詩篇127篇 | 聖書日課 デボーションノート

聖書日課 デボーションノート

聖書日課に従って、日々聖書を読んで思わされたことを書き留めています。


聖書本文は日本聖書協会発行の新共同訳聖書を引用しています。

詩篇127:1 主御自身が建ててくださるのでなければ家を建てる人の労苦はむなしい。主御自身が守ってくださるのでなければ町を守る人が目覚めているのもむなしい。
127:2 朝早く起き、夜おそく休み焦慮してパンを食べる人よそれは、むなしいことではないか主は愛する者に眠りをお与えになるのだから。
127:3 見よ、子らは主からいただく嗣業。胎の実りは報い。
127:4 若くて生んだ子らは、勇士の手の中の矢。
127:5 いかに幸いなことか矢筒をこの矢で満たす人は。町の門で敵と論争するときも恥をこうむることはない。

生きることの意味を改めて思わされる。
人は何のために生まれ、何のために生きているのか。
主がこれを守り導いているのでなければ、なんとむなしいことか。
全くそのとおりである。

生きていくために、子供は生まないほうが良いと考える人もいるかもしれない。
確かに一人の気楽で、お金もかからないように思えるかもしれない。
しかし、たかだか数十年の人生を、いかに合理的に生きようとしたところで、そんな空しい人生に、一体どんな幸いがあるというのだろうか。
一人寂しく生きるよりも、愛する家族と共に苦労しながら生きているほうがどれほど幸いであろうかと思う。

教会は神の生きた体なる、神の家族。
主が建ててくださるこの家族に身を置くことの幸いを感謝したい。