせない。
 23:10 しかし、神はわたしの歩む道を 知っておられるはずだ。わたしを試してくだされば 金のようであることが分かるはずだ。
 23:11 わたしの足はその方に従って歩み その道を守って、離れたことはない。
 23:12 その唇が与えた命令に背かず その口が語った言葉を胸に納めた。
 23:13 神がいったん定められたなら だれも翻すことはできない。神は望むがままに行われる。
 23:14 わたしのために定めたことを実行し ほかにも多くのことを定めておられる。
 23:15 それゆえ、わたしは御顔におびえ 考えれば考えるほど、恐れる。
 23:16 神はわたしの勇気を失わせ 全能者はわたしをおびえさせる。
 23:17 わたしは暗黒を前にし 目の前には闇が立ちこめているのに なぜ、滅ぼし尽くされずにいるのか。

詩篇 32:1  ダビデの詩。マスキール。 いかに幸いなことでしょう 背きを赦され、罪を覆っていただいた者は。
 32:2 いかに幸いなことでしょう 主に咎を数えられず、心に欺きのない人は。
 32:3 わたしは黙し続けて 絶え間ない呻きに骨まで朽ち果てました。
 32:4 御手は昼も夜もわたしの上に重く わたしの力は 夏の日照りにあって衰え果てました。
 32:5 わたしは罪をあなたに示し 咎を隠しませんでした。わたしは言いました 「主にわたしの背きを告白しよう」と。そのとき、あなたはわたしの罪と過ちを 赦してくださいました。
 32:6 あなたの慈しみに生きる人は皆 あなたを見いだしうる間にあなたに祈ります。大水が溢れ流れるときにも その人に及ぶことは決してありません。
 32:7 あなたはわたしの隠れが。苦難から守ってくださる方。救いの喜びをもって わたしを囲んでくださる方。

2ペテロ 1:1 イエス・キリストの僕であり、使徒であるシメオン・ペトロから、わたしたちの神と救い主イエス・キリストの義によって、わたしたちと同じ尊い信仰を受けた人たちへ。
 1:2 神とわたしたちの主イエスを知ることによって、恵みと平和が、あなたがたにますます豊かに与えられるように。
 1:3 主イエスは、御自分の持つ神の力によって、命と信心とにかかわるすべてのものを、わたしたちに与えてくださいました。それは、わたしたちを御自身の栄光と力ある業とで召し出してくださった方を認識させることによるのです。
 1:4 この栄光と力ある業とによって、わたしたちは尊くすばらしい約束を与えられています。それは、あなたがたがこれらによって、情欲に染まったこの世の退廃を免れ、神の本性にあずからせていただくようになるためです。
 1:5 だから、あなたがたは、力を尽くして信仰には徳を、徳には知識を、
 1:6 知識には自制を、自制には忍耐を、忍耐には信心を、
 1:7 信心には兄弟愛を、兄弟愛には愛を加えなさい。
 1:8 これらのものが備わり、ますます豊かになるならば、あなたがたは怠惰で実を結ばない者とはならず、わたしたちの主イエス・キリストを知るようになるでしょう。
 1:9 これらを備えていない者は、視力を失っています。近くのものしか見えず、以前の罪が清められたことを忘れています。
 1:10 だから兄弟たち、召されていること、選ばれていることを確かなものとするように、いっそう努めなさい。これらのことを実践すれば、決して罪に陥りません。
 1:11 こうして、わたしたちの主、救い主イエス・キリストの永遠の御国に確かに入ることができるようになります。

 

 

 

ヨブは自分が正しいと考えていたがゆえに、自分の身の上に起きた不幸な出来事のゆえに、勢いあまって神が悪いかのような発言をいている。

しかし、あくまで罪深いのは人間であり、神は常に義なるお方である。

そんな完全な義のお方が、こともあろうに、罪深い人間を救うために、その罪の責任を背負って十字架で死んで下さったのである。

その贖いの御業のゆえに、私たちはまことの義をいただくことができるのであり、自分のうちに何か義を成し遂げる力があるかのよに考えていると、謝った考え方になってしまう。

ペテロの手紙に書かれている事柄も、よくよく注意して読まなければ、謝った考え方におちいる危険性もある。

5節以下のところでは、あなたがたは力を尽くして信仰には徳を、徳には知識を、知識には自制を、自制には忍耐を、忍耐には信心を、信心には兄弟愛を、兄弟愛には愛を加え、これらのものが備わり、ますます豊かになるなら、あなたがたは怠惰で実を結ばない者とはならず、わたしたちの主イエス・キリストを知るようになるでしょう、と語られている。

しかし、2~3節のところには、神とわたしたちの主イエスを知ることによって、恵みと平和が、あなたがたにますます豊かに与えられ、その恵みを与えて下さる主イエス様は、御自分の持つ神の力によって、命と信心とにかかわるすべてのものを、わたしたちに与えてくださり、それは、わたしたちを御自身の栄光と力ある業とで召し出してくださった方を認識させることによるのです、と語られている。

つまり、大事な事は、イエス様が私たちを救うためにどんな御業を成し遂げて下さったかということを知り、そのことによってのみ、私たちは救いにあずかることができ、その信仰ゆえに、徳や知識や自制に忍耐、信心や兄弟愛を深めていくことができるのである、ということであろう。

そして、そのような生き方を続けていくことで、ますますイエス様のことを深く知りうる、というのである。

私たちの救いも愛の行動も、人間の力によって成し遂げることは不可能であり、ただただ神の憐れみによって救われていることを知った上で、神の恵みによって実現していくものであるということを覚えたいものである。