箴言 2:1 わが子よ わたしの言葉を受け入れ、戒めを大切にして
2:2 知恵に耳を傾け、英知に心を向けるなら
2:3 分別に呼びかけ、英知に向かって声をあげるなら
2:4 銀を求めるようにそれを尋ね 宝物を求めるようにそれを捜すなら
2:5 あなたは主を畏れることを悟り 神を知ることに到達するであろう。
詩篇 67:1 指揮者によって。伴奏付き。賛歌。歌。
67:2 神がわたしたちを憐れみ、祝福し 御顔の輝きを わたしたちに向けてくださいますように
67:3 あなたの道をこの地が知り 御救いをすべての民が知るために。
67:4 神よ、すべての民が あなたに感謝をささげますように。すべての民が、こぞって あなたに感謝をささげますように。
67:5 諸国の民が喜び祝い、喜び歌いますように あなたがすべての民を公平に裁き この地において諸国の民を導かれることを。
67:6 神よ、すべての民が あなたに感謝をささげますように。すべての民が、こぞって あなたに感謝をささげますように。
67:7 大地は作物を実らせました。神、わたしたちの神が わたしたちを祝福してくださいますように。
67:8 神がわたしたちを祝福してくださいますように。地の果てに至るまで すべてのものが神を畏れ敬いますように。
使徒 15:36 数日の後、パウロはバルナバに言った。「さあ、前に主の言葉を宣べ伝えたすべての町へもう一度行って兄弟たちを訪問し、どのようにしているかを見て来ようではないか。」
15:37 バルナバは、マルコと呼ばれるヨハネも連れて行きたいと思った。
15:38 しかしパウロは、前にパンフィリア州で自分たちから離れ、宣教に一緒に行かなかったような者は、連れて行くべきでないと考えた。
15:39 そこで、意見が激しく衝突し、彼らはついに別行動をとるようになって、バルナバはマルコを連れてキプロス島へ向かって船出したが、
15:40 一方、パウロはシラスを選び、兄弟たちから主の恵みにゆだねられて、出発した。
15:41 そして、シリア州やキリキア州を回って教会を力づけた。
パウロとバルナバは、かつて宣教に一緒に行かなかったマルコを連れていくべきか同課で互いに反目し、ついに別々の行動をとってしまうことになる。
とても残念なことであるが、これが人間の限界なのだろう。
人が争ったり、互いに反目しあったりするのは、たいてい、ほんの些細な事が原因で、本当はどうでも良いことが多い。
どうでも良いというより、どちらでも良い、はずのことなのであろう。
もちろん、これは絶対に正しいとか、絶対間違っていると言えるようなものもあるのかもしれないけれど、たとえそうであったとしても、相手が違うと思っていれば、それはもはや分かりあう事は困難となってしまう。
人はみな、わがままな生き物だから、人と人とがが平和のうちに共に生きていくということは、なかなか難しいことなのかもしれない。
けれど、難しいからといってあきらめてしまえば、それまでのこと。
分かりあう事や譲り合う事が難しいのなら、それはそれで仕方がないけれど、どうにか互いに共存していける道を探っていくことが大切だろう。
人は争うために、奪い合うために、殺し合うために生きているのではない。
分かりあい、助け合い、赦し合い、共に生きていくために、まことの知恵を頂いて、幸いな道を歩んで行きたい。
まずは、愚かな私が神の憐れみのゆえに罪赦されているものであることを覚えよう。