マタイ13:53 イエスはこれらのたとえを語り終えると、そこを去り、
13:54 故郷にお帰りになった。会堂で教えておられると、人々は驚いて言った。「この人は、このような知恵と奇跡を行う力をどこから得たのだろう。
13:55 この人は大工の息子ではないか。母親はマリアといい、兄弟はヤコブ、ヨセフ、シモン、ユダではないか。
13:56 姉妹たちは皆、我々と一緒に住んでいるではないか。この人はこんなことをすべて、いったいどこから得たのだろう。」
13:57 このように、人々はイエスにつまずいた。イエスは、「預言者が敬われないのは、その故郷、家族の間だけである」と言い、
13:58 人々が不信仰だったので、そこではあまり奇跡をなさらなかった。
イエス様の出生に関する貴重な記録である。
イエス様は、大工のヨセフの子として生まれ、ヨセフと母マリアとの間には、ヤコブ、ヨセフ、シモン、ユダという弟たちがいたと記されている。
このことは、イエス様はごくごく普通の家庭で普通に人として過ごされた時期があることを物語っている。
もちろん、イエス様の弟たちは、普通の人間である。私たちと何ら変わりない普通の人間である。
しかし、イエス様は、時満ちて、ご自分の本性を現し、神の一人子としてこの世に来られたお方としての働きを始められるのである。
だから、家族や幼少期を知る人たちにとっては、驚きであっただろうし、なかなかイエス様のことを信じられなかったかもしれない。
それはある意味、仕方のないことであろう。
けれど、それほど、イエス様が私たちと同じ人として過ごされたということは、ある面で慰めでもある。
私たちと同じように悩み、悲しみ、苦労も重ね、成長していかれたのだから。
人として生きられたお方だからこそ、私たちの人としての歩みも理解して下さる。
イエス様とは、そういうお方なのである。