歴代誌上12章17~23節、詩篇93篇、黙示録21章5~14節 | 聖書日課 デボーションノート

聖書日課 デボーションノート

聖書日課に従って、日々聖書を読んで思わされたことを書き留めています。


聖書本文は日本聖書協会発行の新共同訳聖書を引用しています。

歴代誌上 12:17 ベニヤミン族とユダ族の人々も、要害にいるダビデのもとに来た。
 12:18 ダビデは彼らの前に出て、こう言った。「もしあなたたちが平和を望んでわたしを助けようとして来たのなら、わたしもあなたたちと心を一つにしよう。しかし、もしわたしを欺いて、敵に引き渡すつもりなら、わたしたちの先祖の神がそれを見て、責め立ててくださるように。わたしはこの手でどんな不法も働いたことがないのだから。」
 12:19 すると霊が三十人隊の頭アマサイに降った。「ダビデよ、わたしたちはあなたのもの。エッサイの子よ、あなたの味方です。平和がありますように。あなたに平和、あなたを助ける者に平和。あなたの神こそ、あなたを助ける者。」ダビデは彼らを受け入れ、部隊の頭とした。
 12:20 ダビデがペリシテ人と共にサウルと戦おうとしたとき、マナセ族からもダビデにつく者があったが、彼らがこの戦いに力を貸すことはなかった。なぜならペリシテの領主らは協議し、「ダビデは我々の首を持ってその主君サウルのもとに降るに相違ない」と言って、ダビデを帰らせたからである。
 12:21 ダビデがツィクラグに帰ると、彼のもとにマナセ族のアドナ、ヨザバド、エディアエル、ミカエル、ヨザバド、エリフ、ツィレタイが加わった。彼らはマナセ族の千人隊の長であり、
 12:22 皆、勇士で、部隊を率いるダビデの助けとなった。彼らは軍の中で将官の地位にあった。
 12:23 毎日のように、ダビデを助ける者が加わり、ついに神の陣営のような大きな陣営ができた。

 

詩篇 93:1 主こそ王。威厳を衣とし 力を衣とし、身に帯びられる。世界は固く据えられ、決して揺らぐことはない。
 93:2 御座はいにしえより固く据えられ あなたはとこしえの昔からいます。
 93:3 主よ、潮はあげる、潮は声をあげる。潮は打ち寄せる響きをあげる。
 93:4 大水のとどろく声よりも力強く 海に砕け散る波。さらに力強く、高くいます主。
 93:5 主よ、あなたの定めは確かであり あなたの神殿に尊厳はふさわしい。日の続く限り。

 

黙示録 21:5 すると、玉座に座っておられる方が、「見よ、わたしは万物を新しくする」と言い、また、「書き記せ。これらの言葉は信頼でき、また真実である」と言われた。
 21:6 また、わたしに言われた。「事は成就した。わたしはアルファであり、オメガである。初めであり、終わりである。渇いている者には、命の水の泉から価なしに飲ませよう。
 21:7 勝利を得る者は、これらのものを受け継ぐ。わたしはその者の神になり、その者はわたしの子となる。
 21:8 しかし、おくびょうな者、不信仰な者、忌まわしい者、人を殺す者、みだらな行いをする者、魔術を使う者、偶像を拝む者、すべてうそを言う者、このような者たちに対する報いは、火と硫黄の燃える池である。それが、第二の死である。」
 21:9 さて、最後の七つの災いの満ちた七つの鉢を持つ七人の天使がいたが、その中の一人が来て、わたしに語りかけてこう言った。「ここへ来なさい。小羊の妻である花嫁を見せてあげよう。」
 21:10 この天使が、"霊"に満たされたわたしを大きな高い山に連れて行き、聖なる都エルサレムが神のもとを離れて、天から下って来るのを見せた。
 21:11 都は神の栄光に輝いていた。その輝きは、最高の宝石のようであり、透き通った碧玉のようであった。
 21:12 都には、高い大きな城壁と十二の門があり、それらの門には十二人の天使がいて、名が刻みつけてあった。イスラエルの子らの十二部族の名であった。
 21:13 東に三つの門、北に三つの門、南に三つの門、西に三つの門があった。
 21:14 都の城壁には十二の土台があって、それには小羊の十二使徒の十二の名が刻みつけてあった。

 

 

 

 

歴代誌の箇所には、ダビデがサウルと戦おうとして陣営を整えつつあった時のことが記されている。

ベニヤミン族やユダ族のものたちがダビデのところにやってきて、ダビデとの間に平和の契約を結んでいるけれども、その平和とは「自分たちには攻撃しない」という意味で用いられている平和であり、いわゆる安保条約のようなものと言えるだろう。

それは、武力を用いてお互いには攻撃しあわないという意味であって、同盟を結んでいない者たちとの間には、明確に敵対関係を生じさせてしまうことになる。

アメリカの核の傘のもとに身を寄せる日本が、自動的にアメリカが敵対する国々の敵とみなされるのと同じである。

そこには真の平和は存在しない。

本当の平和は、あらゆる国の人々と敵対しなくても仲良く生きていくことのできる世界が構築されていくところに成り立つものであるが、残念ながら、人間の支配する世界ではそれは実現不可能なことなのだろう。

大きな平和は難しいとして、私たちにできる小さな平和を、隣人と間に少しずつでいいから積みあげていく者でありたい。

主なる神様は、それをきっと助けて下さるだろう。

平和の神が共にいてくださることを感謝しつつ。

 

エフェソ2:14 実に、キリストはわたしたちの平和であります。二つのものを一つにし、御自分の肉において敵意という隔ての壁を取り壊し、
2:15 規則と戒律ずくめの律法を廃棄されました。こうしてキリストは、双方を御自分において一人の新しい人に造り上げて平和を実現し、
2:16 十字架を通して、両者を一つの体として神と和解させ、十字架によって敵意を滅ぼされました。
2:17 キリストはおいでになり、遠く離れているあなたがたにも、また、近くにいる人々にも、平和の福音を告げ知らせられました。