箴言2章9~15節、詩篇67篇、ルカ19章1~10節 | 聖書日課 デボーションノート

聖書日課 デボーションノート

聖書日課に従って、日々聖書を読んで思わされたことを書き留めています。


聖書本文は日本聖書協会発行の新共同訳聖書を引用しています。

箴言 2:9 また、あなたは悟るであろう 正義と裁きと公平はすべて幸いに導く、と。
 2:10 知恵があなたの心を訪れ、知識が魂の喜びとなり
 2:11 慎重さがあなたを保ち、英知が守ってくれるので
 2:12 あなたは悪い道から救い出され 暴言をはく者を免れることができる。
 2:13 彼らはまっすぐな道を捨て去り、闇の道を歩き
 2:14 悪を働くことを楽しみとし 悪と暴言に小躍りする者。
 2:15 彼らの道筋は曲がり、通う道はくねっている。

 

詩篇 67:1  指揮者によって。伴奏付き。賛歌。歌。
 67:2 神がわたしたちを憐れみ、祝福し 御顔の輝きを わたしたちに向けてくださいますように
 67:3 あなたの道をこの地が知り 御救いをすべての民が知るために。
 67:4 神よ、すべての民が あなたに感謝をささげますように。すべての民が、こぞって あなたに感謝をささげますように。
 67:5 諸国の民が喜び祝い、喜び歌いますように あなたがすべての民を公平に裁き この地において諸国の民を導かれることを。
 67:6 神よ、すべての民が あなたに感謝をささげますように。すべての民が、こぞって あなたに感謝をささげますように。
 67:7 大地は作物を実らせました。神、わたしたちの神が わたしたちを祝福してくださいますように。
 67:8 神がわたしたちを祝福してくださいますように。地の果てに至るまで すべてのものが神を畏れ敬いますように。

 

ルカ 19:1 イエスはエリコに入り、町を通っておられた。
 19:2 そこにザアカイという人がいた。この人は徴税人の頭で、金持ちであった。
 19:3 イエスがどんな人か見ようとしたが、背が低かったので、群衆に遮られて見ることができなかった。
 19:4 それで、イエスを見るために、走って先回りし、いちじく桑の木に登った。そこを通り過ぎようとしておられたからである。
 19:5 イエスはその場所に来ると、上を見上げて言われた。「ザアカイ、急いで降りて来なさい。今日は、ぜひあなたの家に泊まりたい。」
 19:6 ザアカイは急いで降りて来て、喜んでイエスを迎えた。
 19:7 これを見た人たちは皆つぶやいた。「あの人は罪深い男のところに行って宿をとった。」
 19:8 しかし、ザアカイは立ち上がって、主に言った。「主よ、わたしは財産の半分を貧しい人々に施します。また、だれかから何かだまし取っていたら、それを四倍にして返します。」
 19:9 イエスは言われた。「今日、救いがこの家を訪れた。この人もアブラハムの子なのだから。
 19:10 人の子は、失われたものを捜して救うために来たのである。」

 

 

 

 

イエス様と出会ったザアカイは、イエス様が自分の家に来てくれることを喜び、財産の半分を貧しい人たちに施し、だれかからだまし取っていたら、それを四倍にして返すと述べている。

しかし、ザアカイの言葉は、少々不思議な言い回しで「だまし取った分を四倍にして返す」ではなく「だましとっていたら、それを四倍にして返す」というもので、本人が意図せずだまし取っている可能性があることを示しているのではないだろうか。

誰も自分は罪など犯していないと思い込んでいる。

しかし、他人から見れば、なんとひどいことをしているかと思われることが多い。

 

マタイ7:4 兄弟に向かって、『あなたの目からおが屑を取らせてください』と、どうして言えようか。自分の目に丸太があるではないか。
7:5 偽善者よ、まず自分の目から丸太を取り除け。そうすれば、はっきり見えるようになって、兄弟の目からおが屑を取り除くことができる。

 

先日、自分の母親の言動がひどいものに思えたので、珍しく忠告したところ、逆に激昂されてしまった。

彼女には彼女の言い分があり、それを無下に否定するのも確かに不公平なように思えたので、いちおうは謝った。

けれど、どう考えても、母親にも悪いところはあるので、できるなら、自分自身で気が付いて改善して欲しい。

誰も自分の罪を他人に指摘されれば、良い気はしない。

願わくは、一人一人が神と向き合って、自分自身を見つめ直し、その上で、主に赦されたものであること知って欲しい。

そうすれば、きっと人生は幸いなものとなるだろう。