ルカ13:31 ちょうどそのとき、ファリサイ派の人々が何人か近寄って来て、イエスに言った。「ここを立ち去ってください。ヘロデがあなたを殺そうとしています。」
13:32 イエスは言われた。「行って、あの狐に、『今日も明日も、悪霊を追い出し、病気をいやし、三日目にすべてを終える』とわたしが言ったと伝えなさい。
13:33 だが、わたしは今日も明日も、その次の日も自分の道を進まねばならない。預言者がエルサレム以外の所で死ぬことは、ありえないからだ。
13:34 エルサレム、エルサレム、預言者たちを殺し、自分に遣わされた人々を石で打ち殺す者よ、めん鳥が雛を羽の下に集めるように、わたしはお前の子らを何度集めようとしたことか。だが、お前たちは応じようとしなかった。
13:35 見よ、お前たちの家は見捨てられる。言っておくが、お前たちは、『主の名によって来られる方に、祝福があるように』と言う時が来るまで、決してわたしを見ることがない。」
雌鳥は自分の羽の下に雛をかくまおうとする。
雛もそれを求めて雌鳥の羽のもとに身を寄せようとする。
そこが一番安全だし、安心していられるからであろう。
人間も子どもの頃は親にべったりくっついて、決して親元を離れようとしないのに、いつしか親元を離れるようになり、毛嫌いすることさえある。
いつからこんな風になってしまうのだろう。
子どもの頃のように、素直な心のままでいられるなら、神様に対しても、神様の御許に素直に身を置くことができたなら、どんなに平安でいられるだろうに、と思うのである。
私たち人とは何物なのだろうか。
そんなに強くて立派で正しくて、神を必要としないで生きていられるような存在なのだろうか。
そして、主イエス様が、今なお、私たちを御自身の御翼の陰に私たちをかくまおうと願っておられる、その心を覚え感謝したいものである。