詩篇4:1 指揮者によって。伴奏付き。賛歌。ダビデの詩。
4:2 呼び求めるわたしに答えてくださいわたしの正しさを認めてくださる神よ。苦難から解き放ってください憐れんで、祈りを聞いてください。
4:3 人の子らよいつまでわたしの名誉を辱めにさらすのかむなしさを愛し、偽りを求めるのか。
4:4 主の慈しみに生きる人を主は見分けて呼び求める声を聞いてくださると知れ。
4:5 おののいて罪を離れよ。横たわるときも自らの心と語りそして沈黙に入れ。
4:6 ふさわしい献げ物をささげて、主に依り頼め。
4:7 恵みを示す者があろうかと、多くの人は問います。主よ、わたしたちに御顔の光を向けてください。
4:8 人々は麦とぶどうを豊かに取り入れて喜びます。それにもまさる喜びをわたしの心にお与えください。
4:9 平和のうちに身を横たえ、わたしは眠ります。主よ、あなただけが、確かにわたしをここに住まわせてくださるのです。
この世の事柄に心を奪われて生きる者にとって、主なる神様を信じて生きることほどむなしいものと感じられるものはないのかもしれない。
それよりも、目に見える富、収穫、快楽などのほうが分かりやすいのだろう。
しかし、それらが本当は「むなしい」ものであるということに、うすうす誰もが気づいているはずなのだ。
けれど、気がついているのだけれど、それを認めると、人生そのものが成り立たなくなってしまうように思えてしまうから、あえて考えないようにしているのかもしれない。
おののいて罪を離れよ、と主は仰せられている。
むなしいものに心を留めていても、結局はすべてがむなしくなっていく。
だからこそ、永遠なる神に目を留めよう。
苦難から解き放って下さるお方に信頼しつつ。