民数記4章34節~5章4節、詩篇111篇、2テモテ2章1~7節 | 聖書日課 デボーションノート

聖書日課 デボーションノート

聖書日課に従って、日々聖書を読んで思わされたことを書き留めています。


聖書本文は日本聖書協会発行の新共同訳聖書を引用しています。

民数記 4:34 モーセ、アロンおよび共同体の指導者たちは、ケハトの子らを氏族ごとに、家系に従って登録した。
 4:35 それは臨在の幕屋で作業に従事することのできる三十歳以上五十歳以下の者である。
 4:36 氏族ごとに登録された者の数は二千七百五十人。
 4:37 これは臨在の幕屋で作業することのできるケハトの氏族で登録された者の総数である。この登録は、モーセを通してなされた主の命令によって、モーセとアロンが行った。
 4:38 ゲルションの子らで、氏族ごとに、家系に従って登録された者は、
 4:39 臨在の幕屋で作業に従事することのできる三十歳以上五十歳以下の者である。
 4:40 氏族ごとに、家系に従って登録された者の数は二千六百三十人。
 4:41 これは臨在の幕屋で作業することのできる、ゲルションの子らの諸氏族で登録された者の総数であり、この登録は、モーセとアロンが主の命令によって行った。
 4:42 メラリの子らの諸氏族で、氏族ごとに、家系に従って登録された者は、
 4:43 臨在の幕屋で作業に従事することのできる三十歳以上五十歳以下の者である。
 4:44 氏族ごとに登録された者の数は三千二百人。
 4:45 これはメラリの子らの諸氏族で登録された者の総数である。この登録は、モーセを通してなされた主の命令によって、モーセとアロンが行った。
 4:46 モーセ、アロンおよびイスラエルの指導者たちが氏族ごとに、家系に従って登録したレビ人は全員、
 4:47 臨在の幕屋で作業を行い、運搬の作業をすることのできる三十歳以上五十歳以下の者たちである。
 4:48 登録された者の数は八千五百八十人。
 4:49 以上は、モーセを通してなされた主の命令によって、一人一人その作業や運搬の仕事に就かせるためにモーセが登録した。彼らは、主がモーセに命じて登録された者たちである。
 5:1 主はモーセに仰せになった。
 5:2 イスラエルの人々に命じて、重い皮膚病にかかっている者、漏出のある者、死体に触れて汚れた者をことごとく宿営の外に出しなさい。
 5:3 男女とも、必ず宿営から出しなさい。わたしがそのただ中に住んでいる宿営を汚してはならない。
 5:4 イスラエルの人々はそのとおり実行し、彼らを宿営の外へ出した。主がモーセに仰せになったとおりに、イスラエルの人々は行った。

詩篇 111:1 ハレルヤ。わたしは心を尽くして主に感謝をささげる 正しい人々の集い、会衆の中で。
 111:2 主の御業は大きく それを愛する人は皆、それを尋ね求める。
 111:3 主の成し遂げられることは栄え輝き 恵みの御業は永遠に続く。
 111:4 主は驚くべき御業を記念するよう定められた。主は恵み深く憐れみに富み
 111:5 主を畏れる人に糧を与え 契約をとこしえに御心に留め
 111:6 御業の力を御自分の民に示し 諸国の嗣業を御自分の民にお与えになる。
 111:7 御手の業はまことの裁き 主の命令はすべて真実
 111:8 世々限りなく堅固に まことをもって、まっすぐに行われる。
 111:9 主は御自分の民に贖いを送り 契約をとこしえのものと定められた。御名は畏れ敬うべき聖なる御名。
 111:10 主を畏れることは知恵の初め。これを行う人はすぐれた思慮を得る。主の賛美は永遠に続く。

2テモテ 2:1 そこで、わたしの子よ、あなたはキリスト・イエスにおける恵みによって強くなりなさい。
 2:2 そして、多くの証人の面前でわたしから聞いたことを、ほかの人々にも教えることのできる忠実な人たちにゆだねなさい。
 2:3 キリスト・イエスの立派な兵士として、わたしと共に苦しみを忍びなさい。
 2:4 兵役に服している者は生計を立てるための仕事に煩わされず、自分を召集した者の気に入ろうとします。
 2:5 また、競技に参加する者は、規則に従って競技をしないならば、栄冠を受けることができません。
 2:6 労苦している農夫こそ、最初に収穫の分け前にあずかるべきです。
 2:7 わたしの言うことをよく考えてみなさい。主は、あなたがすべてのことを理解できるようにしてくださるからです。

 

 

 

兵士らは、命をかけて民を守るために戦うし、競技に参加する人たちは、規則に従って集中して臨まなければ、勝利することはできない。

いずれも、自分がやるべきこと以外のことに心を囚われていれば、気持ちが分散し、良い結果を得ることはできなくなるだろうし、下手をすれば、自分の命さえ失うことになりかねない。

自分のやるべきことに専心し、事に当たるならば、自ずと良い結果がもたらされるだろうし、心が散漫だったり、手抜きをしていては、どんな働きも好ましい結果はえられないし、下手な事ならしない方がましなのかもしれない。

もちろん、一生懸命、自分に与えられた務めに専念しようとしていても、好ましい結果が出ないこともあるけれど、少なくとも、事にあたっているときは充実しているはずであろう。

自分に与えられた仕事や、やるべき務めなど、一つ一つ、心を込めて、丁寧に臨んでいきたい。

それが「召し」というものであろう。

 

ローマ8:28 神を愛する者たち、つまり、御計画に従って召された者たちには、万事が益となるように共に働くということを、わたしたちは知っています。