1ペテロ2:11 愛する人たち、あなたがたに勧めます。いわば旅人であり、仮住まいの身なのですから、魂に戦いを挑む肉の欲を避けなさい。
2:12 また、異教徒の間で立派に生活しなさい。そうすれば、彼らはあなたがたを悪人呼ばわりしてはいても、あなたがたの立派な行いをよく見て、訪れの日に神をあがめるようになります。
2:13 主のために、すべて人間の立てた制度に従いなさい。それが、統治者としての皇帝であろうと、
2:14 あるいは、悪を行う者を処罰し、善を行う者をほめるために、皇帝が派遣した総督であろうと、服従しなさい。
2:15 善を行って、愚かな者たちの無知な発言を封じることが、神の御心だからです。
2:16 自由な人として生活しなさい。しかし、その自由を、悪事を覆い隠す手だてとせず、神の僕として行動しなさい。
2:17 すべての人を敬い、兄弟を愛し、神を畏れ、皇帝を敬いなさい。
キリスト者は、あらゆるものの、最も自由な主であって、何ものにも隷属しない。
キリスト者は、あらゆるもおの、最も義務を負うている僕であって、すべてのものに隷属している。
マルティン・ルター著「キリスト者の自由」に記されている言葉である。
仕えることと、自由であることは矛盾せず、私たちは、それこそ自由に仕える特権を与えられている。
もちろん、強いられてするなら、それは自由ではなく、束縛であり隷属である。
けれど、私たちは、率先して仕えることが求められている。
神の愛と恵みが明らかにされていくために仕えていく自由である。
そして、そこには尊い目的があるから、仕えることができるのだ。
1コリント9:19 わたしは、だれに対しても自由な者ですが、すべての人の奴隷になりました。できるだけ多くの人を得るためです。
私たちは、何の目的もなく、ただ自由を奪われた人のように虐げられ、隷属されるのではなく、多くの人を獲得するため、主のもとに導くという尊い目的のため、神と人とに仕えていくのである。