箴言 2:6 知恵を授けるのは主。主の口は知識と英知を与える。
2:7 主は正しい人のために力を 完全な道を歩く人のために盾を備えて
2:8 裁きの道を守り 主の慈しみに生きる人の道を見守ってくださる。
詩篇 67:1 指揮者によって。伴奏付き。賛歌。歌。
67:2 神がわたしたちを憐れみ、祝福し 御顔の輝きを わたしたちに向けてくださいますように
67:3 あなたの道をこの地が知り 御救いをすべての民が知るために。
67:4 神よ、すべての民が あなたに感謝をささげますように。すべての民が、こぞって あなたに感謝をささげますように。
67:5 諸国の民が喜び祝い、喜び歌いますように あなたがすべての民を公平に裁き この地において諸国の民を導かれることを。
67:6 神よ、すべての民が あなたに感謝をささげますように。すべての民が、こぞって あなたに感謝をささげますように。
67:7 大地は作物を実らせました。神、わたしたちの神が わたしたちを祝福してくださいますように。
67:8 神がわたしたちを祝福してくださいますように。地の果てに至るまで すべてのものが神を畏れ敬いますように。
使徒 16:1 パウロは、デルベにもリストラにも行った。そこに、信者のユダヤ婦人の子で、ギリシア人を父親に持つ、テモテという弟子がいた。
16:2 彼は、リストラとイコニオンの兄弟の間で評判の良い人であった。
16:3 パウロは、このテモテを一緒に連れて行きたかったので、その地方に住むユダヤ人の手前、彼に割礼を授けた。父親がギリシア人であることを、皆が知っていたからである。
16:4 彼らは方々の町を巡回して、エルサレムの使徒と長老たちが決めた規定を守るようにと、人々に伝えた。
16:5 こうして、教会は信仰を強められ、日ごとに人数が増えていった。
16:6 さて、彼らはアジア州で御言葉を語ることを聖霊から禁じられたので、フリギア・ガラテヤ地方を通って行った。
16:7 ミシア地方の近くまで行き、ビティニア州に入ろうとしたが、イエスの霊がそれを許さなかった。
16:8 それで、ミシア地方を通ってトロアスに下った。
使徒16章の冒頭の箇所には、ユダヤ人の母とギリシア人の父との間に生まれたテモテのことが記されている。
いわゆるハーフにあたるけれども、古いしきたりを重んじるユダヤ人たちの手前、パウロは彼に割礼を授けたと記されている。
本当はそのようなことをする必要もなかったのだろう。
けれど、事がスムースに運ぶためには、無用なトラブルを避けるためにも、そうしておいた、ということなのであろう。
私たちが生きていく中においても、時々、それをすべきなのか、しなくてもいいのか、迷うことがある。
それをしたとして、特に何も変わらないけれども、いちおうしておこう、といったことはある。
保険とか、ワクチン?などもその類かもしれない。
別にしないならしないで、何も問題はないのだろう。
けれど、無用なトラブルを避けるために予防的にしておくということも、何も問題ないのなら、そうすればよい。
そういうことはみな、他人がとやかくいうことでもなく、自分自身で決めればいいことである。
何を大事なことと考え、何を不安に思うかは、人それぞれ違う。
大切なことは、その人が生きていく環境の中で、平和的に過ごして行けるかどうかである。
他人のすることに口うるさく批判するのは、もうよそう。
批判されて、良い気分になる人などいはしないのだから。